世界人類同盟首都セントラルへ
数秒間の沈黙の後、刃がノアの首から離れ、地面に突き刺された。ゴウディはその場に腰を下ろし、あぐらをかいた。
「そやつは暗殺者。向かい合ってで戦う戦士ではあるまい。相手の舞台で敵を仕留められなかった俺の王としての負け。後になって首を刎ねるなど見苦しい。何より死んでなければ問題なし! はは、はははははは!」
巨人王は笑った。並外れた豪快な男だ。
「ここを去れ。ライジスの影よ。そこな若き英雄に免じて罰しはせぬ」
ハナは頷いてその場を去った。去り際にノアの方を見て微かに笑い、村から走って出ていった。状況を理解しきれていないノアの頭をワンダーディが後ろから叩いた。振り返ると彼は笑って立っていた。
「男を見せたな。ノア」
ノアは笑って返した。
「ははははは、やはり貴様をサンドーンに招いて正解だった。ノアよ、ノイアフォードの支配者よ。サンドーンは貴様と同盟を結ぶつもりでいる」
「マジ⁉」
ノアは目を輝かせた。
「お前らも構わんな?」
王は臣下たちに問う。
「王がそう仰るなら俺たちに文句ありません!」
「さっきは疑って悪かったな! 同盟者―!」
巨人たちの顔にはさっきの憎悪はなかった。王が良しとするなら彼らにとってもなんの問題もないのだろう。
ゴウディは手を差し出す。
「末永い友好を、小さき盟友よ」
「これからよろしく、大きな盟友」
二人は握手を交わした。
そこからは村を挙げての宴会だった。大量の酒や料理が振舞われ、誰もが笑い、歌い、騒いだ。ノアも村の中心でゴウディと踊った。ワンダーディは強く勇壮な歌を歌った。彼は歌が上手かった。
「ふふふ、楽しいね」
ひたすら料理を食べているノアの隣にユミルが座った。
「ノアと一緒にいると楽しいことがたくさん。やっぱりあの時君と生きることを選んでよかった」
「ははは。俺もお前らがいると楽しい。さ、飯も食ったし踊ろうぜ」
ノアは立ち上がり、彼女の手を引いた。夜を守る月の光が二人を照らす。宴は夜を徹して行われ、三日三晩続いた。ノイアフォードからもミラをはじめたくさんの人が来た。サンドーンとノイアフォードの住民たちは互いに贈り物をして交流した。サンドーンの巨人王とノイアフォードの若き英雄の同盟は世界各国が知るところとなった。すぐに交易は開始され、ほどなくして軍事同盟も結ばれた。
閉ざされていた巨人の村が開かれたことはすぐに全世界に広まり、更なる警戒を呼ぶこととなった。
「ノアよ。貴様は勇者の伝説について知っているか?」
大きな樽に入った酒を飲み干しながらゴウディはノアに尋ねた。
「あー、あちこちで勇者の伝承について聞いたな」
勇者とは千年前にいたとされる伝説の存在だ。人間族に生まれた彼は魔王討伐の使命を受けて魔族と戦った。しかし、千年前の話であるため、彼が実在した証拠はない。千年前から戦場にいたミラは口を閉ざして語ろうとしなかった。
「ならば我が一族に伝わる勇者の伝承を教えてやろう」
上機嫌にそう言った。
「そもそも勇者って存在したのか?」
「ああ、存在したとも。だが全ては知らん。大陸中に散逸する伝承を集めればわかるかもな。だが御伽噺に語られるような存在ではない。勇者とは魔王を討つ者ではない。世界に新時代をもたらす者を指すのだ」
ミラがノアの隣に座った。彼女もゴウディの話を聞くつもりらしい。彼女は勇者と同じ世代に生まれながら彼について語ることはなかった。その真意はわかりかねるが言うつもりがないならそれ以上詮索はしない。
「新時代とは何か。それは変革である。千年前に勇者がもたらしたのは魔に対抗する力。そして人類同盟の前身となる共同体の設立だ。勇者の出現まで人類は魔王の脅威に対抗できずに蹂躙され続けておったのだ。それはもう惨めにな」
なぜか楽しそうに笑っている。ミラは果実酒を飲んで沈黙したままでいる。ゴウディは続けた。
「だが勇者の出現で風向きが変わった。奴は人類をまとめ上げ、魔王軍を打ち破り、その刃はあとわずかで魔王の首を落とすところであった。だがそうはならなかった。人類の中に裏切り者どもがおったからな」
「!」
「裏切り者によって勇者は死に、人類の攻勢は終わった。その後、人類は種族間で争い今にも残る禍根を生み出した。愚かなものよのう、人類は」
ゴウディは夜の空に輝く月を眺め、ノイアフォードの酒を飲んだ。
ノアたちはノイアフォードに戻り、帝国領内にある同盟首都セントラルへ向かう準備をした。道中に危険が予測され、五十名の兵士が同行することになった。彼らはノア配下の兵士の中で最強の部隊ウィクトリア。四人の隊長たちもいる。彼らがいるならもし一個旅団と戦うことになっても切り抜けられる。帝都に行くだけなのに兵士を連れて行く必要があったのか疑念に思ったのだが、ミラの進言を受け入れて了承した。そのミラ自身も今回同行するつもりであるという。準備を終えたノアたちはノイアフォードでセシリア率いる帝国軍の迎えを待った。
「おせーな。帝都からこんなに時間かかんねーだろー」
「ラントフォード兵が異様に速いだけです」
ミラは苦笑した。ラントフォード兵は何から何まで異様だ。兵の速度も連携も熟練している。生まれた時から馬と触れ合って生きてきた騎馬の民に恥じない強さを見せる。また、指揮官の質も非常に高い。彼らは連携して動き、ロクラスを支える。用兵に長け、兵の強さを最大まで引き出す。史上類を見ないほど優れた軍隊である。
しばらくすると一騎の騎兵が現れた。騎士はノアらの元で止まると下馬した。
「お久しぶりですノア殿。帝国の遣いとしてお迎えにあがりました」
「よー、セシリア。元気にしてた?」
セシリアは花のような笑顔を咲かせた。
「はい! おかげさまで。それよりサンドーンと同盟を結ばれたようですね。おめでとうございます。同盟議会はまた大騒ぎですよ。要注意人物が大きな軍事力を持つ巨人族と結びついたのですから」
「あっはっは。俺も有名人かー。ていうかお前、兵は?」
彼女はお供の一人も連れていなかった。話では護衛兵百名程度を引き連れてやってくるはずだった。
「遅かったので置いてきました。一秒でも早くノア殿にお会いしたくて馬を飛ばして参りました。本当は別の将軍がお迎えにあがる任を受けていましたが将軍は不慮の事故で来れなくなり…。最初から私を任命しておけば将軍もご無事でいられたでしょうね…」
最後の一文は小声だったため多くの者には聞こえなかったが人間離れした聴力を持つユミルには聞こえていた。ユミルは無意識のうちにラミナスの後ろに隠れていた。
「そっかー。将軍にはお大事にするよう伝えてくれ」
そこから二時間ほどして帝国兵がノイアフォードに到着した。彼らもできるだけ急いできたのだろう。かなり疲れている。すぐに出発するのはやめておいたほうがいいだろうと判断し、ノアは翌日出発することを決めた。帝国兵には水や酒、ノイアフォード名物の料理が振舞われた。他国の一兵卒であってもその遇し方で国や王の度量がわかるのだとミラが言っていた。
「ミラ様もご同行なさるのですね。深謀遠慮がおありですか?」
セシリアがミラに尋ねた。
「そんなものはないわよ。我が君はすぐに面倒ごとに巻き込まれるから。ほら、今回はノイアフォードの未来に関わるし暴れるだけでどうにかなる問題でもないでしょう?」
付き合いは短いが彼女は主君のことをよく理解していた。短絡さと短気さがこれまで奇跡的に上手く作用して彼は生き残ってきた。仲間たちの支えがあってどうにかここまで来れた。戦いになっても切り抜けられた。しかし今度の相手は世界そのもの。少なくとも今は敵に回してはいけない相手だ。交渉上手の者が必要だ。ノアだけの交渉だと間違いなく戦争になる。
「少なくとも私や皇帝陛下、帝国の将軍たちは戦争に反対です。ノア殿が世界人類同盟に与えた損害を上回る利益をもたらすのなら断罪すべきではないと考えています。ですが議員の大半がノア殿を罰することを主張しており…」
「ふふふ。そういう人間が多いから私は軍を辞めたのよ。面子というのは大事だし権益を守るのも大切なこと。でもそれだけでは誰も救えない。その点、私はいい主に出会えたわ。愉快だし忠言も聞き入れてくれるし」
彼女はノアを王の器として見ていた。少なくとも戦乱の世において。優秀だが一癖も二癖もある部下たちをまとめ、それぞれに合った役職を与え、余計な口出しをしない。諫言や進言を聞き入れ、皆が納得する答えを導き出す。また、戦闘においては軍の先頭で剣を振るい、配下を鼓舞する勇敢さもある。そして何より領地の民を守るという確固たる意思がある。だからこそ民は彼を信頼し、彼のためにできることをするのだ。思慮に欠け、足りないものも多いが出会いと別れを繰り返し、経験と知識を積み上げて成長すれば立派な王になると彼女は確信していた。




