3話 早朝ランニング
ヒカルがツクモ隊の家に来てから次の日……
朝の日差しが差し込む五時半。スマホのアラームに起こされ起床したヒカルは、すぐに身支度を整え、オレンジのジャージ姿で玄関に直行した。
「ヒカル、おはよう」
玄関前には黒いジャージ姿の鉄火が待機しており、元気よく駆け寄ってきたヒカルに軽く挨拶をした。
「鉄火さん、おはようございます!今日は、ジョギングがてらに町の案内をしてくださるとのことで……」
「おう、宜しくな」
「こちらこそ宜しくお願いしますっ!」
事の発端は昨日の晩、居間で会話していた時のこと。
毎朝ジョギングするのが日課だと言ったヒカルに対し、鉄火が「嫌でなければ、ジョギングついでに俺がこの辺を道案内する」と申し出てくれた。
ヒカルはこの提案をありがたく受け入れ、こうして早朝から二人で走ることとなったのだった。
「鉄火さん、わざわざジョギングに付き合っていただき感謝です!」
「元々俺もジョギングが日課だったからな、これはいわばついでみたいなもんだ」
「それでも物凄く助かります!」
ヒカルは玄関で運動靴を履いて外に出ると、広い場に出て念入りにストレッチを始めた。鉄火も軽く身体を動かし、ジョギングの準備を整える。
「よし、そろそろ出発するか」
「鉄火さん、宜しくお願いします!」
準備が整ったヒカルは、鉄火の後を追う形で走り始めた。初めはゆっくりとしたペースの早歩きで始まり、徐々に足を早めていく。
木々に覆われた一本道を通り抜けて広めの畦道に出る。
「ヒカル、ジョギングの速さはどれくらいあるんだ」
ある程度走った所で、鉄火が唐突に口を開いた。
「えっ?速さですか?」
「そうだ。俺達と人間では力に差があるからな、どれくらい本気で走っていいか分からん」
「あ、そういえばツクモ隊の方々って道路走れるくらいには足が速いんでしたっけ……」
ツクモ隊は、ある程度の速度で走る際は道路で走るよう上から指示されている。
ヒカルは前に動画サイトで、蛍光板やライトを着けて夜の町を爆走するツクモ隊の隊員を見たことがあった。
「足の速さですか……まあ、自分は結構鍛えてるのでそれなりの速度は出せますね」
「スクーターくらいはあるか?」
「スクーター!?」
鉄火の一言にヒカルは声を大にして驚く。
「普段から鍛えてるヒカルならスクーターよりは速度出せるか?」
「30キロで長距離を走り続けるのは流石に無理っす!」
「無理か?」
乗り物と比べられたヒカルは全力でそれを否定。そんなヒカルに対し、鉄火は不思議そうな顔を向ける。
「なら、自転車はどうだ?」
「速さによります……!」
「普段から鍛えている除霊師でも、自転車には敵わないのか?」
「長距離では基本的に、人間は乗り物には敵わないと思います……!」
「そうか……時代の進歩と共に人間も進化してると思ったが、まだ無理だったか」
「今のところはまだ、人間側に勝てる見込みはないかと……」
「いつか勝てるといいな」
「あっ、はい!頑張ります!」
鉄火からよく分からない励ましを貰うヒカル。
何とも言えない空気の中、二人はランニングを続ける。耕された田んぼの横を通り抜け、少し離れた所にある町を目指して進んでいく。
「ヒカル」
「はい、どうしましたか?」
「昨日は青丸とオミミが失礼なことしたな。本当に申し訳なかった」
「あっ、いえそんな……!距離が近くて驚きはしましたが、歓迎されてるなあとも思いましたから……!」
「ヒカルは優しいな。だがそれでも、どんな生き物にも適度な距離というものがある。二人は改めて叱っておく」
二人をフォローするヒカルに微笑みつつも、鉄火は冷静にそう言い放つ。
「……ヒカル。あの二人はな、ヒカルが来るのを物凄く楽しみにしてたんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。あいつら、ヒカルが家に来ると聞いてからずっと機嫌が良くてな……」
鉄火はペースを維持したまま、仲間の話を始めた。
「青丸の趣味はゲームで、昔からとにかくゲームが好きでな……だから、多人数で遊ぶゲームでも常に青丸が一人勝ち状態だった。俺達が束になっても勝てやしねぇ」
「青丸さんってやっぱりゲーマー……ゲーム大好きだったんすね……」
「だがな……俺とオミミは、青丸ほどゲームに興味がない。青丸のゲーム話についていける奴はあの家には一人もいなかったんだ。そんなある日、ヒカルが家に修行しに来るという話が来た」
走り続け、目の前の町がどんどん大きくなっていく。
「俺達は前から、月紙の爺さんからヒカルの話を聞いていた。ヒカルがテレビゲーム好きだという話もな。だから青丸は、ヒカルが来たら色んなゲームの話ができると大喜びしたんだ」
「そうだったんですね……」
ヒカルは昨日、青丸がやっていた珍しいゲームを思い返す。
「ヒカルが来る前日。蔵にあったゲーム雑誌を片っ端から引っ張り出しては読み返したり、ゲームを選別したりしてた」
「そんなことをしてたんですか?だから昨日、あんな珍しいゲームを……」
「……残念だが、俺達には青丸が持つゲームの価値は分からん。そんな凄いゲームなのか」
「凄いってレベルじゃないっす!あのゲームを作った会社は音沙汰無しで、ソフトは表に中々出回らない上に、ギリギリなパロディがある為にダウンロード販売すら絶望的な状況で……」
「よく分からんが、そんな力説するほどに珍しいのか……」
「はい!だからこそ、青丸さんとは今後とも仲良くしたいんすよ!青丸さんは多分、プロレベルのゲーマーっすよ!もっと色んなゲームの話をしてみたいっす!」
「そうか……ああ、そうしてくれると青丸もきっと喜ぶ。ぜひゲームの相手をしてやってくれ」
「はい!」
鉄火の頼みに、ヒカルは満面の笑みで元気よく答えた。