第2話 対面と勝算
「どうだ? 何かありそうか、アリス?」
「うーん……やっぱり何もないね」
問いかけるエドガーに、芳しくない答えを返す。私たちは、昨日連続殺人犯を捕まえた裏広場に再び来ていた。理由は、フードの人物を探すため。あの後ここに戻ってきて、何か残したんじゃないかと期待したんだけど……やっぱり何もないみたい。
「すまん、ちょっと用を足してくる」
「あぁ、うん」
忙しそうにしていたところに、無理を言って連れ出しちゃったからね。特に引き留める理由もないのでそのまま見送る。
それにしても……昨日のことを思い出す。私はフードの人物の後ろ姿しか見ていないし、なんとなくの部分が大きいけど、あの人には何かあるような気がする。それがなんなのか、良いことなのかどうかすらわからない。だけど、このまま放っておくのは良くない気がする。
確信がないこととはいえ、自分で言うのもなんだけれど、私の直感は意外と当たるのだ。あの殺人犯を捕まえられたのだって、殺された人たちの共通点を見出したからだけど……それができた理由は、なんとなくだ。もちろん自力で考えたりもしたけど、それだけで全部なんとかなるものでもないし。
ちなみにその共通点というのは、とある人間からお金を借りていたことだった。被害者たちは、お金が返せなかったのである。そして殺されてしまった――この、お金を貸していた人間こそが、犯人だったのだ。いくらお金が返ってこなかったからといって何でもしていいわけではないけれど、これだけなら簡単な事件のようにも見える。
ただ世の中そううまくはいかない。共通点を探すにあたって遺族たちに話を聞いたのだけれど、被害者が借金をしていたことを素直に教えてくれた人はいなかったのだ。考えてみれば当然のことともいえる。事件に関係があるのかもわからないのに、自分の身内の生前の醜態を赤の他人に教えるというのは、ちょっとおかしな話だからね。その隠し事に気づいたのは、本当に偶然。借金のことを誰にも知らせていなかった被害者もいたようだし。
まあともあれ、あのローブの人物を探すのは必要なことなのだ。手がかりがない中を探すなんていう無茶を自分にやらせるためには、無理やりでも理由付けが必要だった。
そんなふうに思考を深めていこうとしたとき、突然目の前が真っ暗になる。
首筋を何かで打たれた、と気づいたのは、闇に沈む意識の中でだった。
「ん……」
うっすらと瞼を開く。――見慣れない天井。一気に意識が覚醒して、慌てて起き上がる。
最初に気づいたのは、すぐそばに誰かがいること。
「目は覚めた?」
その人は私に問いかける。
「はい、まあ……」
思いのほか優しい質問に少し動揺しながらその人を軽く観察する。目を引くのは、濃いめのピンク色のツインテール。そして、髪色と同じ色の瞳。年は私と同じくらいだろうか。私と彼女がすぐそばにいたのは、私が寝かせられていた、大きいわけでもないベッドに彼女も腰掛けていたかららしい。
「ごめん、狭いよね」
そう言って彼女は立ち上がる。不審にならない程度に部屋を見回すと、座るものはこのベッド以外にはないようだ。
「……」
沈黙が生まれる。今になって気づいたけど、私はどこも縛られてない。腕や足はもちろん、口すら塞がれていないのだ。かといって不用意に叫んでも意味はないだろうから……今できることといえば、彼女に質問をすることくらいかな。だけど、肝心の質問の内容が思いつかない。彼女が私の誘拐に関してどれくらいのことを知っているかわからないし、そもそも聞きたいことが多すぎて絞れない。
迷っていると、彼女の方から質問された。
「あなたの名前を聞いてもいい?」
「アリス」
あえてそう答えると、彼女は少し考えて、こう問いかけた。
「……家名は?」
やっぱりバレてるかぁ。
「アナハイド。聞いたことくらいはあるんじゃない?」
「アナハイドって、王国騎士団長の娘?」
どうやら驚いているらしい。てっきり、そうわかった上でさらってきたと思ってたんだけど、そういうわけでもないようだ。
「なんでわざわざ私を?」
聞けたらいいなと望みをかけて口を開いてみる。
「一緒にいたのは、エドガー・シュティルでしょ? 彼は有名だから」
有名、というのは二つの意味でだろう。まずシュティル家は王国でも五本の指に入るほど強い貴族の家だ。エドガーはその三男、ということでそれなりに名がある。
そしてもうひとつ。エドガーは、「許嫁に逃げられた三男」という不名誉な二つ名を持っているからだ。許嫁というのは、リエラ・ハーベスト――ハーベスト家はシュティル家と同じくらい強い貴族で、リエラはその四女――のこと。実はリエラは、14歳の誕生パーティーが終わった夜から行方不明になっている。その日が、リエラとエドガーが対面して初めてまともに話す日の前日であったことから、こんな二つ名が生まれたというわけ。
まあともかく、そんな血筋の人間といたからさらわれた、ということのようだ。そして、もう一つの疑問も解けた。
「やっぱり私をさらったのはあなただったんだ」
「――え?」
その答えを確かめるべく、彼女に問う。
「私とエドガーが一緒にいたのを知ってるのは私をさらってきた人だけだもの。そもそも、私をさらった理由を話せる時点でほぼ間違いないんだけどね」
「……ちょっとうかつだったかな」
わずかに目を逸らした彼女。
「そういえば……あなたの名前を、聞いてもいい?」
一方的なのはなんだか気持ち悪い。
「私は――ライリ」
ライリ。いい名前だ。ようやく自己紹介も終わりに向かってきたところで、私は、今一番したい質問を投げかける。
「じゃあ、ライリ。どうして私のような人間が必要なのか、教えてもらえない?」
意を決してしたつもりだったその質問。ところが、ライリが何か言おうとしたところで、部屋の唯一のドアが開き、その言葉を遮った。
「そいつの目は覚めたのか?」
「はい」
入ってきた男に、ライリは表情を固くして答える。
「名前は?」
「アリス・アナハイドだそうです」
「アナハイド? ずいぶんな大物だな」
「……そう申しつけられていましたから」
どうも、入ってきた男にはライリも頭が上がらないらしい。
「おい、アナハイドの娘」
「っ、はい」
突然聞き慣れない呼び方をされて戸惑ったけど、そんなことを言ってる場合じゃない。ライリとは話ができたけど、ライリより上の立場にあると思われる彼ともそうであるとは限らない。
「お前はこれから、フェルール王家に対する人質だ。せいぜい、それをわかった上で行動するんだな」
彼はそうとだけ言って、部屋から出ていってしまう。彼が階段を降りていくらしい足音を聞き届けて、ようやくつぶやく。
「なにそれ……そんな勝率のないことを?」
勝率がないというのも、私がどこに囚われているかなんて、騎士団が立ち入ればすぐにわかることだからだ。立ち入りを拒めば犯人扱いされるのだから、拒む選択肢はない。誘拐自体がバレない可能性も、私の立場上あり得ない。私を人質にすれば大抵の要求なら通るだろうけど、逆にそれなりのリスクを伴うのだ。
「理由はわからないけど、あの人は貴族とのパイプを持ってるみたいだから。失敗しない自信があるんだよ」
私のつぶやきに、どこか他人事のように返すライリ。その横顔には、私の知らない何かへの諦めがあるように見えた。