新王はハーレムがお好き 〜 君だけでは物足りなくなったと、宣言されました 〜
「すまんジーラ⋯⋯わしは君だけでは物足りなくなったのだ」
「ヨヨヨョョ⋯⋯酷い、酷いわ王様。わたくしに飽きたと、はっきり仰って下さいまし」
◇
国見久美子の家庭は毎日の夕飯がローテションで決まっていた。共働きの両親と三人家族。将来に向けて出来る限り貯金をする。普段から節約をしたい両親が考え⋯⋯その結果の一つが栄養を考えた献立の固定化。そして毎週木曜日はカレーの日だった。
「クンクン⋯⋯カレーくさっ!」
「やーいクミン女!」
小学生低学年の頃は馬鹿にされたり、いじめられたりした。いじめに対して世間的にも学校的にも厳しい対応をしてくれる。
もっともそんな配慮や理屈など、子供達には通じない。親が我が子を叱る事の出来る家庭も少なく、子供達の規則への理解も半分といった所だった。
毎週毎週金曜日の朝にカレー臭を漂わせて登校する私は、彼らの退屈を埋めるためのよいターゲットにされた。
大人も子供も大好きなカレー。
⋯⋯だけど揶揄われて、いじめられて、私はだんだんとカレーが嫌いになっていった。久美子だからと安易に付けられたクミンと言う渾名も嫌いだった。
一所懸命な両親は代わり映えしないメニューに気が引けたのか、カレーだけは知恵を絞り工夫して作ってくれた。
物心ついた頃に食べたカレーは、市販の甘口のルーを使っていたと思う。節約しているのに私に合わせて、さらにジャムやミルクでコクや甘みを増してくれた。
年齢が上がる度に、ハープが加わったりニンニクが足されたり──両親は私の為と言いつつも本当にカレーが好きで、カレー作りは節約生活をしながら出来る共通の趣味だったのだと気がついた。
両親のカレーへの熱い気持ちに気がついたのは、私も中学生になっていたからだと思う。恋愛や結婚に興味を持つ年頃────愛情について考えられる年齢になったからだろう。
他所の家庭から見れば、きっとつまらない慎ましやかな人生の暮らし方をする両親。でも⋯⋯一つの目標に向かって二人が協力していく姿や、カレーへの並々ならぬ愛情があると知った。
私にとってカレーは馬鹿にされていい食べ物ではない⋯⋯誇っていい食べ物に変わっていった。
せめて⋯⋯国見久美子を育ててくれた両親に、感謝の思いやカレーへの情熱を語って聞かせたかったな。
ようやくカレーの魅力に気づいた矢先に、私は暴走車のつまらない意地の張り合いに巻き込まれ死んだ────
◇
「────嫌いだったはずのカレーが懐かしいな」
私はボソッと過去の思い出を口にした。
私は古代インドを思わせる異世界に転生し、ジーラという名前の姫として育てられた。
元の世界──久美子だった女の子の知識が残っているせいだろうか⋯⋯インドのイメージは、あくまで私の想像。窓の外から覗けるドーム型の屋根や石造りの建物群の景色がインドっぽく見えただけだ。
節制の多かった前世と違い、何不自由ない生活。いや一つだけ不自由な決まりはあった。私はこの地を統治するリーカ王の息子スパースとの婚姻が定められていたのだ。
この国では身分の貴賤問わず料理をする。婚約者のため花嫁修業が大事だった。
「婚約破棄もののように⋯⋯なんて言うのは夢物語よね」
馬鹿息子が唆されでもすれば父王⋯⋯絶対なる権力者により、婚約相手の首がすげ替えられるだけ。
どの家系の血を王家に取り入れ、新たな国を作るのかが、あらかじめ決まっていた。カレーのレシピと同じだ。
食材が腐って傷んでいたのならあっさり切り捨てる。次代を担う婚約者達はその事を念頭に入れ、鍋で煮るまで互いの事を知らぬままに育てられる。
怖いのは婚前よりも、権力の移譲後だ。我慢を続けた後のご褒美とばかりに、抑えつけられて来た欲望が解放されるからだ。
歴代の統治者の中には我慢の出来ない馬鹿もいれば、馬鹿をするために辛抱強い者も当然いた。
どんなに良い材料をレシピ通りに順調に鍋をお膳立てした所で、少し火加減を間違えれば生煮えだったり、焦げたりする。
甘口カレーに慣れ親しんだお子様舌に、激辛スパイスを大量投入されるかもしれないってことだ。
施政者として教育が失敗するのは、料理が失敗するのと同じだ。最悪なのはその失敗により国民全体が食事を満足に食べられない事態に陥る。
リーカ王が急な病で亡くなり、私の夫スパースが跡を継ぐ事が決まった。宮廷のみならず、王国の民も彼の行動一挙手一投足注視する。
「すまんジーラ⋯⋯わしは君だけでは物足りなくなったのだ」
「ヨヨヨ⋯⋯酷い、酷いわ王様。わたくしに飽きたと、はっきり仰って下さいまし」
新王の座についた最初の晩、彼は本性を現した。信頼していたわけではない。でも国のため家のため、それなりに仲良くやって来たと思う。
夫からの突然のハーレム宣言に、私は涙した。あり得る話と想定していたから、少し演技じみていたっけ。
「違う、いや違くないが君の手料理が食べたいんだが、流石に飽きたのは事実だ」
⋯⋯遠回しな拒否?
「だから違う。君が教えてくれたではないか。君の名の付く素材を使った料理だ。父の存命中は我慢していた。だが⋯⋯我々はもう自由だ!!」
何を言ってるのかしらこの人。離縁を言いつけられる⋯⋯そう思って耳を塞いでしまったために、よく聞き取れなかった。
「ジーラという名前は君の前世ではクミンと呼ばれるのだろう。この世界は君のいた世界によく似ていて、食べ物はほぼ同じだと言ったじゃないか」
「確かに言ったわ。でも初めて会った頃の夢物語よね」
私は初めての夜の事だから⋯⋯よく覚えていた。好きでも嫌いでもない、カレーのような名前の男と抱き合うのが不安だった。
スパースに限らず、王位を継ぐ者は皆本性を隠し、父王に殺されないよう自分を隠している。一見冷めて見えるとろみたっぷりのカレーは、表面は冷めていても中は熱々だ。凶暴な辛さを隠して牙を剥く事だってある。
「君のカレー好きが移ったようだ。わしは、色んなカレーを食べてみたいのだよ」
新王スパースのハーレム宣言。それは香辛料の名前が私のジーラという名前が同じであることに掛けて、他の香辛料も味わいたいというお茶目な悪戯心だった。
お子ちゃま舌の父王はカレーに貴重な砂糖をぶちまけ、フルーツ果肉とソースをふんだんに混ぜた、殆どジュースのようなスープカレーが好きだった。
それ以外のカレーは食べようとしないため、カレーに使うスパイスを、わざわざ集めようなんて気はなかったものだ。
「君も食べたいはずだ。材料はわしが集めるから、君は前世の記憶と照らし合わせて新たなカレーを作って欲しい」
ジーラ以外の香辛料を使ったカレーも食べたい⋯⋯そんな我儘なハーレム野郎を、私は大歓迎で許すつもりだ。
私はしっかりと両親のカレー好きの魂を受け継いでいた。私は気づいてなかったが、何かと例え話にカレーの話をするため夫もすっかりカレー脳に洗脳されたようだ。
前世の父と母の関係も、始めはこういう感じだったのかもしれない。
カレー好きに血筋は関係ない。カレー嫌いになりかけた私の魂が保証するよ。
新王スパースと王妃ジーラの甘々でスパイスの効いたハーレム生活──絶妙な匙加減で胃袋をがっちり掴んだ王妃の私の一人勝ちだった。
お読みいただきありがとうございます。
企画ネタ物語なので、ざまぁ等はなく、かなり端折ってます。
※ 誤字報告ありがとうございます。