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人と人、人と魔の戦い

 ノアは昼食を終えて街を歩いていた。小遣いで菓子を買い、食べ歩く。普段は旅をしてばかりいるがノイアフォードにいる時はこうやって遊んでいる。たまに託児所や孤児院の子供たちと遊んだりしていた。

 そこにノアの護衛部隊の小隊長ユナが駆けつけてきた。彼女はつかみどころのない笑みを浮かべて来客をノアに告げた。

「帝国のセシリア将軍という方が面会を求めていらっしゃったようですよ。どうなさいますか?」

「あー、流石に怒られるかー。めんどくせーから殺して何もなかったことにするか」

「別にいいと思いますが…間違いなく戦争になりますね。それも悪くはありませんね」

 ユナはノアを連れてセシリア将軍の待つ北門へ向かった。

 北門では三百騎ほどの重装騎兵とセシリアが待っていた。対してミラが率いるノイアフォード兵五百名が警戒態勢で対峙している。それだけでなく、町人たちも武器や鈍器を持って帝国軍を睨んでいる。ノアは溜め息を吐いた。また面倒ごとに巻き込まれてしまった。自業自得ではあるのだが。

 ノアを見るとセシリアは馬から降りて一礼した。

「お初目にかかります、英雄の御子息、ノイアフォードの領主ノア殿。私はセシリア。皇帝陛下にお仕えする帝国軍の将です」

 世界最大の国家の皇帝の妹にして将軍でありながら一介の地方領主に礼儀正しく接している。

「遥々ご苦労さん。とりあえず飯でも食う?」

 ノアは持っている揚げた肉を彼女に渡した。彼女はぺこりと頭を下げてそれを一口頬張った。

「美味しいですね。何の肉ですか?」

「ユラン」

「ぬぐおえっ!」

 セシリアは途端に口の中の肉を吐き出した。ユランとは時たま侵入してくる最低位の八本足の竜で、ここらではよく食べられている。

「あ、あ、あれを食べているのですか⁉︎」

「美味かったろ?」

「え、ええ…確かに美味でしたが…。よく魔物を食べようと思いましたね…」

 少し落ち着いたのか深呼吸をして再びユランの肉に口をつけた。ライジス南部の最前線では食料問題が発生したことがないと聞いていた。それは元から豊かな大地であったからと思っていたが、敵である魔物の肉を食らっていたからでもあった。それもかなり美味しい。筋肉質な鳥のような味だ。

「美味けりゃなんでも食え。不味くても食え。毒がない肉や草は何でも食えるって父ちゃんが言ってた」

 ノアはセシリアにノイアフォードを案内した。ノイアフォードは人類版図最南端の都市。軍事要塞であればここより南に二つあるが、女子供が暮らす住宅地としての都市は南にはない。そのため、彼女はノイアフォードは小さな都市でしかないと思っていた。だが、その予想は大きく裏切られた。街は栄え、更なる発展を目指している。奴隷はおろか物乞いや浮浪者などは一人もいない。街は清潔で美しい。東西南北の文化や技術が入り混じり、ここにしかない賑わいを見せている。また、多種多様な部族が自分たちの特性を活かして協力し合っているため効率的な運営が可能になっている。女や子供も活気に満ち溢れ、己の人生を謳歌している。そして何より老若男女ともに心からノアを主君として敬愛し、一方で家族として親しんでいるように見えた。

 常日頃より魔物の脅威に晒されるラントフォード最南端の都市ノイアフォードは世界で最も危険な都市でありながら最も美しく、幸せな都市であった。これまで誰も築けなかった街がここにある。

「本当に学びのある都市です。最南の街にこれほど感嘆させられるとは」

 少女は笑った。人口が増えつつあるが治安の悪化などは起こっていない。子供たちは笑顔で走り回っている。

 町のはずれの大きな館がノアの居館だ。ノイアフォードの住民たちがノアのために建ててくれたものである。セシリアをそこに招き、侍従たちに対応させた。宴会の準備が整うまで会議室でノアは彼女と対談した。

「突然押しかけてしまって申し訳ございません。ご無礼をお許しください」

「いいよ、謝られることじゃない。まあ、連絡一つくれれば宴会の準備をしておけたんだけどな」

 現在、調理係を中心に大急ぎで宴会の準備を行っている。一時間もあれば満足できる宴会を開けるだろう。

「ここに来た理由はわかってる。ワンドマリガでの件だろ? ワンドマリガから要求されてる。お前たちは世界同盟の盟主としてその履行の催促をしに来た。そうだろ?」

 帝国の将軍は首肯した。

「ふふふ、そうですとも。貴方の返答次第では最悪、同盟軍を編成し、武力制裁を行うことになります。慎重にお答えください」

「返さない!」

「即答!?」

 セシリアは驚愕した。かなりの脅しをかけたつもりであったがそれを意に介さず答えてのけた。

「あいつらはもう俺の仲間だ! 守るって約束した! 同盟軍が来ようと蹴散らしてやる!」

 その意思表示を聞いて彼の側近たちも覚悟を決めた。

「脅しはそれくらいにしておきなさい、セシリア将軍」

 ミラがノアの隣に腰かけた。セシリアは彼女の顔を見て目が飛び出るほど驚いた。思わず立ち上がり、叫んだ。

「み、み、み、ミラ将軍!? な、な、なぜここに!?」

「私はこの方にお仕えしているの。戦乱の世にあって真の平和をもたらせるのは現状を守る者ではなく、変革を求める者であると信じて」

 帝国の将軍は少年を見た。その目には光があった。決して砕けぬ決意の瞳。絶やせぬ炎がそこにあった。

「お前ら知り合いだったのかー」

「はい。四年前の世界戦争の際にミラ将軍とお会いしたのです。当時はまだ私は小隊長でしかありませんでしたが」

 ミラは四年前、対魔王軍での大規模戦役に従軍した。とっくに現役から退いていたが、その緊急性により、同盟軍から要請を受け、人類軍最高司令官を務めた。帝国軍は二十万の兵を派遣し、その中にはまだ将軍職に就いていなかった頃のセシリアも従軍していた。人類軍は六十万名、魔王軍は百万を数え、史上類を見ない大戦争だった。ライジス軍も加盟国ではあるため全軍を投じて参戦した。

「あー、あの戦争かー。俺もいたぞ。ヤバかった!」

 ノアは笑った。

「そうなんですか!?」

「ああ。最前線で戦ったんだ。確か左翼軍のレスターフォード奪還戦は洒落になんねーくらいきつかったなー」

 ラミナスやノア、数人の側近たちが慌てだした。

「あの最悪の戦場にいたのですか?」

 セシリアは目を見開いた。信じられないというような表情をしていた。ミラも仰天してこちらを見た。

「なんだそれ?」

 ノアは首を傾げる。

「知らないのですか。世界戦争は三か月に渡り、三十七万名もの犠牲を出しました。うち九万名がレスターフォード奪還戦で戦死。戦役最大の犠牲者を出した作戦です。従軍した兵十万名のうち、百名弱のライジス兵しか生還できませんでした」

「へー。あ、そういや今の話するなって父ちゃんから言われてたんだった。忘れろ。はっはっはっは!」

 ノアの笑い声が響く。ラミナスが深い溜め息をついた。口の軽さで言えばノアに敵う者はいない。

「それはどういうことですか? 何か他言できないものをあの戦場で見たのですか?」

「いやー? 俺は別に隠した方がいいとは思わないけどなー。だって…」

 ラミナスがノアの口を塞ぐ。

「それ以上喋らないでください。滅びますよ」

 ノアは抵抗してもがく。ラミナスはノアの首を掴み、思いきり捻じ曲げた。鈍い音が聞こえ、ノアはその場に倒れた。ファーレンが大声で笑った。彼女は気絶した主を担ぎ、部屋を出ていった。

 セシリアはその光景を何も言えずに見ていた。

「す、すごいワイルドですね…」

「ははは…」

 ノイアフォードの将軍は力なく笑った。

「まさか貴方が仕官しているとは思いませんでした。あの戦役後、帝国が貴方を雇用しようとした時は断ったのに…」

 セシリアは話題を変えた。とは言っても話題は多くなく、どうしても気まずい会話ばかり出てくる。

「ええ、宮仕えは御免なので。今も嫌なのですが…私、空腹で倒れていたところをワンドマリガの奴隷商人に捕まっていまして…我が君には救出してもらう代わりにお力添えをすることを約束したのです」

「極悪人ではないですか! そんな約束守る必要はありません!」

 ミラは笑う。

「ですがこれほど仕え甲斐のあるお方はいませんよ。国を築くというのも悪くはありません。それに彼の覇道に最後の仕官をしてみたくなりました。我が君がどんな世界を創られるのか楽しみです」

 王には程遠き少年に彼女は賭けている。その瞳が、その決意が一体何を築くのか、無性に見てみたいのだ。自慢ではないが千年も生きて多くのものを見た。しかし彼のような目は見たことがない。

「ああ、そうだ。ワンドマリガ王国は奴隷商人と裏で繋がって王国東部の少数民族を捕らえていました」

「なんと…! 噂では聞いていましたが本当だったとは…」

「ワンドマリガの将校を五名、捕虜にしています。そちらに譲りますので同盟会議で証言させるとよろしいでしょう」

 ユミルらは驚愕した。彼女らはただ目の前の敵を倒し、ノアを守り、ノイアフォードに帰還することばかりを考えていた。なのにミラはその先の未来を見ていた。作戦後、ワンドマリガが世界同盟に泣きついてノアが不利な立場に立たされることまで読んでいたのだ。涼しい顔をしてかなりの策士だ。千年元帥の異名は伊達ではない。現役を退いた後も人類の命運を賭けた大戦の総大将を任されることはある傑物だ。

 

 

 ノアはラミナスに担がれた状態で目を覚ました。もうノアの寝室の目の前だ。

「ラミナス! さっきのあれやめろよ! 普通にいてぇんだよ」

「ノア様。あの日見たものは…あの光景は我らの胸の中に留めておきましょう。あれを誰かに…よりによって帝国の将に知られれば最悪の結果に繋がります」

 ラミナスは正面からノアを見据える。

「でもあいつはいい奴そうじゃん」

「ええ、私から見てもあの御仁は悪人ではないことはわかります。であればこそ彼女を危機に晒すことになるでしょう」

 しばらくノアは黙っていた。自分は少し、楽観的に物事を見る傾向にある。何も背負わない人間ならそれでいいのだろうが自分は違う。今はノイアフォードの領主であり、王を目指す者。ならばもう少し考えて物を喋るべきだ。

「悪い。気をつける。俺、みんなのこと考えなきゃいけないんだな」

 その時、ノアの懐に入っている球状の連絡装置が鳴った。これは伝球といい、遠く離れた相手と会話することができる。父ロクラスからの連絡だ。

「もしもし 父ちゃん。どうしたー?」

「南から魔王軍が侵入してきた。数は数万。兵出せ」

 ロクラスの野太い声が伝球から聞こえてくる。

「ああ、いけるよ。俺も出る!」

「よし。遅れるなよ」

 ノアは通話を切り、走り出した。先ほどの会議室に戻り、大きな音を立てて扉を開いた。ミラたちは驚いた顔でこちらを見ている。

「魔王軍が入ってきたってさ! 行こうぜ!」


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