交渉
ノアたちは王城に招かれ、賓客の待遇を受けた。とはいえ国全体で倹約を行っているらしく、宴会は質素だった。長テーブルの反対側にレイシアが着席する。先ほどとは打って変わって王に相応しい威厳ある衣服を纏っている。
「客人をもてなすにはあまりに見苦しい宴席ではありますがお楽しみください」
ノアたちは飲食を楽しんだ。
観察していると王の食事さえも質素でノアがノイアフォードで普段食べているものより粗末だった。ラントフォードは遊牧民族ではあるが北部は穀倉地帯として有名であり、それ以外の地域でも農業や畜産も盛んで輸出しているほどだった。侵入してきた魔物や養殖した魔物を食べたりしている。北方の国々からは蛮族と呼ばれているのだが食文化は他国に比べて豊かである自信がある。思わずノアは尋ねた。
「この国、貧乏なのか?」
瞬間、空気が凍り付いた。護衛兵があまりの無礼に殺気立ち、ロイトとユミルがノアの口を慌てて抑える。
「…お恥ずかしい話ですが…我が国は前線国家へ送る支援金の捻出すらできないでいるのです」
かつてスーディル王国が一つの国家だった頃、国は強国として栄え、支援金や同盟政府運営資金を支払っても十分経済が成り立っていた。だが国が二つに割れ、内戦に陥ったことにより国力は低下。加えて双方がスーディル王国の正統な支配者を名乗っているため、内戦前のスーディル王国と同じ金額の支援金や運営資金を拠出するように同盟政府から求められていた。
「支援金を支払えなければ同盟を脱退させられます。つまり、他国からの侵略を受けても誰からも助けてもらえなくなり、この国は地図から消え、その名は歴史書に残るのみとなるでしょう」
ちなみにライジス王国も世界同盟に加盟しており、毎年多額の支援金を受け取っている。しかしその半分は中央政府が横領し、魔王領と戦っているラントフォードには二割しか届かないのだ。支援金の用途は同盟法によってもちろん防衛費に限定されている。だというのに中央政府はラントフォードに対してなんの支援もしない。ただ税金を持って行くだけだ。
「北スーディルはうちに支援金出してくれてんのかー。うーん」
ライジス王国に支援金を提供しているのは北スーディル王国、ハンナン王国、ミョルメイル王国、セネス共和国の四カ国だ。ミョルメイルとセネスは魔王領から遠く離れた土地であるためあまり影響を受けない。そのため経済的に圧迫されておらず、かなりの支援金がライジス王国に支払われている。
ノアは手を叩いた。
「二年! 二年だけうちへの支援金を一割に減らせるよう頼んでみるよ」
「そのようなことができるのですか?」
ライジス王国政府の不正を彼女に語った。
「同盟の調査部門で不正の調査が行われていると聞いたことがあります。しばらく前のことですが」
「これを同盟政府に裁いてもらう。これまで払ってきた金は戻らないだろうけどこれから王国に払う金額のうち横領されてた八割の額は払わなくて良くなると思う」
ノアにはセシリアという心強い味方がいる。正義感の強い彼女はライジス王国の不正を見逃しはしないだろう。
「半分を除いたとしてもあと一割残ってるけどそれはどうするの?」
「父ちゃんに頼み込んで何とか免除してもらう! 多分できる!」
すぐさま伝球を取り出し、セシリアを呼ぶ。将軍職ということで通話に出るまでかなり時間がかかると思っていたが彼女は一コールで通話に応じた。
「もしもし。ご機嫌よう。どうなさいましたか?」
「お前、暇なのか?」
ふふふ、と彼女は笑う。
「仮にも私は帝国の将軍! 多忙も多忙です。今日も夜遅くまで予定がびっしり。今だって同盟会議の最中でしたがノア殿との会話という何よりも大事な用件ができたため抜け出してきました」
誇らしげに言った。
「この人ほんとにやばいね…」
「クビにした方がいいんじゃねぇか?」
ユミルとロイトが引いている。ノアからの着信を受けて彼女が出るまでわずか数秒。その間に誰からかの着信を確認して会議室を飛び出してきたのだ。人間離れした芸当だ。そもそも重要な会議の最中に私用で抜け出すというのが良くないことだ。
「悪いな。伝えたいことがあるんだ」
「ま、まさかプロポーズですか…? ああ、ノア殿! 貴方の逸る気持ちはわかります。私も貴方に早く会いたいです! ですが今は職務中。会議の後は予定はないのでゆっくりお聞きします…!」
早口で喋り、彼女は通信を切った。
ノアはテーブルを叩いた。
「あいつ忙しいのか。大変だな」
「そこじゃねえよ!」
ロイトがノアの頭をはたく。
「思い込み強すぎだろあの将軍! あそこまで突っ走れる人初めて見たわ!」
「ていうかあの人、最初、夜遅くまで予定がびっしりとか言ってたけど最後には会議の後は予定ないって言ってたの怖すぎるよ」
二人は戦々恐々とした表情をしている。
セシリアへのお願いは夜にするとして次は養父ロクラスの説得だ。ロクラスは全然通話に出なかった。十分ほどかけ続けてようやく出た。欠伸をしているのが聞こえ、眠そうな声で声をかけてきた。
「なんだ。儂は眠い!」
「わりー。頼みたいことがあってさー」
「言ってみろ。内容によっては殺す」
対面しているわけではないのに殺気が伝わってくる。ユミルとラミナスは仕方ないという顔をしている。
「北スーディルからの支援金を二年間減らすことってできないかなー」
「儂に聞くな。儂が決めているわけではないからな」
ノアは黙った。これでどうにかなると思っていたからだ。
「マジか。ここから無策なのかお前」
ロイトが怯えたような目つきでノアを見る。
「そ、そこを何とか。何とか頼むよ父ちゃん」
「本国に掛け合ってみてもいいが…お前次第だ」
短い言葉だが、ノアは全てを察した。北スーディルの支援金を減額する代わりにノアが何かを差し出せということだ。幸いなことにノアはラントフォードの領主でもある父に対して差し出せる物を持っている。
「帝国から仕入れた塩を融通するよ! これでいい?」
「よかろう! 交渉成立だ!」
ノアはガッツポーズを決めた。
「だがなぜだ。お前が北スーディルのためにそこまでする理由がわからん」
ロクラスが問う。
「友達が困ってた」
「ばはははははは! やはりな! お前らしいわ、ばははははは! その友達によろしく伝えておいてくれ。馬鹿息子が世話になってる、とな!」
「うっせーバカ父ちゃん!」
ノアは通信を切った。父は色々察したようだ。付き合いはそれほど長いわけではないが深いところで通じ合うところがあるのだ。ユミルなどはそっくり親子と評していた。ノアも気前が良くて優しい父が大好きだった。すぐに拳骨を落としてくるのが玉に瑕ではあるのだが。
「馬鹿父ちゃんがよろしくだってさ」
骨付きチキンを骨ごと頬張りながらノアは言った。
「お世話になってるのは私のほうですけどね」
「まあまあ」
ノアは一仕事終えた表情をしていた。久しぶりに頭を使った。
「いやお前、何もしてねえじゃねえか」
ロイトが言う。ノアは頼み事をしただけで実際に動いているのは彼ではない。セシリアやロクラスだ。




