4話 町内ランニング
青丸の話を終えた辺りで、ようやく周囲の景色が田園から町へと変わる。
まだ早朝なので空いているお店はないが、ヒカル達のようにランニングをする人がちらほらいるようだ。
「自然と町が調和したいい場所ですね……!」
「分かるか。俺も、この丁度いい自然と町が好きだ」
朝の空気感と景色を楽しむ二人。
「コンビニまであるのはだいぶ助かります!」
「後で寄ってみるか?」
「いえ、寄ったら買い食いして朝食が食べれなくなりそうなのでやめておきます!」
「正直だな。確かに、買い食いが原因で朝食が入らなくなるのは困るな」
ヒカルの少し前を走る鉄火は苦笑いで答える。
「朝食を食べれないとなったら、あの二人に買い食いがバレるだろうし……それ以前に、鼻のいいオミミにバレるだろうな」
「オミミさんって鼻いいんですか?」
「アイツは犬寄りだからな。俺達でも分からない匂いを普段から察知しているらしい」
「そうなんですね……あ、そういえば……」
ヒカルは何かを思い出したかのような声を上げる。
「何だ?」
「オミミさんって、人が物凄く好きなんですか?昨日、オミミさんがやたら近かったような気がして……」
「あー、あれか……」
ヒカルの質問に鉄火は顔を顰める。
「オミミは確かに、人間の女性が大好きだ。外で声をかけられたら大喜びで駆け寄るくらいにな……だが、ヒカルに対してはまた違う理由があってな……」
「理由あるんですか?」
「ああ。オミミがやたらヒカルに懐くのは恐らく、過去にヒカルに助けられたのが原因だろうな」
「えっ?自分がオミミさんを?」
ヒカルは鉄火の言葉に驚き目を丸くする。
「ヒカルは覚えていないかもしれんが……俺達は昔、小さい頃のヒカルと出会ってたんだ」
「あ、その話は青丸さん達から聞きました。残念ながら自分は覚えてませんが……」
二人は会話しながら大きな公園の前を通り過ぎる。
「その時、ヒカルは俺達に本当に優しく接してくれてな……子どもに少し苦手意識を持っていたオミミも、いい子で優しいヒカルがすぐに気に入ったんだ」
「えっ、オミミさん子ども苦手なんすか?」
「過去にガ……幼い男の子に散々嫌がらせされたみたいでな……」
「(今ガキって言いかけた……)」
「まあ、あの日も近所にいた子どもに見つかったオミミは嫌がらせされてな……オミミが反撃しないのをいいことに、その辺の雪や泥を投げてきたんだ」
「そんな!?無抵抗の相手にそんな事するなんて!!」
ヒカルは思わず声を大にして驚く。
「あっ、すいません。想像以上に大きな声出ました……」
「大丈夫、むしろそれくらいオミミに肩入れしてくれたってことだろ。逆に嬉しいくらいだ」
「あ、ありがとうございます……それにしても、無抵抗の相手に物を投げるなんて……いくらなんでも酷すぎますよ……」
「昔ならまだ知名度はあったが……一般人はもう、俺達ツクモ隊の事なんざ碌に知らないだろうからな……」
鉄火は寂しそうな顔でそう呟く。
「まあ、そんなことでオミミがクソ……子どもに嫌がらせされてたんだが……」
「(クソガキって言いかけてる……鉄火さんって普段は口悪いのかな……)」
「オミミが嫌がらせされてた所にヒカルが来て、悪さしていた子どもを蹴散らしてくれたらしいんだ」
「えっ?自分がですか?」
「そうだ。事の顛末は全部オミミから聞いたから全部は理解しきれてないが……どうやらヒカルは、その場で綺麗な側転や見事なバク転を見せてその場を収めたらしいんだ」
「戦わずに子どもの嫌がらせを止めたんですね。確かにその話は自分らしい気もしますね……自分、素人には攻撃したくないので」
「当時のヒカルも似たこと言ってたな。除霊師は人間より強いから、戦わずに助けたと。そんなヒカルに、オミミはいたく感激してな……もしヒカルが除霊師になったら、絶対に恩返しするんだと意気込んでたんだ」
「オミミさん……だからあんなに距離が近かったんですね……」
「あれは流石に近過ぎたがな。まあ、そんなことがあったんだ」
「なんか納得しました……」
鉄火の話で、ヒカルは青丸とオミミのことがなんとなく分かった。
青丸にとってヒカルは、ゲームの話が分かる弟分のような存在。
オミミにとってヒカルは、悪戯小僧から助けてくれた恩人。
「お話ありがとうございます、鉄火さんのお陰で謎が解けたような気がしました」
「それは良かった」
会話しながらランニングし続け、二人は町の中へと移動する。
周囲には弁当屋やパン屋などの店が並んでいる。ヒカルは周りにある店を楽しそうに眺めている。
「ヒカル、何か気になる店はあるか?」
「どれも気になります!鉄火さんはこの町でお気に入りのお店はありますか?」
「そうだなぁ……俺は向こうに見えるラーメン屋が好きだな。あの店は餃子やチャーハンも旨いが、味の濃い豚骨醤油が特に旨いんだ」
「美味しそうですね!自分もラーメン大好きなので気になります!」
「なら時間のある時に一緒に行ってみるか?」
「いいんすか!?ああいったお店に一人では入り辛かったので、常連の方と行けるのは非常にありがたいです!」
食べ物屋の話で大盛り上がりする二人。他にもパン屋やレストランの話を鉄火から聞いては、ヒカルは嬉しそうに反応しては素直な感想を述べた。
「ええっ!あのお店、そんなデカいアイス売ってるんすか!?いいな!」
「あの店もいつか行ってみるとするか。それにしても……ヒカルは楽しそうに話を聞いてくれるな」
「楽しそうな話だったんでつい……あと、鉄火さんの話が分かりやすくて楽しいからですね!」
「ヒカル……本当にいい奴だな……」
「自分はただ素直な感想を言っただけですよ」
「それがいい。世の中には正直に話ができない奴もいるからな」
「正直過ぎるのも困りものですけどね!ほどほどが一番ですよ」
「そうだな。ヒカルはよく分かってるようだな」
ヒカルの言葉に、鉄火は納得したような様子で頷いた。
ランニングを続ける二人は、緩くて長い坂を駆け上がっていく。ヒカルは十分に余裕があるのか、会話のために再び口を開いた。
「それにしても、鉄火さんって全体的にオシャレですよね!」
「……唐突だな」
「最初に会った時から思ってたんですよ。鉄火さん、服装にこだわりがある人なんだろうなって」
ヒカルはそう話をしながら鉄火のジャージを指差す。
「自分はオシャレはあまり分からない方ですが、その黒のジャージもデザイン良くてかっこいいですよね」
「…………ヒカル」
「はい?」
鉄火は速さを緩めていき、やがてその場で停止してしまった。ヒカルも速度を落として足を止める。
左手にある柵の向こうには朝日に照らされた町が広がっている。鉄火はその柵に手を置き、ヒカルの方をじっと見つめた。
「ヒカルは、この服の良さを分かってるくれるのか……」
「えっ?」
鉄火の力のこもった一言に呆然とするヒカル。
「ヒカル、青丸とオミミはな……ファッションなんざ、一切興味を持たねぇんだ……」
誰もいない町中の道路を一台の車が通り抜ける。
「青丸はそれなりにお洒落に気を使うが、気に入った服を数着買っただけで満足してそれっきり。オミミはオシャレにあまり興味を示さないから、基本は俺や青丸が見繕った服を着るだけ……!」
「今いるツクモ隊の中に、ファッションに興味ある人があまりいないんですね……」
「ファッションに興味を示せとは言わない!」
鉄火は声を大にして叫ぶ。
「だがそれでも、ほんの少しでもいい……カッコいいとかオシャレとか……!少しは着てる服に触れてくれたっていいだろ……!」
「鉄火さん……」
鉄火が熱くなっている。ヒカルに熱波が届き、髪が赤く染まり、声に感情が乗っている。
「青丸は「新しくしたの?」とか「いいじゃん」とか言ってくれるが、コメントはそれで終わりだ。あまりにも淡白過ぎるだろ……!」
「あの、鉄火さん……」
「どうした?」
「服から煙出てます……」
「うわやべぇ!」
ヒカルの一言で正気を取り戻した鉄火は、大急ぎで頭を振って熱を下げようとする。やがて髪の色が元の黒に戻り、煙も出なくなった。
「…………悪い。熱くなり過ぎた」
「いえ、大丈夫です。好きな物を語り合える人は確かに欲しいですよね」
ヒカルも妙に深い顔をして頷く。
「マイナーなゲームを対面で語れる機会が中々ないので、自分もよーく分かりますよ」
「分かってくれるか……」
「自分で良ければ、少しくらいはファッションの話に付き合いますよ」
「ありがとう…………ランニングを中止してすまなかった、そろそろ再開するか」
「はい!」
二人はランニングを再開し、大きな橋を渡り町から外れて自宅を目指して走っていった。