49. 永剣
竹香は飛べたけれど、まだ新米仙師なのでその距離は短く、時々休んだりもしたから、十六雲冠山に着くまでにまる1日もかかった。それでも人間時代と比べたら、ずいぶんと早く到着したと言える。
山の麓まで来られたのはよかったが、そこから先は、どうすればよいのだろうか。
そうだ。
竹香には、離山がいざという時に吹きなさいとくれた笛があった。これを吹いたら、キャプテンが現れるかもしれない。
ポケットから取り出して、思い切り吹いてみる。
でも、いくら吹いても、笛は音が出ない。音の出ない笛なのだ。
でも、吹き続けていたら、急に鳥たちの声が静まり、がさがさという音も一切消えてから、動物や鳥たちには聞こえているのかもしれない。
不思議な空間にはいってしまったように、森全体から音が消えた。
静寂。
竹香はあたりを見回した。
何かが起きる予感がする。
その時、空に何か黒いものが走ったかと思うと、枯葉を空に散らし、強風が吹いた。
嵐の中で、着地したのは永剣だった。
竹香は永剣が急に現れたので驚いたが、永剣はそこに竹香がいたので驚いていた。
「冬氷じゃなかったのか」
「どうして、ケンケンがここにいるの?」
「その笛はおれが、あいつに与えたものだ。それをなぜ、チーチーが持っているんだ?」
「キャプテンがくれたんです」
「キャプテンが? キャプテンに何かあったのか」
「キャプテンがケンケンに仙術で傷を治してもらうために、ここに来ているのではないかと思ったのですが、来ていませんか」
「それはいったい、何のこと?」
竹香は宮廷でキャプテンに何があったのか、手っ取り早く説明した。
「どこを、どのくらい切られたんだ」
竹香は腹部のあたりを指さした。
「あいつ、ばかだ。なんてばかなんだ。人間界なんかに行くからだ。だから、おれは何回も止めたんだ」
「でも、キャプテンは子供の頃から人間界に行くのが夢だったから」
「おまえ」
永剣が険しい顔で竹香を睨んだ。
「チーチー、おまえは馬鹿か」
「えっ。わたしが、何かしましたか」
「何かしたかって」
ああ、馬鹿だ馬鹿だ、と永剣が額に手を当てて、天を向いた。
「どんな思いであいつが人間になったと思っているんだ」
「だから、子供の時からの夢で」
「本気で言っているのか。おまえ以外に、どんな理由があるんだ」
「わたしのためなんですか」
竹香が泣きそうになった。
そう思ったことがないわけし、尋ねてみたこともあったけれど、自分が一番の理由なはずがなかった。
「まあ、気持ちがわからないことはないが」
竹香がえっと永剣のほうを見たので、ふたりの目がかち合った。
「誤解するな。おれはおまえには気がないから。おれが好きなのは……そんなことはどうでもいい」
永剣はくそっと言って、地面を蹴った。
「早く追いついておれが仙術を与えれば、冬氷は助かるかもしれない。この世でな」
「追いつくって、できるんですか」
「チーチー、すぐに行こう。話している時間はない」
「どこへ行くのですか」
「冬氷湖の方角だ」
「彼の名前の湖」
「そうだ。冬氷という名前が付けられたということは、彼が生まれた時からどのくらい期待されていたか、わかるだろう。仙師界みんなの期待の星だったのにな」
永剣が悔しそうに上を見た時、その瞳に涙が見えた。
竹香は父の言葉を思い出していた。
仙師は死ぬこところを見せない。ある場所に行ってひとりで死に、別の世界で、生まれ変わる。
「仙師は死ぬ時には、冬氷湖に行くんだ。そして、次の世界に行く。次の世界で、また生きる。今、あいつを次の世界に発たせたくなかったら、最後の峰を越える前に、あいつに追いついかなければならない。おれが、仙術をかけて治してやらねばならない」
「ケンケン、追いついて、治してください。一生のお願いです」
「できるかな。やるしかない」




