出会い
人類と“人ならざる存在”との戦争が続く世界。
辺境の地ラントフォード領で、青年は戦場に立ち続けていた。
敵は、人類を脅かす魔物の群れ。
だが戦いが続くにつれ、彼は気づき始める。
この戦争は単なる「人と魔の戦い」では終わらないことを。
領土争い、国家同士の思惑、同盟の欺瞞。
人類は本当に一つの側に立っているのか。
そして、なぜこの戦争は千年も終わらないのか。
彼は英雄ではない。
世界を変える理想も、大義も持たない。
それでも仲間と生き残るために剣を振るい続けた結果、
彼は戦争の中心へと引きずり込まれていく。
少年は星を見上げた。ただ一人、微笑みながら夜空を飾る無数の星々を見つめている。地上は戦火に包まれ、兵馬の屍の山とそれを啄む烏や野犬、無数の武具に覆われている。おおよそ人間が生息できる環境ではない。それでも彼はただ座って美しく煌めく星の海に心を奪われていた。
無数の苦痛と死に地上を覆われてもなお空は美しい。大地は果てなき怨嗟を飲み込み、それでも愚かなこの世界に恵みを与え続けている。
少年と少女、一人の女がそれぞれ馬に乗って荒野を駆けていた。少年は馬の首にもたれかかり、唸り声をあげている。
「あー、腹減ったー。ラミナスー、なんか食いもんー」
「ありません。昨日ですべて食べてしまいました。もうすぐ村に着くので我慢してくださいね」
女は無感情な声で答えた。
「えー。腹減って動けねえ…。砂がきな粉に見えてきた…」
少年は馬から転げ落ちて砂をかき集めた。
「駄目駄目! あと少し頑張って!」
金の髪の少女が少年を抱え起こし、馬上に戻す。少年はぐったりしたまま動かない。人一倍食欲旺盛な彼は空腹で死にそうになっていた。満腹時は不可能などないとばかりに動き回るのだが。
「俺はもう駄目だ…。俺が死んだら骨は適当に捨てといてくれ…」
「頑張ってよ」
彼らの前方から武器を持った男たちが走ってきている。装備は不均一で、動きは軍とはかけ離れた統率のなさだ。だがこちらを囲むように広がり、退路を閉じた。間違いない。盗賊だ。乱れに乱れたこの時世だ。珍しいものではない。彼らは旅を続けてきたが盗賊団などいくつも遭遇してきた。
「おいお前ら! 金目のもんを渡しな! あと女ども、こっちに来い。そうすりゃ命だけは助けてやる」
筋骨隆々の男が叫ぶ。彼らから見ればこの一行は女子供三人連れ。しかも男は動けなくなっている。良い獲物だろう。
「お前…食いもん…食いもん持ってるか…」
男の声を無視して少年が問いかける。
「食いもんをくれ…」
「あ、ノア。あの人たち食べ物持ってるみたいだよ」
少女のその言葉を聞いて少年は起き上がった。よく見ると、近くの村を略奪した後なのか食料や金品を詰め込んだ袋を盗賊たちは持っている。その瞬間、ノアの右手に一振りの長剣が現れた。
「お前ら! 食料奪うぞー!」
少年は馬を走らせた。二人も槍や剣を握り、続く。三人の武力は盗賊たちの想像を大幅に上回るものだった。目にも止まらぬ速さで走る刃が敵を切り裂き、包囲を突破した。特にノアの従者ラミナスは燃え盛る槍を振るい、敵を焼き払う。その武威に戦意を失った盗賊たちは背を向けて逃げ出した。
「待て! 食いもん!」
ノアは盗賊たちを追って食料袋を担ぐ男を捕まえた。次いで財宝などが詰められた男たちを切り伏せる。
「飯だー! ラミナス、ユミル、飯だ!」
ノアは食料を取り出し、パンにかじりついた。昨日ぶりの食事だ。
「うめー!」
少年は口いっぱいに食べ物を詰めながら叫んだ。仲間たちも食料に手を伸ばし、食事を開始する。彼らが話しながら食事をしていると一つの袋が動いた。もぞもぞと蠢くそれを三人は見つめた。
「なんだろうアレ…」
ノアは袋を開けた。中にいたのは一人の少女。服はボロボロで髪も汚れ、顔は涙で濡れていた。両手は鎖で拘束され、動きを封じてあった。口にも猿轡が噛まされ、喋れないようである。少女は彼らをみて暴れた。抑えようとして手を伸ばしたノアの顔面に頭突きをかました。
「暴れんな! 俺らは盗賊じゃねえよ」
ノアは少女の拘束を解いた。それで少女は警戒を解いたようで三人の顔を見た。かなり空腹だったようでパンを渡すとすぐにがっついた。しばらく食べて満腹になったのか少女は食事を止めて三人に頭を下げた。
「助けてくれてありがとう! おかげで助かったよ!」
少女は笑う。年齢はノアやユミルと同じくらいだろう。聞けば、彼女は近くの村に住んでいたが盗賊に攫われてしまったという。
「私、シーナっていうの!」
「俺はノア!」
焼いた肉を頬張りながら少年は笑った。
「村まで送り届けてやるからよ。この宝石とかもお前の村のやつだろ? 返しに行かねえとな」
「本当⁉ ありがとう! お母さんとお父さん心配してるかな」
ここらは事前に聞いていたが盗賊が多い。かつては栄えていたらしいが二世紀前に突如荒野と化し、それ以来は寂れてしまった。中規模国家ハンナン王国に属しているが王国はこの一帯を放置しているようで盗賊の被害が多くなっても討伐軍を送ってこない。そのためここからしばらく西に向かうと大盗賊団の拠点がある。
ノアらは食事を終え、馬に乗った。財宝や残りの食料はノアとラミナスの馬と予備の馬に、シーナはユミルの馬に乗せた。
「旅人さんはどこから来たの?」
少女が尋ねた。
「ここから少し南に行ったところにあるライジス王国の一番南の街からきたんだよ」
「ライジス王国の南っていうと魔王領に接してるんだよね? 魔王領の近くで暮らしてる人は魔族に似た見た目してるって聞いたけど普通の人間なんだね。」
ユミルの髪をいじったりしながら彼女は感嘆の声を上げた。ユミルの生まれは特殊で、人間とは言えないのだが言わないでおこう。
「ノアはそこの領主の子供なんだよ」
「え⁉︎ じゃあ偉い人なの⁉︎ 私ったら無礼なこと…」
シーナは口を覆った。ノアの顔面に頭突きをしたことだろう。
「気にすんなって。今は放浪中だ!」
ノアは笑った。子供といっても実子ではなく、養子だ。五歳くらいまでスラムで暮らしていたのだがライジス王国最南端領土総司令官ロクラスに拾われ、ノアという名前を与えられた。そこでラミナスと出会い、文武を学んだ。
「じゃ、じゃあ私と友達になってほしいな…。ノア君の旅のお話とか聞いてみたい!」
「いいぜ! 今日から俺たちは友達だ! よろしくな!」
ノアは彼女にこれまでの旅のことを話した。といっても旅に出て間もなく、あまり話すべきことは多くなかったが彼女は興味深そうに目を輝かせてノアたちの話を聞いていた。一通り話し終えると彼女は言った。
「ねえノア君! 少し寄り道して欲しいところがあるんだけどいいかな?」
「いいよ」
少女は三人をある山の中に案内した。あまり人が踏み入れない山のようで、道などはなかった。ライジスは騎馬国家。幼い頃から馬に乗ってきた彼らは立派な騎手である。不安定な山の傾斜を苦もなく駆け上がる。
その様子にシーナは驚いていた。
「すごい! 私の村にも馬に乗れる人はいるけどこんなに器用に操れないよ」
「ライジス人は騎馬の民だからね。これくらい朝飯前だよ」
三人の中で唯一ライジス人ではないユミルが言った。
彼らは小山の中腹に達した。そこからはしばらく平たい地形が広がっている。それを見て三人は感嘆の声を漏らした。
「氷の花だ…」
辺り一面には薄い水色の美しい花が咲き誇っていた。氷の花はその美しさだけでなく、熱病を癒す効果があることで知られ、栽培が難しく、また原生地が四か所しかないこともあって市場では極めて高値で取引されている。ノアたちはあちこちの国を旅してきたが氷の花がこんなに咲き乱れている様子は見たことがない。
「ここは私の秘密の場所なんだ」
薄水色の花弁を愛でながら彼女は語った。確かにこの花畑を知る者は多くないだろう。これだけの花を収穫して売り捌けば一生遊んで暮らせるほどの大金が手に入る。彼女が人並みの欲望を持っていたならこの花畑はとっくに消滅していただろう。
「辛い時も悲しい時も私はこの花畑に来て泣いてた。私は将来、村を守らなきゃいけないからみんなの前で泣いちゃいけないんだ」
ノアたちが旅の思い出を語ったように彼女はこの花畑での思い出を楽しそうに教えてくれた。
「こんな所に私たちを連れてきてよかったの?」
ユミルが尋ねた。
「私は貴方たちを信じるわ」
少女は立ち上がる。
「この花畑の名前は約束の白。私たち一族が代々守ってきた花畑。千年前から守り続けてきたの」
「なんで?」
ノアは寝転がりながら言った。
「わからないわ。そう教えられてきたから。誰がどんな約束をしたのでしょうね」
「それもわかんねーのか」
彼女の一族がどういう理由でこの花畑を守り続けてきたかわからないが彼女自身はこの花畑を自分の理由で大切にしている。
「うん。おじいさまは知ってるんだけど絶対に教えてくれないの。ケチねー」
「ケチだなー」
少女はくすりと笑う。
「私、たくさん旅をしたいの。ここじゃないどこかに行ってこの世界のことを知りたいの」
空には雲が流れている。雲はどこからか現れ、どこかへ消えていく。この世界を見下ろして旅をするその雲を彼女は羨んでいた。村とその周辺だけで生きる暮らしにはどこかうんざりしていた。
「でもおじいさまたちは絶対許してくれないの。村と花畑を守るのが私たち一族の使命だって」
「そんなん無視すりゃいいじゃん。せっかく生きてんだからよー、自由に生きねーともったいねーじゃん」
なんともないように彼は言った。
「そ、そんなの駄目だよ! 私たちは花守の一族。約束を守らなきゃ」
「ふーん、そうか。なら外の世界は無理だな。代わりに俺たちが外の世界を見てくる」
彼女の使命を軽んじることはできない。そんな約束だの使命だのはノアには関係ない。だがシーナにとっては違う。彼女を縛る一族の使命と約束、それも彼女だけの価値を持っているのだからとやかく言う資格はない。死者の約束は果たすことはできない。守り続けるという使命は果たすことはできない。ならば駄目元で誘ってみるしかなかった。
「にしても綺麗な花畑だなー」
彼は再び寝転がった。
「ふふふ、そうでしょ。さ、準備できたわ。行きましょ、私の村に」
シーナは笑った。




