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暗殺者

 ノアたちは特に拘束もされず、監視もされなかった。ワンダーディやバンガスを中心にノアたちを信用する者が多かったのとノアたちが捜査に協力したからだ。逃げようと思えば逃げることはできた。しかしそれはしなかった。逃げれば彼らの信用を裏切ることになる。それだけはしたくなかった。ワンダーディもそれを知っているから自由にさせているのだろう。逃げるなら仲間の命が危険に晒された時だ。仲間の命まで奪われるようなことがあればさすがに笑っていられない。全力で守る必要がある。

 すぐにノイアフォードからノアの主治医がやってきて巨人たちの監視を受けながら治療を始めた。魔術や科学に優れた彼は致命傷を負いつつも気力だけでここまで生き延びたゴウディを賞賛した。少なくとも死にはしないということだ。

「うちで一番腕がいい医者なんだ。心配すんな」

「心配なんてしてねえよ。あの筋肉ダルマが玉座で死ぬわけない。悪運と頑丈さが取り柄の野郎さ」

 ワンダーディは笑う。彼とゴウディの間には深い信頼があるように見えた。ゴウディを主治医ワイノールに任せ、その夜を過ごした。ハナの怪我は少しずつ癒えていった。

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

 無感情な声で彼女はノアらに感謝を告げた。

「ははは。もっと食って元気になれ!」

 ノアは彼女の口にパンを詰め込んだ。巨人ようの巨大なパンなのでかなり小さくちぎらなければ口に入らない。ハナは咳き込んだ。

「あ、すまん。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。自分で食べられます」

「そっか。じゃあ何か欲しい物があったりしてほしいことがあったら言ってくれ」

 ハナは小さく頷く。

「そんでお前、どこから来たんだ?」

 サンドーンは閉ざされた国。境の監視は厳しく、人間であっても侵入は不可能だ。だがノアたちのために人間用の家が用意されていたことから元から住んでいた人間がいたのかもしれない。

「…」

 彼女は俯いた。答えたい質問ではないようだ。鈍感なノアも彼女に何か事情があることを察してそれ以上追究しようとしなかった。

「詮索するつもりはないけど行きたいところも帰りたいところもないならノイアフォードに来いよ」

 ノアの言葉にハナが顔を上げる。

「ここから少し行ったところに俺たちが作ったノイアフォードって街があるんだ。前線に近いから危険だけど良い街だ。良かったら来てくれ」

 青年は笑った。

 ラミナスやユミルは彼女に対し不信感を持っているようだったが何も言うことはなかった。翌朝、ノアはワンダーディに会いに行った。

「そういえば部屋に一人人間の怪我人がいるんだ。そいつの分の飯もくれ」

「もう一人? お前と女戦士殿と生意気そうなガキと人間じゃなさそうな小娘以外にこの村には入れてないはずだぞ。他に同伴者でもいるのか?」

 ワンダーディは小首をかしげた。

「いや、俺も知らねえ奴だ。そこらで怪我してたから手当したんだ」

「…そいつが犯人じゃないのか?」

「アイツ、死にかけだったし無理じゃねーかな。体中の骨が折れて内臓も破裂してたからあのおっさんを殺すのは無理じゃねえかな」

 聞いたところによるとゴウディはかなり大きな切り傷を受けていたという。巨人たちの中でも特に大柄で強靭なゴウディの肉体に大きな傷をつけることができる人間は限られている。ハナの腕は細く、魔術で底上げしたとしてもゴウディを切り裂くほどの腕力があるとは思えない。

 ノアはワンダーディをハナに会わせるべく与えられた家に連れて行った。しかし家の前にいたのは大勢の巨人だった。そのうちの一人が家の中からハナを引きずり出し、脚を掴んでぶら下げていた。

「ワンダーディ様! この人間ども、この女を隠していました!」

 男はハナを天高く掲げた。

「お前ら! こいつがゴウディ様を襲ったんだ! そしてこいつらはその仲間! 俺たちと仲良くなるふりをしてゴウディ様を暗殺する計画を立てていたんだ!」

 周囲からノアたちに罵声が浴びせられる。男はハナを地面に叩きつけた。彼女の体は奇妙な形に捻じ曲がり、血を吹き出した。

「やめろ!」

 ノアは走り出し、飛び上がって男の顎を思いきり蹴り飛ばした。男は驚いてハナを放した。ハナを抱え上げ、治癒魔術をかける。意識はもうろうとしながらも残っているようでうめき声をあげていた。

「大丈夫か⁉ オイ! ラミナス! ユミル!」

 二人が駆け寄ってきてハナに治癒魔術を施す。

「ついにやったぞ! あいつら、本性を現した! あいつらは俺たちの敵だ!」

「殺せ! 殺せ!」

 悪意の大合唱が叩きつけられる。だがノアたちに言い返せる言葉はなかった。彼女と出会ったのは一日前。それ以前の彼女の行動など知らないのである。彼女の無実どころか自分たちの無実を証明する術もない彼らには何もできなかった。

「今俺がここに来たのはノアからその女について聞いたからだ。つまりノアたちにこの女を隠す意図はなかった。この女が犯人かどうかは今から調査する」

 ワンダーディが言ったものの、興奮状態に陥った巨人たちは収まらなかった。武器を持ち、ノアたちに襲い掛かってきた。放たれた巨大な矢がノアに向かって飛んでくる。ラミナスがノアの前に立ち、剣を抜きはらって矢を叩き落した。

「ノア様、お逃げください! もはや問答は無意味。我らに自身の潔白を証明する手段はないのです」

 ノアはハナを抱えて走り出した。

「ハナ! 一緒に逃げるぞ。お前がゴウディを襲ったんじゃないんだろ?」

「…私は…」

 その時、地響きと共に一人の巨人がやって来た。その右手には大槍、左手にはノアの主治医のワイノールが握られていた。ワイノールはじたばた暴れながらノアに助けを求めていた。

「ノア様―、助けてくださいよー。この患者、医者の言うこと聞かないばかりか無体までしてくるんですよー。あ、ノア様も同じですね。はっはっは」

 誰もがその巨人を見て動きを止めた。その男は数多の強壮なる巨人たちを束ね、閉ざされた村を開こうと志す者。

「…ゴウディ…!」

 ノアは目を見開いた。

「何をそんなに驚いておる、貴様ら。悪霊でも見たか? それともこの王がライジス如きの暗殺者に倒れると思うておるのか」

 朗々たる声が村中に轟く。

「俺に刺客を送ったのはライジス王国。この客人どもではない」

「なに…!」

 王にそう言われては何も言えず、巨人たちは武器を捨てた。しかしゴウディはノアの方を睨みつけていた。

「だが、招かれざる客はそこにおるぞ。ノアよ。貴様の腕の中にいるその女が刺客だ」

「は⁉ そんな訳…」

 その時、ハナがノアの腕から飛び出し、懐からナイフを取り出してゴウディに斬りかかった。ゴウディは槍を構え、それを迎え撃つ。しかし両者の激突は実現しなかった。ノアがハナを羽交い絞めにして制止したからだ。

「駄目だ! ハナ! 殺されるぞ!」

「それで…いいんです。巨人王を殺すこと。それが私の役目。命を捨てて任務を果たす。それだけが私の存在意義。果たせない私に生きる意味はない。」

 ハナはもがき、彼の腕から逃れようとする。彼女は怪我でまともに動けない。ノアによって容易く取り押さえられた。

「生きるために生きればいいだろ! 意味がなくたっていいだろ!」

「…!」

 彼女は動きを止めた。誰かにそんな言葉をかけてもらえたことがなかった。ただひたすらに困惑していた。ノアは彼女を放した。

「ゴウディ。頼む。ハナを殺さないでくれ。昨日会ったばっかだけど友達なんだ」

 ゴウディはノアを見下ろした。

「こいつを送ったのは多分俺の国の王だ。俺がどうにかするから見逃してくれ!」

 瞬間、ノアの首に刃が当てられた。ゴウディの大槍だ。首の皮膚が破れ、一筋の血が流れる。ほんの少し手を動かせば彼の頸動脈は両断されてしまうだろう。それでもノアはそこを動かなかった。

「そこをどけ」

「どかねえ! 絶対にだ!」

 正面からゴウディの目を睨む。


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