第7話 来訪と無力
そして、3か月が経った。
あれから本当に色々なことがあったが、今ではいい思い出だ。ライリは研修期間をとうに抜けて、今では立派にやっている。人間関係もうまくいってるようだ。
だが、ライリとの日々を思い返すうえで、絶対に外してはならない出来事。そして、俺たちの関係を大きく変えた出来事でもあるそれは、そんな頃に起こった。
「アリス!」
「やっほー、元気にしてる?」
あれからライリとアリスはすっかり仲良くなり、アリスはちょっとした時間に遊びに来るようになっていた。……一応、視察という名目ではあったが。
諦めた生暖かい目で見る俺に気づいて、アリスが突っ込む。
「また遊びに来た、とか思ってるんでしょ」
「別に間違ってないだろ」
「今日は違うし」
今日はって……語るに落ちてる気もするが、黙っておく。
「何か用事があるの?」
「うん。来週のパーティのために護衛を選ばないといけなくて」
アリスは団長の娘ということもあり、護衛が必要なときはいつも騎士団の中から選ぶことが多いのだ。
「しかし、来週? アリスが出るようなパーティなんてあったか?」
「それが、急に決まってね」
急に? 位の高い貴族を呼ぶようなパーティが急に決まるなんて変な話だな。
「リエラ・ハーベストの誕生パーティ――招待状には、そう書いてあった」
「は……?」
ライリがそんな気の抜けた返しをしてしまうのも無理はない。俺だって驚いている。リエラは俺の元許嫁――俺から逃げた、なんて言われているように、行方不明のはずだからだ。
「まさか、見つかったの?」
「そこまでは書いてないけど、さすがに主役のいないパーティなんてやらないだろうし……行かないわけにもいかないから」
「うーん……」
本当にリエラが見つかったのなら、会ってみたい。だが、噂が正しく、リエラが俺から逃げたという可能性もある以上、俺から会いにいくのは違うような気もする。
そうして悩みはじめた俺より、ライリの方が決断が早かった。
「護衛、あたしにやらせてくれないかな」
「ライリが?」
少し驚いたように聞き返すアリス。
「何か、まずい?」
「いや、こういうことに自分から名乗りを上げるのは初めてだよなぁと思って」
確かにそうだ。この手のことをライリが自主的にやろうとするイメージがあまりない。
「それは……あたしは新人だから遠慮というか、荷が重い気がしてたの。だけどそろそろ、そういうこともできるようになりたかったから」
「荷が重いなんてことないだろ」
「私もそう思う」
この3か月見ていれば、ライリの働きぶりが優秀なことくらいわかる。
「まあ、止める理由もないからね。お願いしてもいい?」
「もちろん」
それから2人は、来週に向けての打ち合わせを始めた。
そのパーティが他人事ではなくなることなど、このときの俺には知る由もなかった。
♦
「うぅ、緊張する」
「大丈夫だって。綺麗だよ?」
「そういうことじゃないよ……」
うーん、励ましたつもりだったんだけど。
「この手のパーティに出るのは、初めて?」
「う、うん」
緊張しているのは本当のようで、いつもとちょっと違うライリ。今日はツインテールではなく、髪を下ろして整えている。着ている服もドレスで、どこかの令嬢と言われても納得してしまうくらいだ。
「ほら、行こう?」
声をかけて、会場――ハーベスト邸の中に入る。
「招待状を拝見いたします」
受付の人に言われて、招待状を差し出す。
「どうぞお入りください」
そして、会場の広間に通される。
ちらりとライリの様子を窺うと、やっぱり様子がおかしい。表情が固く、緊張しているのが丸わかりだ。普段ならもっと、平静を装いそうなものだけど――というかそもそも、鋭いライリのことだから、こうして様子を窺っていることに気づいて何か話しかけてくるはずなのだ。
ちょっとした違和感が私の中でどんどん膨らんでいき、心配になってライリに話しかけようとした、そのとき。
「皆様、お待たせいたしました!」
壇上に、ハーベスト家当主――キアード・ハーベストが登場した。静まり返る会場。ライリに話しかけるわけにもいかなくなり、仕方なく諦める。
「本日は、我が娘リエラ・ハーベストの誕生パーティに来ていただき感謝申し上げます」
「……」
たぶんこの場にいる全員が気にしているのは、そんな前口上ではなく、行方不明と言われていたはずのリエラのことだ。結局、このパーティに至るまで、リエラに関する続報はなかった。
「では、早速本日の主役に登場願いましょう!」
それをわかっているのか、キアードは話を進める。
すると、幕で隠されていた壇上の端から、誰かが歩み出てきた。
「……!」
誰かが息を飲む音。もしかしたら、それは私だったかもしれない。
「ご紹介に預かりました、リエラ・ハーベストです」
綺麗なカーテシーを見せて壇上に現れた彼女に、注目が集まる。
「わたくしは5年もの間、行方をくらましておりました。……その詳細は、ここで明かすことはできません」
その言葉に、会場がざわめく。たぶん、みんなが知りたいことだったから。
「その代わりといってはなんですが、本日は吉報をお持ちいたしましたわ」
吉報? やはり、行方不明だったことに関係があるのだろうか?
不思議に思っているとリエラは、自分が出てきた壇の端に目配せをする。
「――え?」
そこから出てきたのは、エドガーだった。
「わたくしリエラ・ハーベストと、エドガー・シュティルは、結婚いたします」
♦
波乱のパーティがあのあとどうなったかは、正直あまり覚えていない。2人の結婚報告で、頭が真っ白になってしまったから。
「結婚おめでとう……で、いいのかな」
「まあ、リエラに嫌われていたわけじゃなかったのはよかったよ」
すでにパーティの翌日になっていて、アリスがエドガーを祝っている。
「いつなんだっけ、結婚式」
言っていた気もするけど、それも覚えていない。
「1か月後だ。さぞ盛大にやるんだろうな」
「だろうって、他人事みたいだね?」
「実感がないんだよ。いつかはこうして政略結婚するとは思ってたけど、こんなに突然……しかも、相手がリエラだとまでは予想してなかったから」
それも無理はないだろう。先週まで行方不明だった人と結婚するなんて予想できる方がどうかしている。あたしだって、エドガーとリエラが結婚するなんて夢にも思わなかった。
「でも、ちゃんと結婚式には行ってあげるから。エドガーの花婿姿も見たいしね?」
「うんうん」
冗談めかして言ったアリスに乗っかる。
こんな風にふざけてはみるけど、衝撃を受けていないといえば嘘だ。それがどうしてなのか、あたしにはなんとなくわかっている。わかってはいるのに、どうにもできないんだ。こういう思いをするのは、初めてじゃない。これまでだって、何度も抱いた無力感だ。
――楽になれたら、いいのに。
「何か言ったか?」
「えっ?」
どうやら、いつの間にか口に出してしまっていたようだ。
「ううん、なんでもないよ」
首を振って答える。そして、無理やり気持ちを切り替えるように、前を向いて歩き出した。