37. 皇帝の愛した女官
後宮の明るい白砂が敷かれた庭に、竹香は囚人服を着せられて連れて来られた。投獄されてから、3日目のお昼過ぎのことである。
正面には皇帝、その隣席には皇后、後ろに王妃や側室がずらりと並んでいる。久しぶりの裁きなので、女性たちは新しい芝居でも見るようにときめいている。
光楽皇帝はこの被告人は反逆罪に問われるほどの罪悪人だと聞いていたが、目の前に座らされているのが極悪な男ではなく若い娘だったので唖然とした。
おやっ。
その娘は多美杏によく似ている、と皇帝は思った。
多美杏とは皇帝がかつて思いを寄せていた女官のことだった。彼女は舞踊部に所属していた女官だったが、その優雅な踊りに心を惹かれ、さらうようにして後宮にいれたのだった。
皇帝は妃のひとりを亡くしたばかりだったので、慎重にことを運ぶつもりで、まだ妃として公表はせず、宮殿の奥に密かに囲っていた。
20年前のあの頃、国のあたこちで不吉なことが次々と起き、人々は日々、おそれおののいていた。
見たこともない大きな霰が降り、農作物に大きな被害が出た。
天候のこともそうだが、宮廷でも皇子や妃が突然死んだり、狂ったりした。
有名な法師を呼び寄せて占わせてみると、東北に難があると言った。それをとりのぞきなさい。
その時、東北の宮殿には多美杏が住んでおり、彼女のせいだという噂が出始めたかと思うと、それは土砂崩れのようで、押しとどめることができなりそうな気配だった。
多美杏に被害が及ぶのを恐れて、皇帝は彼女をそっと逃がした。
しかし、それでも災難は続き、雷が落ちて、王宮にあるうちのふたつの宮殿が焼けた。
皇帝はその時、遥か遠い十六雲冠山に住むという噂の仙師軍団を招いて、解決策を考えてもらおうと考えた。
八方手を尽くして、十六雲冠山の仙師を招聘することに成功し、やがて8人の仙師が送られてきた。彼らは1年近く滞在し、災害の原因を研究し、さまざまな対策を考えてくれたのだ。その規律のとれた仕事ぶりと、優秀さには畏れを感じた。この集団を敵に回すと、これは大変なことになる。
彼らは滞りなく仕事をしてくれたので、約束の報酬を支払った。しかし、仙師たちは謝礼額が約束の3分の1であると苦情を述べた。
そんなことはない。これは仲介してくれたとある人間が決めた額で、それでも相当な大金であると宮廷側は抗議した。
どちらも自分の正当性を信じていたので、混乱は続いたが、最終的には両者があゆみ寄り、仙師が要求した半分の額でというところで決着がついた。
それで仙師たちは山に向かったのだが、その僭越な態度に不満を抱いていた近衛隊が彼らを襲撃し、4人の仙師が死んだ。その知らせを聞いて山の仙師たちが逆襲してきて、近衛隊が全滅した。そのことにより人間と仙師の間で戦争が起きて、多くの人々が犠牲になり、国土が荒れた。
災害を治めたいと思って仙師に頼んだのに、結果的には、それ以上の被害が出たことになった。もう仙師に頼るのはやめようと皇帝は心に誓った。
世の中が少し落ち着いたように見えた頃、皇帝は多美杏を隠れ場所から呼び戻したのが、彼女はその時、身ごもっていた。
皇帝はそれでも多美杏に心を寄せていたから、その子を引き取ってやろうと言った。
「それはできません」
多美杏は、その名前を決して教えようとしなかった。秘密警察に調査させてみると、彼女は宮廷を出て、その名前を変えて踊っており、父親はお客として来た仙師のひとりだったらしい。
多美杏は彼をかばい、名前も教えなかった。
「惚れたのは、私のほうです。あの方の責任ではないのです」
仙師を守り抜く多美杏の態度にははらわたが煮えたぎったが、まだ愛していたのだろう、体罰は与えずに、後宮に閉じ込めた。
多美杏は後宮で隠れるようにして娘を産み、ある日、姿を消した。
彼女が仙師のところに逃げたのではないかと考え、捜査は十六雲冠山にも及んだ。そのことがきっかけになり、前の事件のことで腹に据えかねていた人間界と仙界との間で、また戦争が始まりかけた。
しかし、皇帝は仙界の長老の意見を受け入れ、ふたつの世界は今後一切交流しない。関係を完全に断絶するということで、締結したのだった。




