2話 ツクモ隊のもてなし
ヒカルは鉄火に案内されて居間へと移動した。
床は畳、壁は土壁のそれなりに広い和室。部屋の中央にはちゃぶ台、周りには人数分の座布団が設置されている。
部屋の奥には廊下とガラス戸があり、ガラス戸の向こうには夕暮れに染まった中庭が見える。
「わぁ……!」
大きなちゃぶ台の上には、鉄火の手作りと思われる豪華な食事が並んでいた。唐揚げにシーザーサラダ、豚肉の生姜焼き、トンカツ等々……
「すごい……!このお料理は全部、鉄火さんが作ったんですか!?」
「おう。遠慮はいらねぇ、好きなだけ食え」
「ありがとうございます!……あ、ご飯の前に手を洗わないと」
「そうだな。オミミ、手洗い場の場所をヒカルに教えてやってくれ」
「はーい!ヒカル、こっちこっち!」
「わわっ!?」
オミミはヒカルを洗面所に案内するために、ヒカルの右腕をぎゅっと掴んで引っ張っていく。
普段から修行しているヒカルを簡単に連れて行けるほどに、オミミの力は強かった。
「(オミミさん、こう見えてやっぱり九十九神なんだなぁ……)」
オミミの案内で洗面所に到着したヒカルは、オミミと一緒に手を洗ってから再び居間に戻る。
青丸も合流し、ようやく居間に全員揃った。一つ空いている席にヒカルが座り、晩御飯を食べる準備がようやく整う。
「では……いただきます」
「「「いただきます!」」」
鉄火の合図により、晩御飯の時間が始まった。
ヒカルは真っ先に唐揚げに手を出し、思い切り頬張った。
「美味しい!」
ヒカルの顔がパァッと明るくなり、周りの料理にも次々と手を出していく。
「美味いか」
「はい!ものすっごく美味しいです!しかも自分の好きな料理ばかりで本当に最高っす!」
「そうか」
鉄火は何食わぬ顔で味噌汁をすする。
「やったね。月紙のお爺さんからヒカルの好物を聞き出した甲斐があったね」
「おい青丸、口を閉じやがれ。あれは単に好き嫌いやアレルギーを聞いただけだ」
「うんうんそうだね。あのねヒカル、鉄火ってね……」
「それ以上何か言ってみろ。お前をこの場から締め出すからな」
「はいはい」
鉄火に忠告を受けた青丸は、やれやれと頭を振りながら口を閉じて食事に集中する。
「全く…………ヒカル、おかわりはまだあるからな」
「はいっ!ありがとうございます!」
「ヒカル!嫌いなモノがあったらオミミが食べてあげるからね!」
「お気遣い感謝です!」
ツクモ隊の三人から滲み出る優しさでだいぶ緊張感が消えたヒカルは、大喜びで美味しい晩御飯を堪能したのだった。
「ご馳走様です!どの食事も最高でした!大満足です!」
「それは良かった」
晩御飯を終えたヒカルは、上機嫌で晩御飯の例を述べる。
そんなヒカルの近くには、いつの間にか近くに寄ってきたオミミの姿もあった。
「ヒカル、晩御飯をすっごく美味しそうに食べてた!」
「いい食べっぷりだったよね〜、見ててすっごく楽しかったよ」
「恐縮です!」
「…………」
オミミと青丸はヒカルを囲み、楽しげに会話をする。一方、鉄火は無言でテレビを見つめている。
「ヒカル、料理作った鉄火もすごく嬉しそうだよ」
「わざわざ言うな!」
鉄火は青丸に怒鳴りながらも、嬉しそうだという言葉を一切否定しない。
「それにしても……皆さんが思っていた以上に親しみやすい方々で良かったです!いやー、一時はどうなるかと……」
「分かる〜、僕もヒカルと同じ立場だったら「やだなー」って思ってたもん」
「流石にヤダとは思いませんが、少し気後れはしましたね。ですが、今はもう大丈夫です!」
「良かった!オミミもヒカルが良い子で良かったと思ってるよ!」
「だね〜」
三人はヒカルを中心に和気藹々と会話する。
「まあ、俺も気持ちは分かる。唐突に「100を超えた年寄り妖怪と暮らせ」と言われたら、俺でも身構える」
「僕だってやだ。100超えた妖怪なんて、どんな奴が出るか分からないじゃんねー」
「でも、皆さんとは本当に会話しやすくて……」
「うんうん」
「むしろ長生きした賢い皆さんだからこそ、この私に合わせてくれてるんだなと……」
「えーそれは流石に買い被りすぎだって。そんな褒めてもお菓子しか出ないよ?」
青丸はその辺の棚からカラフルなお菓子を出してヒカルの前に置いた。
「えっ!?こんないいモノを……!青丸さんいいんすか!?」
「いいよ、どんどん持ってって」
青丸は棚からどんどん新しい菓子を出してはヒカルに渡す。一方、鉄火は渋い顔で青丸を見つめる。
「こら青丸、その菓子はお前が気まぐれに購入して放置してたやつだろ。ここぞとばかりにヒカルに押し付けるな」
「でもヒカル喜んでんじゃん。ねー」
「かなり嬉しいです!こういう変わり種の菓子はタイプなんで!」
ヒカルは目を輝かせ、青丸がくれた菓子を手元に引き寄せる。
「…………ヒカル、もし嫌な事やどうするか困った事が起こったら、すぐに俺に言え」
「はい!どうしたらいいか困り果てたらすぐに鉄火さんに相談します!」
「それでいい。さて、そろそろ片付けるとするか……ヒカル、先に風呂入ってこい」
鉄火はその場から立ち上がり、ちゃぶ台の上の食器を持ち上げて隣の台所へと向かう。
「あ、洗い物なら自分も手伝いますよ!」
「いい、今日のヒカルは客人としてもてなすと決めてたんだ。洗い物は青丸とオミミに任せる」
「鉄火、別にいいじゃん。ヒカルが手伝いたがってるなら、やらせてあげるのも優しさでしょ?」
青丸は鉄火に駆け寄り、上目遣いで鉄火を説得する。
「……青丸、お前はただ洗い物の負担を減らしたいだけだろ」
「そんなことないもん」
「あわよくばヒカルに仕事を押し付け、お前は洗い物から逃げるつもりだろ」
「うわー酷っ、流石にそこまでしないってば」
「るせえっ!お前は何かと理由つけてはしょっちゅうオミミ一人に仕事押し付けてんだろうが!」
「交渉だよ。オミミに「好きなお菓子あげるから僕の分の仕事やって」って言ってるだけだもん」
「物で釣ってんじゃねーっ!!」
のらりくらりと述べる青丸に顔を赤くして怒鳴る鉄火。よく見ると鉄火の毛先も少し赤くなっている。
「……ヒカル、手伝いは明日から頼むかもしれん。まあとりあえず、ヒカルは先に風呂に入ってくれ」
「分かりました!……あ、荷物や着替えの方は……」
「そうだった。オミミ、ヒカルの部屋を案内してやってくれ」
「はーい!」
鉄火の言葉に納得したヒカルは、とりあえず指示に従うことにした。
「(皆さん、本当に優しいなぁ……)」
ヒカルは優しい気分に包まれながらお風呂を済ませた。パジャマに着替え、自室でドライヤーを済ませたヒカルは、賑やかな居間に再び姿を現した。
「あ、ヒカルだ」
居間ではツクモ隊の三人がテレビを眺めながら寛いでいる。ヒカルが居間に入ると、三人は一斉にヒカルの方を向いた。
「湯加減は大丈夫だったか?」
「はい!良いお風呂でした!」
「それは良かった」
鉄火は満足そうに頷く。
「そうだ!皆さん、ここで改めてご挨拶させてください!」
ヒカルはその場で正座し、改めて三人と向かい合う。
「私、月紙ヒカルは暫くの間、この家にお世話になります。色々至らない部分もあるかと思いますが、その都度直していければいいなと思います!改めまして皆さま、宜しくお願いします!」
ヒカルは熱のこもった挨拶をすると、その場で深々と土下座をした。
「ヒカル!これから宜しく!」
「ヒカルってば本当に真面目だね〜。にしても、流石に土下座はやりすぎじゃない?お辞儀でいいって」
「それくらい気合いが入ってるってことだろ、俺はヒカルの覚悟、しかと受け止めたぜ!」
三人の受け止め方は三者三様。
オミミは素直に受け止め、青丸は真面目すぎる挨拶をやり過ぎだとやんわり指摘し、鉄火はヒカルの覚悟をこれまた熱のこもった心で受け止めた。
「よし、ヒカルに倣って俺達も改めて自己紹介するか」
「そうだね。そういえばヒカルに何の妖怪か教えてなかったし」
「オミミもやる!」
「じゃあ言い出しっぺの鉄火から自己紹介ね」
「分かった」
ツクモ隊の三人もその場で改まりヒカルに向かい合う。
「俺は鉄火一。火車という妖怪だが、道具を元に生まれたから九十九神として分類されている。因みに俺は「車輪」の九十九神だ」
「僕は青丸号。「凧」の九十九神だよ、宜しく〜」
「オミミは小倉オミミ!オミミは「縄」の九十九神!よろしく!」
「皆さん、改めて宜しくお願いします!」
「宜しく頼む」
ヒカルは改めて三人に頭を下げる。最初は緊張気味だったヒカルだが、今はだいぶ緊張が解けてきているようだ。
「そうだ。ヒカル、稽古はいつ頃から始める?」
「稽古ですか……自分としては、すぐにでも稽古を始めたいと思っております!本来はそれが目当てなので!」
「なら、明日から稽古を始めるとするか」
「ありがとうございます!」
ヒカルは再び深々と土下座をする。
「なんかヒカルって鉄火と似てる所あるよね。熱が入ると熱血になるトコとか」
「熱血……?太陽に向かって走るの?」
「おっ、オミミの案いいな!明日、全員で夕日目掛けてランニングでもするか?」
「ヤダ!そんなのやりたくない!オミミ変な事言わないでよ!」
「え〜?」
ヒカルの挨拶が発端となり、居間が再び賑やかになる。
「青丸、そもそもお前は最近たるみ過ぎだ。せめてランニングぐらいは付き合ったらどうだ?」
「ヤダ!」
最初に会った時より表情豊かでよく喋る鉄火に、青丸は嫌な顔を全面に出して拒絶する。
「鉄火、久しぶりに熱くなってる!気がする!」
「気がするじゃなくて熱くなってるんだよ……もう……さっき鉄火が怒って頭の温度上がったから、それが原因で性格も熱くなってるっぽい……めんどくさいなぁ」
「えっ?鉄火さんって物理的に熱くなると性格も熱くなるんですか?」
「元が鉄だから多分それが原因なんだと思う。昔はしょっちゅう熱くなってはこんな風にダル絡みしてきてさぁ……」
青丸は呆れ、ため息を吐きながら鉄火を見つめる。
「鉄火、お風呂行くついでに頭冷やしてきてよ。僕がそのノリ好きじゃないの知ってるよね」
「頭に熱入る原因作ったのは青丸だろ」
「そうだけどさぁ……ねえ、ヒカルも鉄火に何か言ってやってよ。頭冷やせ的なやつをさ」
「わっ、分かりました!えーっと……」
青丸にせがまれたヒカルは困り顔で鉄火に向き合う。頭を傾けて必死に考えた後、ヒカルは改めて鉄火に顔を向けた。
「冷や水!かき氷!エアーコンディショナー!」
「何それ」
「とりあえず冷たそうな言葉を並べてみました」
「ベタだね〜、それで落ち着いたらワケないでしょ」
「さっき怒らせたら熱くなったとのことなので、逆に呆れさせたら冷たくなるかなと……」
「思ってたよりしっかり考えてた。真面目すぎでしょ」
「ヒカルの作戦は悪くないな。もう少し意表をついた言葉なら、もしかしたら効果あったかもしれんな」
「こっちもこっちで真面目だなぁ」
何気ない会話で居間が賑やかになる。楽しい雰囲気に、ヒカルの顔には自然と笑みが溢れていた。
数時間後……
賑やかな居間を後にしたヒカルは、歯磨きを済ませて寝る支度を整えた。
「それでは皆さん、おやすみなさい」
「おう、また明日」
「寝るの早いね、おやすみ〜」
居間に残っていた鉄火と青丸に挨拶をすると、廊下を静かに歩いて自室に移動した。
部屋に入り、自分のベッドに移動する。ベッドに入るために布団を持ち上げようとするが、ここでヒカルは違和感に気づく。
「……?」
やけに布団にボリュームがある。ヒカルは恐る恐る布団をめくる。
「あ、ヒカル!ようやく来た!」
布団の中から現れたのは……パジャマ姿のオミミだった。
「えっ……?」
「オミミがお布団をあっためといたからね!さ、おねんねしよ!」
「えっと、あの……」
ヒカルが困惑してると、部屋の扉を二回ノックする音が。
「入るぞ」
「あっ、はい!」
ヒカルの返事を聞いてから、扉を開けて鉄火が入室。
「失礼する」
鉄火はベッドにズンズンと進んでいくと、布団の中にいたオミミの首根っこを片手で掴んで持ち上げた。
「お前の部屋はこっちだ」
「ヒャインヒャイン!」
鉄火は悲しげに鳴くオミミを掴んでヒカルの部屋から退出する。去り際、鉄火がヒカルに顔を向けた。
「悪い。邪魔したな」
「あ、あの……私は大丈夫ですよ……?」
「あー、やめとけ。コイツは一旦甘やかしたら甘えがどんどんエスカレートしてくるからな」
「そ、そうなんですか……?」
「うっとおしくなるから、適度に距離感空けとかないと大変なことになるぞ」
「わ、分かりました……」
「じゃあな、おやすみ」
「はい、おやすみなさい……」
「ヒィーン……」
挨拶を済ませた鉄火は、悲しげなオミミを引き連れてすぐさまヒカルの部屋から退散した。
「なんというか……皆さん、物凄くフレンドリーだなぁ……」
ヒカルは鉄火達が消えていった扉を見つめ、改めてベッドに潜り込む。
「あ、居間に鞄を置きっぱなしだ……」
自分が持って来た鞄を置き去りにしてしまったことを改めて思い出したヒカルは、ベッドから起き上がり、扉を開けて廊下に出た。
「(居間に誰かいる……)」
目的地の居間へと進んでいくと、灯りのついた居間が見えた。どうやら誰かが居間に残っているようだ。
「失礼しまーす……」
「はーい、どうぞ〜」
ヒカルが部屋に向かって声をかけると、青丸の声が返って来た。
ヒカルがそっと居間に入ると、青丸がテレビに向かって何かしているのが見えた。
荒いポリゴンの人が動き回っているのを見るに、どうやら青丸は古いゲームをしているらしい。
ゲーム機は初代ステステ。ゲーム大好きであるヒカルは、青丸がしているゲームのタイトルがすぐに分かった。
「青丸さん!そのゲームはまさか……!「悪貴族」!?」
悪貴族とは、2000年頃に発売された伝説のバカゲーである。無印、2、3まで存在するこの悪貴族は今現在、ゲームソフトの入手が非常に困難。
ゲーム大好きのヒカルもこのゲームに興味があるのだが、肝心のソフト本体が中々発見できずに悔しい思いをしていた。
「おっ、ヒカルは悪貴族知ってるんだ。流石はゲーマーだね」
「ゲーム大好きレベルでゲーマーを名乗るほどでは……それにしても、まさかその伝説のゲームを青丸さんが所持していたとは……!」
ヒカルは目を輝かせながらゲーム画面を見つめる。
「いいでしょ。しかも三部全部持ってるよ」
「全作持ってるんすか!?凄い……!」
得意げな青丸を尊敬の目で見つめるヒカル。
「そうだ、折角だしヒカルもやってみる?悪貴族」
「いいんですか!?……いやでも、もう夜も遅いのでそろそろ寝ないと……」
「そっか。でもな〜、僕って気まぐれだから、またこのゲームをするかどうか分からないからな〜」
「ええっ!そ、そんな……!」
青丸の発言に、ヒカルは分かりやすく動揺する。
「ヒカルってすっごく分かりやすいね。いいじゃん、ほんの少しだけ夜更かししたってさ」
「で、でも……!」
「少しくらいなら平気平気」
「ぐ、ぐぅう……!」
レアゲーの魅力には逆らえないのか、ヒカルはジリジリと青丸の元へとにじり寄っていく。
「ほんの少し触るくらい大丈夫大丈夫」
「じ、じゃあ…………さ、三十分だけ……!」
「いいよいいよ〜。ま、僕としては時間オーバーしても全然構わないけどね」
青丸は初代ステステコントローラーをヒカルに差し出す。ヒカルは戸惑いながらもコントローラーを受け取り……
「おい」
ヒカルがコントローラーを掴む寸前。突然居間に現れた鉄火が、ドスの効いた声を部屋中に響かせた。
「うわっ。鉄火ってば、急に出てこないでよ」
「青丸……駄々捏ねてヒカルを夜更かしさせてんじゃねぇぞ……」
「駄々こねてないもん」
「ヒカルをゲームで釣ってたろうが。意地悪せず、明日もそのゲーム出せばいいだろ」
「はーい……」
「ほら、わかったらとっととゲーム機片付けろ。やるなら自分の部屋でやれ」
「分かったってば」
鉄火に叱られた青丸は渋々ながらも、テレビの前に置かれているゲーム機を片付け始めた。
「あーあ。せっかく、ヒカルと深くゲームを語れそうだったのに……」
「今日じゃなくていいだろ。ヒカル、青丸のやつが悪いことしたな」
「あ、いえ……」
「僕、別に悪いことしてないもん」
「ほざけ」
青丸はやっとゲーム機をまとめると、トボトボと居間から退散していった。
「年上ならもっとしっかりしやがれ。全く……ヒカル、じゃあな」
「はい。鉄火さん、おやすみなさい」
「おう」
鉄火は素っ気ない返事をして居間から退散した。
「(今日は鉄火さんに助けられてばっかりだなぁ……)」
ヒカルはそんなことを思いながら、居間の隅に置かれていたバッグを手に取る。
ふと、棚の上にひっそりと置かれていたレシピ本に目が留まった。
「あ、スイーツレシピの本」
「それ気になるよね」
「うわっ!?」
ヒカルがスイーツの本を発見した瞬間、どこからともなく青丸が姿を現した。
「い、いつの間に……!」
「長生きした妖怪舐めないでよね」
青丸の一言で、ヒカルは目の前の人物が九十九神だったことを改めて思い出した。
「実はこれ、鉄火の本なんだよね」
「えっ!そうなんですか!?」
「うんホント。意外でしょ」
青丸がスイーツレシピ本を取り上げた所で、異常に気が付いた鉄火が居間に戻ってきた。
「あっ、おい青丸!何してやがる!」
「別に〜?ただ、このスイーツの本が鉄火の物だって説明しただけだけど?あのねヒカル……」
「おい!それ以上口を開くな!」
「でもこれはヒカルに言った方がいいでしょ」
鉄火は青丸の持つスイーツレシピ本を取り返そうと躍起になって暴れるが、青丸はそんな鉄火の手をスルスルとすり抜けていく。
両手を広げて荒々しく掴みかかる鉄火、そんな暴れ狂う鉄火の身体をよじ登り華麗に攻撃を避ける青丸。ヒカルの目の前で不思議な攻防が繰り広げられている。
「聞いてよヒカル。鉄火ってば、家に来るヒカルが甘いもの好きって知ったら真っ先にこのスイーツレシピ本買ってきてさ〜」
「やめろっ!」
「ヒカルが来る前日、色んなスイーツ作って練習してたんだよ。あと、ヒカルがゲーム好きって知った時もさ。すぐにゲーム屋行ってゲーム本体と話題のゲーム、あと最新ゲーム一式揃えてっ」
ようやく青丸を捕まえた鉄火は、大急ぎで青丸の口を塞いだ。だが時既に遅し。
「て、鉄火さん……?」
ヒカルはどう声を掛けたらいいか分からず動揺する。そんなヒカルを、顔中真っ赤になった鉄火がじっと見つめる。
「……同じ屋根の下で暮らす相手なら、出来たら仲良くしといた方がいいだろうと思ったんだ……」
恥ずかしそうにしながらも、鉄火は顔を真っ赤に光らせながら真面目に答えた。
「鉄火さん……」
「鉄火、家に来た孫を全力で迎えるお爺ちゃんみたいだね」
青丸がそう口をこぼした瞬間。
鉄火は目にも留まらぬ速さで青丸の首根っこを掴み上げ、青丸を引きずり物凄い速さで居間から退散していった。
「(鉄火さん……私にそこまで気を遣って……)」
鉄火の気遣いに心を打たれたヒカルは、鞄を抱えて自身の部屋へと戻った。
「ヒカル、遅かったね……」
ヒカルの布団から、眠そうな顔をしたオミミが顔を覗かせる。
「はい、お隣空いてるよ……」
オミミは眠い目をこすりながら布団を開け、ヒカルが入れるスペースを作る。
「失礼する」
ヒカルの部屋にすぐさま鉄火が現れ、布団を引っぺがしてオミミの首根っこを掴み上げた。
「いい加減に観念しろ」
「ヒャインヒャイン!」
悲しげな鳴き声を上げるオミミを掴み上げた鉄火はそそくさと部屋から退散した。
ヒカルはベッドに潜り込み、静かに天井を見つめながら、出発当日の父親の言葉を思い返していた。
『ヒカル、ツクモ隊の人達は人間が大好きだ』
『かつて人に親切にされた妖怪や、人にすごく大事にされて道具から妖怪となった者が、人を助ける為に除霊師の元に集まり結成されたのがツクモ隊なんだ』
『多少は変な奴は居たりするだろうが、人を大切に思う気持ちは誰よりもあるとのことだ。だから少なくとも邪険にされることはない、むしろ人間を迎えるとなったツクモ隊のメンバーはどうにかして人間をもてなそうと躍起になるかもしれんな……所で、その修行に父さんも……』
ツクモ隊に所属する妖怪の殆どは人間が大好き。
聞いた当初は半信半疑だったヒカルも実際に体感してから、父親の言葉が嘘偽り無い本当の話だったことを知った。
「(お父さん…………私、この家で何とかやっていけるかもしれません……)」
ツクモ隊の優しさに直に触れた気がしたヒカルは、そんなことを思いながら就寝したのだった。