39. 引っ越し
竹香が釈放されて後宮を出ると、そとに警護の家来が待っていた。
「離山さまのところまでご案内いたします」
「わたし、場所は知っていますので、ひとりで行けます」
「でも、そう命令されましたので」
そう言って、家来は離山の執務室がある宮殿まで連れていってくれた。
離山は竹香の顔を見ると、うれしそうな顔をして、そばにやってきた。
「今日は、よくできたね」
「ありがとうございます。離山さまの……」
竹香はあたりをきょろきょろした後、「キャプテンのおかげです」
「チーチーが、がんばったからだよ」
とおだやかに笑ったが、表情を変えて、「皇子はああいう性格だから、何をするかわからない。しばらくは、身辺に気をつけよう」
「はい」
竹香は牢屋にいれられた時から、心を決めていたことがあった。
「キャプテン、わたしは宮廷を出て、外で働こうと思います。わたし、生きていたら、何だってできますから」
「うん。それがよいと思う」
「わたし、これからもう一度庭に行って、準備をしてきます」
「疲れてはいないのかい」
「平気です。なんだかとても庭が見たいです。牢屋にいれられている間、庭のことがとても心配でした」
「じゃ、また警護をつけようか」
離山が両手を腰に当てて、首を傾けた。心配したのは、庭だけ?
「心配したのは」
竹香が離山を見て、にやりと笑った。
「……以上です」
と竹香が、急いで部屋を出ていった。
竹香はさっそく芍薬麗園に行って、助手に仕事の引継ぎをして、あとのことを頼んだ。大好きな庭だったけれど、もうここにいるべきではない。それから、自分の部屋に行って荷造りをした。
夕方には、中柿おじさんが人力車を用意して外で待っていてくれたから、その車で離山の屋敷に行った。
屋敷ではアミノが事情を知っていて、母親のように温かく迎えてくれた。
「大変だったですね。竹香さん、がんばりましたね」
アミノからそうやさしい言葉をもらった時、竹香の目からは大粒の涙が流れた。やはり、すごくこわかったと思った。
アミノがお風呂を用意してくれていたので、それにゆっくりとはいってから、竹香は小菜や世話になった人々に手紙を書いた。もう会えないかもしれないから。
夜遅くなって、離山が疲れた様子で帰って来た。
「お帰りなさい。食事の用意ができていますよ」
「ありがとう」
離山が微笑もうとしたが、その表情からは張り詰めた緊張が感じられた。
「ぼくも一緒にここを出ることにする」
「キャプテンもですか。どうして」
「都を去って、どこかほかへ行ってふたりで暮らそう。もうだいぶ、仕事の整理をしてきた」
「でも、キャプテン、あなたは難しい試験をたくさん乗り越えて、せっかくここまで来たのですから、そんなに簡単に諦めるわけにはいかないですよ」
「出世とか、財を増やすとか、そういうことは全く大切なことではないんだよ」
「何が大切なの?」
「それは言わなくても、わかっているだろう。ぼくがチーチーを守る。皇帝にももうお伝えしてきた」
「皇帝に、ですか」
「そうだよ」
竹香は離山の決心の固さを知り、ありがたいと思ったが、それ以上に、申し訳ないという気持ちが湧いてきた。
「わたし、キャプテンを守ります」
「よろしく頼むよ」
離山が、ようやく笑った。
竹香は机の上に、剥げた赤い石のようなものが置いてあるのを見た。これは、今朝、彼の部屋で見たのと同じものである。彼がそれに気づいて、そっとポケットにいれようとした。
「それ、見せて」
竹香が上着の端を引っ張った。
彼がポケットから石を出して渡した。
「これって」
竹香が彼を見上げた。
「もしかして、これ、わたしの髪飾り?」
あれは珊瑚の髪飾りで、もとは赤く花の形をしていたのに、今は変色し、3分の1ほどの大きさなっている。
「そうだよ」
「これ、わたしが、あげたもの、お姉さんに」
もしかしたら、貴星が癇癪を起して、床に投げ捨てたのかもしれない。いつかのように。
「どうして、キャプテンが持っているの?」
「ぼくにくれたんだ」
「どうしてかけらなの?」
「……それはそのうちに話すよ」
離山はそれ以上は話したくないというのが竹香にはわかった。
「ここを出たら時間はたっぷりあるのだから、そのうちにゆっくり聞かせてくださいね」




