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第4話 過去と作戦

 時は遡って、ライリが身代金を受け取りに行く前。

「ライリ」

 人質といっても、一般に想像するほどの不自由を強いられたわけじゃない。例えば今だって、ライリと談笑していたところだ。だけど今は、聞きたいことがある。話題が一段落したところで、ずっと胸に秘めていた疑問を放つ。


「ライリはどうして、エドガーのことを知っているの?」


 驚いたように目を見開くライリ。たぶん、こんな質問をされるとは思っていなかったんだろう。

「……知っているも何も、有名人だよ」

「それは名前だけでしょ? 顔まで広まってるわけじゃない。せいぜい顔しか見ていないはずなのに、私と一緒にいた男がエドガーだとわかったんだよね? それはどうしてかなと思って」


 確かにエドガーは許嫁に逃げられた三男という二つ名で有名ではあるけど、顔や身体的な特徴まで有名なわけじゃない。にもかかわらずエドガーの顔がわかったということは、エドガーと会ったことがあるということだ。ライリが貴族ならともかく、そういうわけでもないだろうに、一体どこで会ったのだろうか。


「……やっぱりアリスには敵わないな」

 諦めたようにため息をついて言う。そして、ライリとエドガーの関係について聞かせてくれた。



 これは、6年前のこと。

「ふぅ……」

 あたしは上手く脱出できたことに安心して、軽く息をつく。そして振り向いて、自分の家を見上げる。


 ――あたし、家を抜け出したんだ。


 普段なら考えられないようなこと。だけど今日は家族が家にいないから、勇気を出して抜け出した。1人で見る王都の景色は、やっぱりいつもと違う感じがする。

 そんな浮かれた気分になりながら、王都の街並みを歩いていく。


「……?」

 ふと通りの向こうを見ると、私と同い年くらいの少年が壁にもたれかかっている。なんとなくその様子が気になって、あたしは少年の方に行くことにした。


「こんにちは」

 話しかけようと思ったはいいけど……なんで切り出せば良いかわからなくて、ありきたりな挨拶になってしまった。しかもなんとか作った笑顔も引きつっている気がして、嫌になる。


「あ、あぁ」

 そんなあたしに、なぜか少年は動揺して答える。なぜ動揺しているのか気になったけど、いきなりそんなことを聞く勇気はない。

「ここで何をしているの?」

 とりあえず、話題になりそうなことを聞いてみる。


「何をしている、というわけじゃない。ただ……1人になりたくなったから、1人でいられる場所にいる。それだけだ」

 この頃には少年の動揺は収まっていて、普通に答えてくれた。


「もしかして、家を抜け出して?」

 根拠はなかったけど、確信はあった。

「――!」

 あ、あれ? これは聞かない方が良かったのかな。最初に見せた動揺をこえて少年が狼狽しだしたので、さすがに申し訳なくなってきた。


「頼む! このことは誰にも言わないでくれ!」

「えっ? いや、誰にも言うつもりはない、よ?」

 あまりの勢いにこちらも驚いてしまった。


「あ、でもひとつだけ教えてほしいんだけど」

 少年は食い入るようにあたしを見る。たぶん、家出のことを口外させないためなら、ほとんどのことは答える覚悟があるんだろう。……そこまでして広まってほしくないことなのだろうか? やたら反応が過剰な気もする。だけど、答えてくれるなら都合がいいのは間違いないので、遠慮なく質問をする。


「あなたの名前を、教えてくれない?」

 すると、少年は一瞬だけ呆気に取られた表情になって、そして突然堪えるように笑い出した。


「ちょ、ちょっと?」

 さすがに意味がわからない。

「す、すまない……自分が馬鹿らしく思えてきてな」

 それでもよくわからない。あたしは、そんなに変な質問をしただろうか?


「エドガー・シュティル」

「え?」

「俺の名前。シュティル家の三男だ」


 ……は?

 これが心の声だったか、口から漏れた声だったかは定かじゃない。だけど、紛れもないあたしの本心だったのは間違いなかった。



「2人とも家出なんてしてたんだ? 知らなかった」

「あはは……あたしはともかく、エドガーはあのシュティル家の三男なんだから、あのときは本当に驚いたな」

 ライリは苦笑して、そして懐かしむように話してくれる。


「あのときの変な反応も、それで全部説明がつくんだよね。シュティル家の三男が家出なんて知れたら碌なことにはならないだろうから、それだけは防ぎたかったんだ」

「そうだね。……その後、エドガーと会うことはあったの?」

「月1で会ってたよ。お互い相手を家に呼べる環境でもなかったから、家を抜け出してね」

「そ、そうなの?」

 思っていたよりも遥かに親密な関係だったことに驚く。


「だけど、それは5年前までのこと。あたしがここに来てからは、一度も会ってこなかった」

「……」

 今もエドガーとの仲が良いなら、私をさらう前に話しかけるなりなんなりしたはずだ。そうしなかったということは、2人の間に何かあったということ。それはわかっていた。


「あたしは、家族に売られたんだよ」


「……え?」

 想定できないことじゃなかった。だけど、そうでなければいいと無意識に願って、考えないようにしてたことだった。

「いろいろあって、元から家族には疎まれてたから。13歳まで育ててくれてただけでもすごいくらいだったな」

「そんな……」

 答えるライリの顔が寂しげで、けれど私にかけられる言葉も見つからなくて。


「こんなんじゃ、エドガーに顔向けできない。約束だって、破っちゃったし」

 約束、というと次に会う約束のことだろうか。

 なんとかなるとか、会ってみればいいとか、そういうことは言えない。私はエドガーじゃないし、ライリでもない。誰の気持ちも、本当の意味ではわからない。


 だから、ごめん。私は、ライリの気持ちを利用する。


「ライリ、明日は身代金を受け取りに行くって言ってたよね。それを要求する手紙も任されてるって」

 非情なようだけど、利用して良い方向に持っていくのだから許してほしい。私だって、生きて帰らなくちゃならないんだから。


「そう、だけど」

 私の意図を掴み損ねているのか、不思議そうにするライリ。

「なら、こうするの。エドガーをここに――」


 私は作戦を伝える。

「でも、そんなにうまくいく? そもそもエドガーが公園まで来るかわからないし」

 ライリは驚いたように、だけど怪訝そうに聞く。


「絶対に来るよ。私がさらわれる直前まで一緒にいたこともあって、責任を感じてるはずだから」

「それでエドガーを連れてきて、この建物にいる人間を全員倒して脱出する、ってこと?」

「そう。これから手紙を書くときに、あえて騎士を連れてこないことを条件に入れない。これをあの男に飲ませられればいいんだけど、できそうかな」


 こればかりは、ライリとも男とも付き合いの浅い私じゃわからない。


「……アリスの言ったとおりに伝えれば、いけると思う」

 良かったぁ。やっぱり、騎士を人質にとって王国が身動きを取りづらくなるようにするっていう利益のある建前は、無駄にならなさそう。


「上手くいけば、ライリは自由になれるしエドガーとも話せる。その、『約束』だってきっと」

 叶えられる、と続けようとしてライリの異変に気づいた。

 ライリは俯きがちに、見たこともないような冷たい表情を見せていたのだ。


「……ごめん。アリスに言われたようにやってくるよ」

 そう言ってライリは私を無言で縛って、部屋から出ていってしまった。

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