王国
戦後、ノアはノイアフォードに戻り、セシリアとの会談を続けた。彼女はノアの人柄とワンドマリガから奪った人々を見てワンドマリガの要求を強制させるか決めるつもりだったらしい。今はもうノアの人柄を認め、ワンドマリガの不当性を追求するための証拠を探している。ワンドマリガから連れてきた移民たちの証言を集め、ノアの行為の正当性を立証しようとしていた。
そんな折、北西から難民がこちらに向かってきているとの報告を受けたノアはすぐさま向かい、彼らと接触した。その中にいくつか見知った顔があった。思い出すのにそう時間はかからなかった。
「お前ら、ワンドマリガのやつらか」
「は、はい。ランジャ様がいざという時はノア殿を頼れと…」
やはりワンドマリガ東部の村人たちだ。話を聞くとランジャたちは戦いの後、ワンドマリガ軍に敗れ、多くの者たちが捕虜にされたという。残った者たちはこうやってラントフォードに逃げてきた。
「お疲れさん。もう大丈夫だ。生活は保障する」
「ありがとうございます…! このご恩は一生忘れません…!」
「大袈裟だってば。疲れただろ。ゆっくり休んでくれ」
セシリアは数日の滞在を終え、ノイアフォードを発った。数人のワンドマリガ兵を連れ、同盟会議でワンドマリガ王国の非を全世界に知らしめるつもりだという。ノアは彼女を見送りに出た。
「この前はありがとな。助かったよ」
「いえ、こちらこそ助けてくださってありがとうございました」
彼女はノアの手を握った。
「また…貴方に会いに来てもいいでしょうか」
「ああ、また会おうぜ。俺も次お前に会う日を待ってる」
頬を赤らめ少女ははにかむ。腰に差していた一振りの剣をノアに手渡した。あまり重くない軽めの剣だ。鍔
「これは私の大切な剣です。幼い頃からずっと携えてきました。肌身離さずお持ちください。そうすれば私の心は常に貴方の傍にありますから」
ノアはそれを受けとった。それからしばらく考え、右腰の剣を彼女に渡す。ラントフォード随一の名匠が鍛えた剣だ。銘はないが優れた剣である。
「よくわかんねーけど…お返しだ」
彼女は受け取ったその剣を抱きしめた。どうやら気に入ってもらえたようだ。大切に剣を腰に差し、馬を走らせる。
「後のことはお任せください。フルーデン帝国将軍セシリアが責任を持って貴方を支援します」
「よろしくなー!」
ノアは彼女たちが見えなくなるまで見送っていた。
数日後、ノアは旅の準備を整えていた。目的地はミズラエタ公国のラフマート。世界最大の奴隷市場だ。ランジャら捕えられた者たちが奴隷商を通じてそこに売り飛ばされたことを聞いたからだ。ランジャたちの救出が今回の目標だ。
「いいですか? 作戦の目的を忘れないように! 彼らを救出し次第、即帰還しますからね」
ラミナスがノアに釘を刺す。ノアは適当に返事をしながら旅の準備を進める。彼女の声など聞こえていない。旅が楽しみで仕方ないのだ。それを見兼ねたラミナスがノアの頰をつねった。
「いででででで! な、何すんだよ」
「正直にお答えください。何をするおつもりですか?」
有無を言わせぬ態度でノアに詰め寄る。やはり嘘は全てバレてしまう。昔からノアを見てきたのだから当然と言えば当然だが。
「ラフマートをぶっ壊すつもりでした…」
ラミナスは溜め息を吐いた。
「ノア様…気持ちはわかりますが物事には順序がごさいます。いずれ帝国をも凌ぐ強国をお築きになった際にそれをお為しください。今は無闇に敵を増やすべきではありません。力で物事を解決しようとするのは貴方の悪癖です」
ノアは負けじと言い返す。
「俺にはお前がいる。誰よりも強いお前がいる。世界を敵にしたってだから怖くなんてねーよ」
ラミナスはまた大きな溜め息を吐いた。とはいえ満更でもなさそうな顔をしていた。彼女にはこれまで無茶ばかりしてきたノアを支え、守ってきた自負がある。その忠誠心は本物だ。誰よりも頼りにされているのは何よりも嬉しいことだった。
旅に出たノアたち一行は北東の南スーディル王国に入った。元はスーディル王国として騎士と魔術が栄えていたが、二年前に王座を巡って王女たちは対立し、国は南北に分かれた。南スーディル王国は魔術の粋を究める姉王女ローレライが、北スーディルは騎士の誇りを重んじる妹王女レイシアが統治している。両国の国境では小競り合いが絶えず、平和とは程遠い。
噂に聞いていた通り、南スーディル王国は魔術で溢れていた。たくさんの者たちが魔術を行使している。いろいろ見学してから北へ向かおうと思っていたノアの伝球がセシリアからの着信を伝えた。
「もしもし?」
「ノア殿ですか? 一大事です。お預かりしたワンドマリガの捕虜が何者かに殺害されました…!」
セシリアが悔しそうに言った。
「もちろん、暗殺を警戒して護衛をつけていましたし…ワンドマリガから離れた道を進んでいました。申し訳ございません。私の責任です…!」
それを聞いてノアは笑った。
「気にすんな。ミラが予想してた通りだ」
「それはどういう意味ですか」
「俺たちが捕まえたワンドマリガの将校は他にもいる。でもワンドマリガが兵士の口封じのために刺客を放ってくるのを見越してお前がノイアフォードに来る前に数手に分けて帝国に向かわせてた。もう帝国に着いた頃じゃないか?」
セシリアは絶句した。先見の明どころの話ではない。未来が見えていたとしか思えないその策はまさに人智を超えている。
「ふふふ、助かりました。ノア殿、本当に良い軍師を麾下に加えられましたね」
「ああ! あいつはすげえ!」
自分が褒められたかのように青年は笑った。彼女はこれから長きにわたってノアの右腕として力を振るってくれるだろう。
「では私は失礼します。また次会ったとき、二人きりでノイアフォードを案内してくださいね」
「いいよ。じゃあな」
通信が切れた。
ラミナス、ユミル、ロイトが苦笑しながらノアを見ていた。
「厄介な娘に好かれましたね…」
「ノアってヤバそうな子にばかりモテるね」
「いやー、お前すげーな」
ノアは首を傾げる。
セシリアは今年十六歳で将軍職に就いた。帝国史上最年少での就任である。皇帝の親戚であるのも理由の一つだが、彼女が類稀なる将器を実績をもって見せつけたからだ。最も清廉な将軍として国民からの人気は高い。
「まあでもアイツ、いい奴そうだしよ。また来てくれたら楽しそうだ!」
無邪気に笑う。




