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解放

 目を覚ましたノアは真っ暗な檻の中にいた。錆びた鉄と血の臭い、そしてどこからか糞尿の臭いと腐敗臭がする。

 目が慣れてきて他にも数人の奴隷が詰め込まれているのがわかった。

 立ち上がろうと思ったが体が動かない。見ると鎖が巻かれ手足が拘束されていた。いくらノアでもこれでは自由に動けない。

「うおー! 放せー! 俺は奴隷じゃねえぞ!」

 四肢を拘束されながらも暴れ、大声をあげる。

「うるせぇ! 黙ってろ!」

 牢の奥に拘束されていた四本腕の青年が怒鳴りつけた。多腕族だろう。他の奴隷たちも多くが人間ではないように見える。小人族、有翼族、長脚人、ドワーフ、エルフ、宝石族、妖精、戦乙女、竜人。希少な種族たちが収容されている牢らしい。なぜ自分がそこに収容されているのかノアは疑問に思ったが時折微かに虎の咆哮が聞こえてくる。おそらくは虎の檻で捕まったので特に何も考えずに近くの檻に放り込まれたのだろう。

 そこの誰もが絶望して俯いている。皆、もう逃げられないと悟っているのだ。どの部族も人間とは異なる特性を持っているが故に人間に囚われ、酷使される。多腕族、長脚人、有翼族、ドワーフは死ぬまで労働を、戦乙女は戦いを強いられ、エルフや妖精は性の奴隷とされる。小人族は痛めつけられて虐待されることが多い。宝石族は涙や血から宝石が練成されるのだが、恐怖を帯びれば帯びるほど美しい宝石が出現する。そのため極限まで恐怖を与えられてから斬られることが普通だった。みんな碌な結末を迎えられないことがわかっていた。ある者は啜り泣き、ある者は自害を試みて失敗していた。

 暗がりに目が慣れてきて隣にあるものが目に入る。それは鎖に繋がれた少女の死体だった。背中から蝙蝠のような翼が生えている。おそらく有翼族だろう。口から大量の血が流れている。

 ノアは顔を引き攣らせた。

「そいつは売られるのを拒んで飯を食わなかった。最初は無理矢理食わされてたが堪忍袋の尾が切れた看守がさっき槍で突き殺したんだよ。高く売れる種族を殺したんだ。法が行き届かない無法地帯だ。その看守はもう殺されてるだろうよ」  

囚われている少年が言った。ノアは檻の中の虎を思い出す。役に立たない人間の処分にも使えるというわけだ。

「私たち、どうなるのかな…。森に帰りたいよ…」

 エルフの少女が転がりながら涙を流していた。

 ノアは暴れ続けた。しばらくもがいていると扉が開き、一人の少年が投げ込まれた。ノアは彼を知っていた。

「ロイト!」

「いてててて…。疲れたから厨房で盗み食いしてたら捕まっちまった」

 ロイトは力無く笑った。

「何バカな捕まり方してんだよ!」

 ロイトに頭突きを喰らわせる。

「お前はなんで捕まったんだ?」

「虎の檻に入って餌やりしてたら転んで頭打って捕まった」

「お前だけにはバカって言われたくねえよ!」

 だが、ロイトは施設内の大まかな造りと奴隷がいる場所、衛兵の屯所や巡回コースなどを把握してから捕まったらしい。奴隷になったランジャとも接触することに成功したらしい。ノアとは大違いの成果だ。

「あと一時間で競りが始まっちまう。その前に脱出しねえと!」

 ロイトはノアに自分が得た情報を全て伝えた。

「そこまでわかってんなら大丈夫だなー」

 ノアは不敵に笑う。その顔に恐怖や焦りは微塵もない。それから、同じ牢の者たちに向かって問いかけた。

「お前ら、もしここから逃げられるとしたら! 俺たちと一緒にここから出るか?」

 声が檻の中に響き渡る。

「当たり前だ!」

 多腕族の青年が叫ぶ。

「俺は自分の思うように生きるんだ! 枷を付けられるために生まれたんじゃねえ!」

 他の奴隷たちも彼に続く。

「わ、私も…自由に空を飛びたい!」

「お願い、助けて!」

 みんな諦めていても自由が欲しかったのだ。絶望したままでいるよりは明るい未来を見つめていたい。

 ノアは剣を呼び寄せ、鎖を切った。幾重にも彼の体に巻き付いていたそれはいとも呆気なく砕け、地面に転がった。奴隷たちはその様を驚愕の眼差しで目撃した。この鎖は魔術を封じる金属であるがノアには効果がない。魔術は使えなくなるものの剣を呼ぶのはできる。魔術で剣を呼んでいるのではない。ノアが呼べば現れる魔術が剣にかかっているだけだ。ノアを止めることはできない。

 次々に奴隷たちの鎖を切っていく。全員が自由になり、立ち上がった。ノアは有翼族の少女の死体を連れて行くべく鎖を切った。こんなに冷たくて暗い場所に置いていくことは憚られた。それにもう少し早く自分がここに来ることができていたら彼女は殺されずに済んだかもしれない。その想いが彼を動かした。  

少女を背負うために腕を掴んだ。ほんのりと温かかった。死んで間もない体温だ。それが救えなかったという罪悪感を募らせる。

「う…」

 少女の口から呻き声が漏れた。

「お、お前生きてたのか?」  

ノアとロイトが治癒魔術を彼女にかける。

「…外…外に行けるの…?」  

少女は微かな声でノアに尋ねた。

「ああ。待ってろ。今日は晴れだ。空を見せてやる! だからもう少し頑張れ!」  

ノアは彼女を背負った。

檻を叩き斬り、外に出る。衛兵を倒し、口を封じる。手当たり次第に奴隷たちを解放していく。それだけで百人以上もの集団に膨れ上がった。戦える者には武器を渡して武装させる。歩けない者は元気な者が介抱して進む。

「ロイト、案内任せたぜ!」

「おお! 任せろー!」

 ロイトの案内で衛兵の屯所に到着し、奇襲をしかける。敵はまとまっている時に潰しておいたほうがよい。ノアは足が不自由な宝石族の少女をロイトに任せ、小人族たちをポケットに入れたり肩に乗せて戦った。剣を使わなくてもノアは充分強い。蹴りで相手を気絶させ、その強さを味合わせた。

 屯所を壊滅させた一行はあちこちを回って奴隷たちを解放した。その中に一人、見知った顔を見つけた。

「シャビィじゃねえか!」

「ノアさんですか?」

 彼女を解放し、立たせる。

「助けに来てくれたんですね」

「おっさんと約束したからな。行こう!」

 彼らの前に衛兵たちが立ち塞がる。数は多く、突破は簡単ではない。だが他に道はない。前進するしかない。

「俺が先陣を切る! おめーらは俺について来い!」

 多腕族の青年ジークが四つの手にそれぞれ奪った剣を握り、走りだす。その剣術は凄まじく、相手は手も足も出ずに切り捨てられた。他の戦士たちも勇敢に戦い、衛兵たちを瞬く間に敗走させた。

 やがてランジャら東ワンドマリガの部族たちが囚われている檻に到着し、これまでと同じように解放する。単価が低い人間は希少な種族たちほどの充分なスペースを与えられず、寝転がされ、積み上げられるようにして「保管」されていた。

「ランジャ! 助けに来たぜ!」

 ランジャは少しやつれたようだがそれでも目の奥の光は僅かたりとも鈍ってはいない。戦士の目だ。

「助かりました。今度は私が約束を果たす番ですね」

「ああ、期待してる!」

 その時、悲鳴が聞こえた。

「と、虎だ!」

 悲鳴が聞こえた方を見ると十頭の虎がこちらに向かってきていた。よく見ると先ほどノアが倒した虎たちだ。虎たちもノアを見ると顔を引き攣らせて立ち止まった。喧嘩を売る相手を間違えた虎たちは後退りし始めた。

「お前らも解放されたのかー!」

 ノアは彼らに飛びついた。ラフマート側が奴隷たちを脅すために敢えて解き放ったのか別の誰かが解き放ったのかはわからないが虎たちはノアに怯えて攻撃してくることはない。

 虎たちはノアが指す方向へ走り、衛兵を襲った。

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