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召喚

 森の入り口に差し掛かったミズラエタ軍に矢の雨が降り注いだ。不意を突かれたたくさんのミズラエタ兵が致命傷を負って倒れていく。

「誰だ?」

 ノアはまだ攻撃命令を出していない。まだ誰も攻撃していないはずだ。

「ノア様、あれを!」

 ラミナスが矢が飛んできた方向を指す。そこには銀色の鎧に身を包んだ騎兵の群れがこちらに向かってきていた。ラントフォード軍ではない。重装騎兵はノアたちに構うことなくミズラエタ公国軍に襲い掛かり、隊列が乱れた敵軍を突き崩す。

 騎士たちが掲げる旗には盾と剣の紋章が躍っている。

「あれは…北スーディル軍です!」

 ノアたちの予想を裏切り、北スーディル軍は彼らを助けに来てくれた。騎兵たちの先頭にはレイシアの姿があった。彼女は兵を巧く指揮し、あっという間にミズラエタ軍を退散させた。逃げ出した兵を追うことはしなかった。

 ノアは馬を走らせ、彼女に声をかけた。

「レイシア! ありがとう。お前のおかげで助かったよ!」

 レイシアは微笑む。

「いえ。貴方への恩の一部を返しただけです。それに国王として国境を侵す者を許すわけにはいきませんから」

 彼女の声には僅かな怒りが込められていた。その怒りは侵略者たちの骸に向けられていた。

「迷惑かけてごめん」

「お気になさらず。千年元帥殿からお話は聞いていますし、貴方がラフマートを解放しに行くと聞いた時からこうなると予想できていました」

 スーディル出身の元奴隷たちと別れ、残った者たちを引き連れてノアたちはラントフォードに戻った。移住を希望する者はノイアフォードの市民として迎えることにした。また、故郷への帰還を望む者には故郷へ送り届けることを約束した。だが意外とノイアフォードに移住することを希望する者も多かった。奴隷にされた者たちの多くは人権が確保されていない土地に住む者が多く、再び奴隷にされるくらいなら対魔戦争の最前線ではあるが仕事もあり、保護が約束されているノイアフォードで保護された方がいいらしい。

 大陸各地に発行される新聞の表紙をまたノアが飾った。今度は英雄としてではなく、人類同盟公認の奴隷市場ラフマートを襲撃し、多数の奴隷を連れ去った犯罪者としてだった。英雄か反逆者か、世界が彼に注目した。

 ライジス王国はラントフォード領主ロクラスを通して奪取した奴隷の返還をノアに命じようとしたがロクラスがライジス王国の使者を追い返してしまった。息子が命懸けて助けた者たちを送り返す気など毛頭ない。

 また、同盟としても何らかの対処を迫られていた。非公式ならともかく公認の奴隷市場が破壊されてしまった。同盟の威厳を落とすことになったこの事件は決してただの襲撃事件として扱われることはない。だが、ラフマートの存在自体を非人道的で前時代の悪しき遺物と評し、ノアの行動を賞賛する者も少なくなかった。

 会議は荒れに荒れた。セシリアをはじめとしてノアを擁護する者は多かったが、非難する者は大半を占めた。ワンドマリガの件などで彼を嫌う者の方が多いのだ。また、奴隷商を操って私服を肥やしている者がその勢力の中枢を占めていた。結局は同盟の旗頭である帝国の皇帝ディアナの意見を聞くことになった。

 皇帝は深く息を吐く。

「ノア殿は先の戦いで万の魔族を討ち、失地を奪還しました。その武勇は若き英雄と呼ばれるほど。彼こそ次の世代の人類の希望ではないのでしょうか」

 玉座から男たちを見下ろし、意見を述べる。

「我が国ですら魔王軍の侵攻に対し、領地を失い続けるばかり。他の前線国家もそう。今日までにどれだけの国が滅びたでしょう。明日はどれだけの土地を奪われるのでしょう。それを鑑みればノア殿の才覚が人類の類稀なる宝であることがわかるでしょう」

 だがその弁では納得しなかった者が叫ぶ。

「そうは仰りますが…ワンドマリガでの行いとラフマート襲撃をなかったことにするのですか? それでは他の加盟国への示しがつきません」

「そもそも奴隷の存在が時代遅れだと言っているのです。ノア殿が奴隷の救出のみを目的としていたから良かったものの、内乱を企図していれば『アシュランの反乱』の再来となるでしょう」

 議員たちは言葉を失った。アシュランの反乱、それは十年前に前線国家で起こった奴隷たちの反乱であった。剣闘奴隷のアシュランが仲間たちと共に主人を殺し、国に刃を向けたのだ。当初は三十名程度の規模の反乱だったが噂を聞いた奴隷たちも反乱を起こし、その規模は数万に及ぶこととなった。世界人類同盟軍の派遣により反乱は鎮圧されたがその国は荒れ果て、程なくして魔王軍に攻め滅ぼされたのだ。

 しかし両者の議論は終わらなかった。

「ノア殿は傑物です。ですが問題行動が多いのも事実。同盟の内憂の一つになりつつあります。ノア殿を帝都に召喚しましょう。彼の真意と人格を見極めるのです」

 皇帝は立ち上がった。

「彼が人類に牙を剥き得る災害であれば同盟の総力を以て排除するまで。それでよいでしょう」

 それに賛同した者は半数だった。残りはラフマートの壊滅によって不利益を被った者たちだ。彼らはディアナに食って掛かった。

「ご冗談はおやめください。これらの事件、明らかに人類への反逆! 平和への冒涜! 奴はすでに牙を剥き、世界に噛みついているのです! 対処は一刻も早い方がいい! すぐにでも同盟軍を組織し、奴を殺すべきだ」

 セシリアは肩を竦める。彼らはノイアフォードの、ラントフォードの強さを知らないから強気に出ることができるのだ。兵の数は少ないながらも精鋭揃いで領主やノアに忠誠を誓っている。攻略するのは困難を極める。そもそも魔王領から遠く離れた北方諸国でならまだしも前線国家で、しかも唯一魔王に抵抗しうる力を持ったラントフォードで戦争するなど正気の沙汰ではない。

 ディアナは彼らの語気に押され、言葉を失った。

「やめなさい、無礼者ども!」

 セシリアの一喝で男たちは黙った。

「ラントフォードを本当に滅ぼせると思っているのですか?」

 セシリアは男たちの前に立つ。

「帝国は兵も多く将も優れている。そして魔王領に接している領地は少ない。だというのに帝国軍は後退を強いられています」

前線で戦い続けてきた彼女の言葉は重かった。将軍として万の兵を率いている彼女は新進気鋭の将軍の一人だ。押しかけてきた議員たちの誰よりも年若い彼女の言葉を遮れる者はいない。

「一方のラントフォードは各国の支援金を国に横領され、三方向を魔王領を囲まれながらも領地を守り、またその版図を広げています。そしてノア殿の配下にはミラ将軍がいらっしゃいます」

彼女は戦場にて彼らの強さを見た。彼らは小隊に至るまで有能な指揮官が配置され、生存と勝利のために最善の行動をしていた。何より軍としての組織が全く異なる。多くの国は集団で進軍し、敗北した際はできるだけ秩序だった退却をするのだがラントフォード軍は各々各個で逃走する。また、ラントフォードは卓越した機動力を誇り、継戦能力も高い。同数での戦いならどこの国よりも強いだろう。

「誰が先陣を切ってそこに攻め込むのですか? 帝国はラントフォードとノア殿を討滅することによって生じる利害を天秤にかけて武力制裁は最後の手段となるでしょう」

「…!」

帝国の将にそこまで言われては誰も何も言えなかった。議員たちはぞろぞろと引き下がっていった。ディアナは疲れたような表情をして苦笑する。セシリアは彼女を支えて立たせた。

「ありがとう。部屋に戻るわ。貴女も来てちょうだい」

「ええ、わかりました」

二人は皇帝の寝室に入り、いつものようにベッドに座り、大きく息を吐いた。ディアナは皇帝ではあるが大勢から詰め寄られることに慣れていない。今日の謁見は彼女にとって大きな負担だっただろう。

「全く疲れたわ。貴女の想い人のせいよ」

ディアナは笑った。テーブルに置いてある水色の果実酒の杯に手を伸ばし、一思いに呷った。

「すみません…。それと想い人ではなく…婚約者です」

思わず果実酒を吹き出した。

「こ…げほ…こ、婚約者…?」

「はい。まだ式は挙げていませんが…ノア殿も多忙にしているご様子。プロポーズは互いに落ち着いた時にと考えて…」

少女は夢を見ているようだった。元は柔軟な思考ができて、思い込みなどするような性分ではなかったのだが恋を知って変わってしまったようだ。ノアへの想いが暴走して恋愛方面でおかしくなっている。

「ふふふ、貴女にそこまで思わせるなんて面白い人なのね。ますます気になるわ」

「ノア殿は私の婚約者です。いくら姉上でも譲りませんよ」

「貴女は少し頭を冷やしなさい」



二日後、ノアの元に同盟政府からの招集状が届いた。世界人類同盟への反抗的行動ともとれるワンドマリガ王国民誘拐事件とラフマート襲撃事件について釈明の機会を与えるので帝都ランべリオへ出頭せよ、さもなくば同盟軍による武力制裁を行うとのことだ。ノアはその手紙を読むとすぐに燃やしてしまった。

「どうなさいますかノア様」

ラミナスが問う。これは一大事だ。完全に世界同盟に目をつけられた。ノアの選択次第ではノイアフォードだけでなくラントフォード全土が灰燼に帰す。周囲の者たちはノアの決断を固唾を飲んで待っていた。

「んー、しばらく帝国に行く予定はないかなー。この前行ったし」

「何言ってるの! 世界と戦争になるんだよ!」

ユミルがノアの胸倉を掴んで揺らす。

「えー。勝てるか? ミラ」

「侵攻が一度きり、かつラントフォードの兵を自由に使えるという条件でなら。その条件を達成できるかは軍と外交によりますけどね」

ノアは笑い声をあげる。本当に頼もしい将軍だ。もし実行されれば数十万にのぼる大軍が派遣されてくるというのに自信満々だ。

とりあえず帝国に出頭するつもりはない。次は西方諸国へ向かうつもりだった。西方諸国への帰還を望む者が四人いる。西方諸国はまだ奴隷制度を熱烈に支持している。だから帰還したとしてもまた奴隷にされることを恐れ、ノイアフォードに留まることを選ぶ者が多いのだ。

「ですが…わざわざ要らぬ敵をつくる必要もありますまい。彼らの要求を呑んでひとまずは奪った奴隷を返しては?」

ミラの言葉にその場が凍り付いた。その場には様々な形でノアに助けられた者たちが多くいる。そんな彼らにとってミラの言葉は決して軽く流せる発言ではなかった。とはいえノイアフォードのこれからを考えるのであればミラの発言は正しかった。だから正面から彼女の言葉に反抗できる者はいなかった。

「より多くの命を救うため、今の犠牲を容認するのも主君の道です。いずれ同盟と渡り合える勢力を築くまでは大人しくしているべきでしょう」

 その発言は冷たく、そして残酷なほど正論だった。

「いやだ。今だ。今が全てなんだ。今苦しんでる仲間を見て見ぬふりはしたくない。俺にできることは何でもする。だから力を貸してくれ」

ノアは頭を下げた。彼は目の前で死んだ有翼族の少女の言葉を想っていた。命にかけて彼女の言葉を裏切ることはできないのだ。  

その答えを出した若き領主を仲間たちは誇りに思った。どこまでもついていくと心に決めた。

ミラは小さく笑った。

「そういうと思っていました。不要な苦労を押し付けられますがまあ信頼されていると思っておきます。貴方はそれでいいのでしょう」

 彼女はこれまで多くの王を見てきた。その中でノアは最も王らしくない人物であった。幼稚で短絡的で非効率で命知らず。人を疑うことを知らず、困っている者を見れば利害を無視してすぐに手を差し伸べてしまう。玉座と王冠が相応しくない少年だった。しかしそんな王がこの世に一人くらいはいてもいいのではないかと彼女は思うのだ。

「偽ることなく、己の夢をお示しください。その末に戦争になるのなら構いません」

「はっはっは。ありがとう」

ノアは決心する。

「まずは帝国に行く。俺たちは前提として譲歩するつもりはない。でも話し合いで戦争を避けられるならその方がいい。そんで西方諸国に帰りたがってる奴らを送り届けよう」

そこに一人の少女がやってきた。彼女はラフマートでノアと同じ檻に収容されていた竜人のルナ。しかし角はなく、普通の人間のように見える。

「ノア様。帝都へ行くのでしたら私も連れて行ってくれませんか? 帝都の近くには私の故郷があるんです」

「いいぜ。行こう!」

ノアは竜人の少女の同行を認めた。


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