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第6話 言質と秘密

 俺は、ライリと約束をした。

 王国騎士団に入ること。そして、理不尽な思いをする人がいなくなるようにすること。今のライリにも思うところはあるんだろう。その約束から程遠い、犯罪にまで手を染めたんだ、とかな。


 だけど、わかる。ライリは今でも、叶うなら騎士団員になりたがっているんだ。あの約束から5年……忘れられていても正直仕方ないような年月の中で、俺と再会してその約束のことを持ち出すくらいなんだから。


 だからこそ、ここで言質を取ることに意味がある。

「本当に、好待遇を約束していただけるんですね?」

 団長の言葉に、念入りに確認を取るアリス。真意はともかく、アリスが予定にないことをしてまで、この言質を取りにいってくれたのはありがたい。俺じゃこうは上手くいかないからな。


「ああ、それはもちろんだが」

 アリスの慎重さが気になったのか、団長は怪訝な顔になる。

「ライリ」

 アリスは、控えめに立って俯いている彼女に声をかける。

「……」

 そして、打ち合わせ通りにフードを外して、顔を上げた。その表情にはわずかながら困惑が見える。アリスが予定にないことを始めたうえに、俺がそれに乗っかってしまったのだから、まあ無理はないだろう。


「まさか、君は――」

「そうです。あたしが2人をさらいました」

 団長の言葉を遮って、先ほどまで見せていた良家の令嬢じみた風格など初めからなかったかのように、ライリは答える。


「……話が違うな」

 ライリは俺をさらったとき、顔を隠していなかった。少なくとも、髪色や髪型くらいの報告は受けているはずだ。


「何も違いませんよ。彼女は私たちをさらって、そして助けてくれたのですから」

 そう言ってアリスは、ところどころにライリの補足を挟みながら、これまで起こったことを語った。


「ライリ」

 全てを聞いたあと、団長は問いかけた。

「君はどうして、男たちの言いなりになっていた?」


 この部分は、あえて伏せて説明していたように感じる。どうやらアリスは知っているようだが、俺はまだ聞かされていない。だから気にはなっていたものの、聞きがたい気もして聞けていなかったんだ。


「それは……」

「大丈夫、それくらい自分で話すよ」

 庇おうとするアリスに微笑んで、ライリは話しだす。


「あたし、家族に売られたみたいなんです。とはいっても、直接家族に聞いたわけじゃありませんが」

「つまり、男たちがそう言っていたんだな?」

「はい」


 ――家族に、売られた?


 そういえば、ライリの家族の話は聞いたことがない。家族の話をするのは、俺ばかりだった。

「……わかった。なら、ライリ。君は何を望む?」

「信じて、いただけるんですか?」

「疑っても仕方あるまい。他のものならともかく、さらわれた当人がこう言っているんだからな」

 肩をすくめる団長。そんな軽い団長の態度と裏腹に、ライリは俯いて考え込む。


「考える必要なんてないだろ? これ以上のチャンスはないぞ」

「わかってる。わかってるけど、ダメだよ」


 ライリの考えていることはわかる。たぶん、まだ引きずっているんだ。嫌々とはいえ犯罪に手を染めた自分が、願いを叶えてもいいのか、ってな。


「ダメなんて言うなよ。お前は俺やアリスを助けてくれたんだ。それは間違いないだろ」

「でも、そんなことで、全部無かったことにはならない」

「ならないだろうな」

 

 ライリが面食らった顔で俺を見る。

「でも、だからこそだよ。これまでやってきたことを……打ち消すためでも、償うためでもいい。誰かを助けるんだ。そのための1番の近道だからな」


「……そんなに、上手くいくかな」

「そこは上手くやるんだよ。5年もロクでもない環境でやってけてたんだし、なんとかなるだろ?」

 あえて気軽な感じで言ってやる。今のライリには、多分これくらいがちょうどいい。


「団長さん」

 口調は団長に対するものの割には軽かったが、ライリは心を決めたようだ。

「あたしを、王国騎士団に入れてもらえませんか」



 それから、2週間。

「今日からこの班に新人が入る。歓迎してやれよ」

 新人が入るというニュースの大きさの割には、班員たちの反応は小さい。事情が事情なので、あらかじめ知らされていたことだったからだ。


 ドアが開き、新人が顔を見せた。

「ライリです。よろしくお願いします」

 万人受けしそうな微笑みに、シンプルな挨拶。でも、その中にもライリらしさを感じて、嬉しくなる。


 あの後、いろいろとありはしたが、無事にライリは騎士団に入ることができた。ネックであった、俺をさらった当人である(と認識されている)という部分についても、事前に全ての団員たちに伝えておくことで解決した。


 そして、俺と同じ班に配置して、フォローできるようにすること。王国騎士団において、全ての騎士は7つある班のいずれかに所属する。俺がいるのはD班で、人数はどの班でも7人ほどだ。ライリが加わることで、D班は8人で活動することになる。


 朝のミーティングが終わり、ライリがメンバーたちに囲まれ始めた。かけられる言葉はどれも優しく、心配はいらなそうだ。

 俺も聞きたいことがあるが……今はそれどころじゃなさそうだな。



「どうだ? 初日を終えてみた感想は」

「やっぱり大変だね……でも、嬉しい」

 あたしは、声をかけてくれたエドガーに返す。


 これから1週間は研修期間ということで、エドガーにくっついて仕事を勉強することになっている。仕組みとしては、7つの班にはそれぞれ週予定表があって、どの曜日においても必ず1つの班が休んで、残り6つの班が働くようにできている。そして、その曜日と班に応じてその日の仕事内容が決まる、という感じだ。


「そうか」

 エドガーは短く答える。その態度がなんだか、彼らしくない気がした。

 こういう時の相場は決まっている。


「何か隠してる?」

「えっ、いや、違うんだ」

「……説得力ないよ」

 エドガーは頭を掻いて言葉を探すようにして、こう問いかけた。


「ライリの、家族のことだ」

「あたしの?」

「ああ。言ってただろ……その、捨てられたって」

「別にそれ以上でも以下でもないよ」


 これは本当だ。真実ではないのかもしれないけれど、これ以上のことなんてわからないし、知りたいとも思わない。


「そうじゃなくて。――どんな親だったんだろう、と思ってな」

「どんな?」

「あの頃のライリは、別にボロボロの服なんか着てたわけではないし、ちゃんと食べてもいるみたいだった……ライリを売らないと生きていけない、なんてほどじゃなかったような気がするんだ」


「別にお金が欲しかったんじゃなくて、あたしが邪魔だっただけだよ。お金はあくまで副産物」

 邪魔。お前なんて生まれてこなければよかった。これくらいのことは、何度も言われてきた。


「まあ、おかげであの男たちには、捕まらないようにいろいろと教え込んではもらえたんだけどね」

 たぶん、そこで築いたものがなかったら、騎士団なんて実力も足りなくて入れなかっただろうし。


「親に会いたい、とは思わないのか?」

 黙って考え込んでいたエドガーが、問いかける。


「別に思わないよ。あっても話すことなんてないし……もしかしたら、どこかでひょっこり会うかもしれない。それだけで十分」

「そう、か」


 あー。余計なこと言って心配かけたかな。だからあんまり、詳しいことは言ってこなかったんだけど。

「じゃあ、また明日」

 そう言って、エドガーと別れて騎士団寮に向かう。エドガーは実家暮らしだけど、あたしはそういうわけにもいかないし。


「あたしは、本当は――」

 言えたらどれだけいいだろう。何度もそう考える言葉の先は、いつも口にできない。

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