45. けが人
あれは、キャプテン?!
竹香はこわいことも忘れて塀をえいっと飛び降りて、倒れている人のところに駆け寄って、その人を見た時、震えおののいて、全身の血が凍った。
当たってほしくないカンは、当たる。
その人は、やはり離山だった。
なぜなの?
「キャプテン、しっかりして」
「ああ、チーチー」
離山が身体を起こそうとした。
「大丈夫? 動かないで。そのままでいて」
「よく来れたね」
「わたし、屋根まで飛べたんだよ。キャプテンはどこを怪我したの?」
彼の腹部を抑えている手が血で濡れている。
たいへんだ。
竹香はその手の上に自分の手を重ねて、神経を集中させた。
「何してるの?」
「仙術で治せるかもしれないと思って」
「チーチーはこんな時にも、おもしろいね」
と離山が咳をした。
「誰かいませんか。お医者さんはどこですか。早く来てください」
竹香が立って、手を振りながら大声で叫んだ。
「何をしているんだろう。わたし、医者を呼んでくるから、しっかりしてね」
「待って」
と離山が竹香の腕を捉まえた。
「よく聞いて。チーチーは今すぐに、安全なところへ逃げるんだ」
「そんなのはいや。ふたりでなければいや。ふたりでなければ、どこへも行かない」
離山が目を閉じた。
「時間はかかるかもしれないけど、必ず帰ってくるから。必ず帰って来るから……、必ず会えるから。チーチーは逃げて」
離山は意識が朦朧としているらしく、変なことを口走っている。
「キャプテン、何を言っているの。しっかりしていて。医者を連れてくるから」
竹香は宮廷の医師院に駆けつけた。
そこには怪我をした人達が大勢いて、治療を受けていた。
「先生、すぐに庭に来てください。前庭に、大怪我をしている人がいます」
「こちらも怪我人が多くて、手が回らないんだ」
と医師が見向きもしないで言った。
でも、見回したところ、誰も、それほど重い怪我ではないようなのに。
「階段のところに重傷者がいるのです。すぐに手当をしないと、死んでしまいます」
「わかったから、ちょっと待ちなさい」
しかし、医師は竹香を避けているように思える。
「先生」
「ちよっと邪魔」
「先生、邪魔って、何ですか」
竹香が顔色を変えて、医師の正面に回った。
「外に、死にそうな患者がいるんですよ」
「今は、手が離せない」
「患者を助けるのが医者の仕事じゃないですか」
竹香が医者の腕を引っ張り、医者はその手を振り払おうともみ合っているところに、遠音皇子が現れた。
「これは、竹香ではないか。こんなところで、なぜ医者と口論しているのだ。医者は忙しいのだから、邪魔をしてはいけない」
もしかして、と竹香は思った。
「もしかして、これは殿下がこれを企んだのですか」
竹香がきっと睨みつけた。
「何を言っているのかわからない。おまえは気が違ったのか」
「昨日の仕返しですか」
「何を馬鹿なことを。人々を襲ったのは町の浮浪者たちだ。警護がちょうど入れ替りの時で、手薄になっていたようだ。狼藉者は私が逮捕させたから、安心してよい。私は怪我人の様子を見にきたところなのだ。この私に疑いをかけるなど、また裁判がしたいのか」
「離山さまが切られたのです。助けてください」
「離山はその場に居合わせたのか」
「はい。重傷なんです」
「それは深刻な事態だ。何をしている。すぐに診てやりなさい」
と皇子が医師に命令した。
「しかし、先ほどは」
と医師が口ごもった。
「何を言っているのだ。いいから。早く看てやりなさい」
「こちらです」
竹香が先頭を走り、遠音皇子、医師と助手たちが続いた。
ところが階段のそばに行くと、離山の姿がなかった。
「ここにいたはずなのですが」
竹香が真っ青になった。
離山がいたあたりには、大量の血の痕があった。
「探せ、探すのだ。離山を探すのだ」
遠音皇子が大声で部下に命令した。
「この出血の状態では、遠くには行けませんから、すぐに見つかりますよ。ご安心ください」
と医師が言った。




