第8話 裏側と疑念
「戻ってきて初めてのお披露目、上手くいってよかったわ、リエラ!」
「ありがとうございます」
誕生パーティーが終わったあと、嘘くさい笑みを浮かべる『お母様』が目の前にいる。――きっと私も、彼女には同じように映っているんだろう。すると、彼女はひとつ息をついて、まとう雰囲気を変えた。
「建前はここまで……だけど、上手くいったことは褒めるわ、メアリ」
そして私は、被っていた銀髪のカツラを外す。ハーベスト家の全ての人間が有する、美しい銀髪――その下から、私の地毛である赤茶髪が現れた。
「ありがとうございます、奥様」
奥様は私を褒めてくださったが、正直自分でも自分を褒めたい。あくまでリエラ様付きのメイドでしかなかった私が、誰にもバレることなく『リエラ・ハーベスト』を演じてみせたのだから。
「次に人前に出るのは1か月後の結婚式。それまでに、リエラとエドガーの関係を復習しておきなさい。とは言っても、2人の関係なんてないに等しいけれどね」
「わかりました」
「忘れないでね?あなたがリエラを演じる理由を」
「もちろんでございます」
そう。私たちがあれほどまでに虐めて追い出しておきながら、リエラ様を演じる理由。それは、エドガー様と結婚するためなのだから。
♦
それから3週間。俺は、式の準備のためにハーベスト家にやってきていた。
「ごきげんよう、エドガー様」
「ああ」
こういうお淑やかな令嬢と話すのは正直慣れない。1番身近にいる令嬢がアリスだからな……
「準備が整うまでもう少し時間がかかるそうですから、何かお話ししましょう」
「そうだな」
「どんな話題にいたしましょうか?」
どんな話題に、か。こういうのってなんとなく決まっていくものじゃないのか?
「なら――リエラがいなくなったときのこと、聞いてもいいか?」
ちょっと変な気分になりつつ、ずっと気になっていたことを切り出す。リエラはこれまで、自身の失踪について話すのを避けてきた。それはわかっているが……俺が嫌われているかもしれないのに、このまま式を挙げたくはない。
「それは、申し訳ありませんがお答えできません」
「せめて、俺が関係しているのかだけでも教えてくれないか。俺は『許嫁に逃げられた三男』なのかってな」
それさえどうしても話したくないのなら、別にそれでも構わない。これからの結婚生活は相当やりづらくなるだろうがな……
「そんなことはありませんわ。わたくしがただお暇をいただいただけにすぎません」
「そうなのか。ならよかった」
ただお暇をいただいただけにすぎない、か。
――ん?
リエラの言葉を反芻したそのとき、これまで抱いた違和感が像を結んだ気がした。だけど、その像は俺の脳内を離れてしまう。
思い出せ、これまでにリエラに感じた違和感を。自分を叱咤して、必死に像を捕まえようとする。
――何かお話ししましょう。
――どんな話題にいたしましょうか?
――ただお暇をいただいただけにすぎません。
変だ、と感じた彼女の発言を思い返す。どうしてこれらの発言が変だと思った? お淑やかな令嬢と話すのに慣れていないからか? いや、それだけではない気がする。何かが普通じゃないから、変だと思うのだ。これまで話したことのある令嬢たちの記憶をなんとか引っ張り出して、考える。そしてついに、先ほど捕まえかけた像を、今度こそ捕まえた。
リエラの言動は、育ちのいい令嬢なんかのものじゃない。どちらかといえば、メイドのそれなのだ。
育ちのいい令嬢は、「暇をいただく」なんて言ったりしない。そもそもの話、令嬢には『暇』なんて概念は存在しないはずなのだから。
「エドガー様? どうかいたしましたか?」
「いや、なんでもない」
口ではそう言いながら、心境は正反対だった。もし俺の推測が当たっているとすれば……俺が結婚しようとしているこいつは、誰なんだ?
♦
「ライリ、いる?」
「ライリなら、いませんよ」
今日は待ちに待ったエドガーの結婚式の日。今日もライリと行くことになっていたので、騎士団の詰め所までライリを迎えにきたのだけど。
「変だなぁ……」
「ライリなら、今日は行けなくなったそうです」
「え? 本当?」
「はい。そう伝言してくれ、と」
ライリの同僚が答えてくれる。昨日は特にそんなようなことは言っていなかったから、おそらく彼に伝言したのは今日。そう考えると、ライリは騎士団に寄って伝言を頼む時間はあったけれど、結婚式に参加したり、あるいは私が来るのを待つ時間はなかった……ということになる。それは妙ではないか?
「他に何か聞いてない?」
「いえ、何も」
つまり、これ以上ライリを探す手段はないということだ。時間も少しずつ迫っている。違和感を抱きながらも、その騎士にお礼を言って立ち去ることにした。
♦
俺が結婚しようとしているのは、リエラではないのかもしれない。
そんな恐ろしい疑念を抱きこそしたものの、それは言動の違和感から感じたものにすぎない。行方不明の間に培われたものだと言われてしまえばそこまでだし、当然証拠もないのだ。こうなってくると、こんな馬鹿げた妄想を誰に話すわけにもいかず、あれから1週間、悶々としながら苦悩していた。しかし、今日は式の当日。そして今俺は、リエラと式場に入場しているのだ。こんなことを考えている場合ではない。
疑念を捨てようと何度も思っておきながらも、リエラに会うたびにその疑念は捨てるどころか膨らんでいった。そう思って見ると納得のいく言動が多かったのだ。メイドがお茶を淹れるのを見て落ち着かなさそうにしているし、俺への態度も相変わらずだし……かといってやはり、彼女がリエラではないと断言できるような何かがあるわけでもない。どうしようもないまま、今日を迎えたというわけである。
ぼんやりと入場しながら、来客の中に知り合いの顔を探す。……あれはアリスか? ライリと来ると言っていた気がするが、ライリは近くにはいないらしい。
意外に思っているうちに、入場が終わってしまった。そして式は順調に進むが、そのあたりの記憶はない。いまだに結婚相手への疑いが晴れていなかったからだろうな。向こうからすれば最悪の新郎だ。
そして、ついに誓いのキスの時になってしまった。
「では、誓いのキスを」
リエラは目を閉じる。
……きっとここでキスをしてしまえば、もう取り返しがつかなくなる。根拠もなくそう考えた。だが、もしそうだとしても、それは今日この時まで何もできずにいた俺のせいだ。
そんな風に諦めて、俺もその唇に自分のそれを重ねようとした、そのとき。
「その結婚、認めるわけにはいきませんわ!」
式場の扉が、勢いよく開いた。