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第10話 証人と決意

 私はこの短時間の間に、幾度となく自分の目を疑った。


 式に乱入してきた人物がリエラそっくりの格好をしていた(というか本人だった)こと。リエラだと思っていた人物がただのメイドだったこと。乱入者はライリであったこと。


 そして、見覚えのある人物が式場に入ってきたこと。

 その人物は騎士に連れてこられている。立場上仕方ないのはわかるんだけど、場違いな感じがより一層強く感じる。

 ちらりとハーベスト家の人たちの様子を窺うと、明らかに顔が青ざめている。確かに、あの人ならこの膠着状態をなんとかできそうだけど……やってくれるかは、別の問題だ。


「おい、なぜ罪人がここにいる?」

「わたくしが呼んだのです」

 警備係が騎士を問い詰めるのに答えたのは、ライリだった。確かにライリなら、同僚に頼んで連れてきてもらうことくらいならできるだろう。ここまで通すのも、リエラとして許可を出せば済む話だ。


「彼は、お父様たちからわたくしを買った人物です」


 そう。連れてこられたのは、ライリと初めて出会った時に、ライリを利用していた男だった。私はあれから会っていなかったし、ライリやエドガーは良くも悪くも彼と接点ができてしまったから、最近始まった彼への尋問の係にはならなかったらしい。だから多分、ライリはともかくエドガーも会うのは久しぶりなんじゃないだろうか。


「何を……お前もわかるだろう? ハーベストの権力がどれほどのものか」

 彼は間違いなく、ハーベスト家には都合が悪いことを知っている。となれば、うまく口を塞がなければならない。かといってこの状況で実力行使に出れば、隠したいことがあると明言するのと同じこと……あとはもう、遠回しに釘を刺すことしかできないというわけだ。


「……」

 彼は、ライリの方を見て、ため息をついた。そして、次の言葉は――、

「そいつの言うとおりだ。俺はその父親からそいつを買った」

 彼は、証言することを選んだのだ。




 あとのことは、そこまで複雑にもならなかった。彼がライリを買ったことを認めたことで、ライリの売買を否定しているのはハーベスト家だけ……いくら高位の貴族と言えども、ここまで追い込まれてしまえば罪を認めざるを得ない。そして、事情聴取のために騎士団に連れて行かれた。


 当然、結婚式は中止。メアリの処分も含めて保留となり、とりあえず解散することになった。


 だけどまだ、式場から出るわけにはいかない。エドガーと話し始めたライリに近づいていく。

「お前が、本当にリエラなんだな」

「……うん。そう簡単には、割り切れないかもしれないけど」

 伏し目がちに答えるライリ。やっぱり、普段通りの話し方をしてくれる方が自然な感じがしていい。


「今日の式に来ないって言ってたのは、このためだったんだね」

 私も話題の中に入る。


「そうだよ。ちょっと前から考えてたの。あたしは、どうすればいいのかって」

「……確かに、驚くよね。自分は行方不明になったはずなのに、知らないところで誕生パーティが開かれることになってたら」


 ライリの立場に立って考えてみれば、動揺して当然……むしろ、よく平静を装っていたと思う。

「まあね。だから、なぜあたしが帰ってきたことになっているのか知りたかった。それで、アリスの護衛という名目で、パーティに行ったんだ」

 あの時突然、私の護衛を買って出たのにも意味があったということだ。


「でもどうしてあの男は、自分がライリを買ったことを認めたんだ? 認めなければ、ハーベスト家に口をきいてもらえたかもしれないのに」

「あらかじめ言っておいたからね。今のあたしは騎士団員――たとえハーベスト家からの圧力がかかっても、それを無かったことにするくらいならできるって」

「そんな無茶な……」


 エドガーも言ったとおり、それは無茶だ。そもそも圧力というのは逆らえないから圧力なのであって、一騎士になんとかできるようなものじゃない。


「それくらいはわかってるよ。だから、あたしの素性を明かしてからその話をしたんだ」

 なるほど。あれほど色々な話を聞かされれば、動揺して、普通の判断ができなくなってしまっても無理はない。


「とにかく、そういうわけだから。あたしはもう、騎士団にはいられない」

 寂しそうに笑って、ライリは言った。


「何言って……」

 それを否定する言葉を探そうとして、言葉に詰まる。


「あたしの待遇がこれからどうなるかはわからない。だけど、これまで通りに平民と同じように扱ってもらえることはないよ」

 その通りだった。だからこそ、否定したくても返す言葉がない。すると、考え込んでいたエドガーが、ライリにこう問いかけた。


「なら、どうしてここで素性を明かしたりなんかしたんだ?」


「え?」

 これが誰の声だったかは、よく覚えていない。それくらいには、意外な質問だったから。

「今日黙って結婚式を見守っておけば、別に素性を明かす必要はなかっただろ。メアリも一応、リエラを演じようとはしてたんだから」

「それは……」


 確かにそうだ。ここでライリが名乗りを上げなくても――というかむしろ、そうなった方が――式は円滑に終わり、メアリは『リエラ』としてエドガーと共に生きていっただろう。さほど想像に難くない。


「誰のためだったんだ? 自分の名前で結婚されるのが嫌だったから? 家族に復讐をしたかったから?」

「違う、そんなんじゃない! あたしは、あんなやつらとエドガーの間に縁ができて、利益を得るのが許せなかっただけ!」

 これは、式が始まってから初めて、ライリがその感情をあらわにした言葉だったように思う。


「ならそれは、俺のためだったんだろ」

「……そうだよ。あたしはもう、あいつらに復讐しようなんて思ってないから。そんなことできたって、たぶん何の意味もないし」


「それって」

「え?」

 思わず漏れてしまった言葉。だけど今更撤回するのもおかしいので、まだ言いたいことは固まってないけど続ける。


「それって、やっぱりライリだよね」

「……?」

 ダメだ、これじゃ伝わらない。なんとか言葉を紡ぎ出す。


「たとえ本当の名前がリエラだって、あなたがやったことは『王国騎士団員のライリ』としての行動だよ。普通は、人助けのために自分の立場を捨てる覚悟をするなんて、できないから」

「そんな大層なものじゃない。もともとあたしの立場は、仮初だったんだから」

「それでも、居心地は良かった。違う?」

「……」

 ライリは黙り込む。これまでライリが見せてくれた笑顔が嘘だなんて、とても思えなかった。少なくとも、簡単に壊してしまえるようなものじゃなかったはずだ。


「なあ、ライリ。5年前のあの約束、覚えてるか?」

 ……約束?一体なんのことだろうか。


「俺が今こうして騎士団員としていられてるのは、あの約束のおかげだ。――恥ずかしいから言わなかったが、騎士団員になって最初に会いたいと思ったのは、ライリだよ」

「あたしもずっと、会いたかった……!」

 これまで溜め込んできたものを吐き出すように、ライリは叫ぶ。


「ならなんで離れようとするんだよ。離れたくない相手がいる、やりたい仕事がある。離れる理由なんてないだろ? ……自分の幸せを、諦めんなよ」


 そしてライリの瞳から、涙が溢れ出した。

 ライリはこれまでずっと、戦ってきた。さっきまでの毅然とした態度は、たぶん彼女が戦うのに必要なものだったんだ。本当は、ただの1人の女の子でしかないのに。


「あたしが幸せになっても、いいのかな……? あたしは、家族に必要とされてないのに」

「当たり前だろ。家族だって大事だが、それが全部じゃない。俺には、お前が必要だよ」

「っ!?」


「も、もちろん私もだから! ライリには、一緒にいてほしい」

 危ない。というかアウトだ。こいつ、この手のことには弱いから……。


「ありがとう、2人とも。あたし、もうちょっと頑張ってみるよ」

 そう言って笑ったライリの顔は、これまでで1番綺麗な気がした。

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