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29. 卵おじや

「たいへん、たいへん、痩せちゃう」

 竹香は呪文のようにそう繰り返しながら、とっとっと厨房へ走った。朝から食べていないなんて、キャプテンがまた痩せてしまう。これ以上は少しだって痩せてほしくはない。

 

 人のいない厨房で、竹香は神経を集中させて考えた。栄養のあるものを食べさせたいけれど、時刻が時刻なので、食べやすくて、消化のよいものがよい。

 鍋にご飯が残っており、卵があったので、竹香は指をぱちんと鳴らした。


 そう、おじやにしよう。

 卵をふたついれたやさしい卵おじや。

 上に緑の長ネギをのせよう。


 ふかふかにできあがったおじやをこぼさないように運んで部屋に戻ってくると、離山はベッドに倒れかかるようにして眠っていた。

 まるで、子供みたい。

 早朝から仕事をしていたので、すっかり疲れてしまったようだ。

 少しだけ寝かせておいてあげよう。


 竹香は彼をベッドの上にひっぱりあげて、靴を脱がせた。

 靴下をひっぱると、左の足がつめたくなっていたから、竹香は両手で包んで温め、マッサージをしてあげることにした。


 竹香はマッサージをしているうちに眠りに落ちてしまったらしく、青色の夢を見ていた。

 海の夢だ。

 海は見たことがないのだけれど、そう言えば、子供の頃、海に行きたいと話したことがあった。あれは、キャプテンが家出を決行した夜の森。

 ふたりで遠くまで歩いたことが、とても懐かしく思う。


 あの夜、知修世家の一族が群れになってやって来て、キャプテンを囲んで、連れて帰った。竹香はひとり、翌朝、家に着いて、どれだけ心配をかければすむのかと散々叱られた。そんな夜があったなぁ。

 そう、あの時、キャプテンと海に行こうと話したのだった。


 それから、パレードで飛行した時、キャプテンが遠くを指さした。遥か彼方果てに、白い線が見えたけれど、あれは海だよと教えてくれたのだろうと今になって思う。今度、訊いてみようか。


 朝方になって、目を覚ましたら、竹香が大の字になってベッドを占領していて、キャプテンはテーブルでおじやを食べていた。


「おはようございます」

 竹香がベッドの上で手を振った。

「すっかり、冷めたくなっているでしょ」

「おいしいよ」

 離山が笑顔を見せた。顔に少し色がついているから、元気が戻ったみたいだ。


「熱いお茶、もらってくる」

「いいよ。これ、すごくおいしい」

「今、何時」

「4時過ぎだよ。ぼくは一度家に帰って、着替えて戻ってくる。アミノさんが心配しているかもしれないから」

「わたしも起きて、仕事に行かないと」

「まだ早いよ。チーチーはもう少し寝ていればいい」


 離山が立ち上がって、着物を整えた。

「足の調子がすごくいい。足に何かした?ありがとう」

「こっちこそ、昨夜はありがとう」

「ぼくが、何かした?」

「皇子のところまで、迎えに来てくれて」

「あれは仕事の報告に行っただけだよ」


「ああ、そうだ」

 離山はポケットから、小さな銀のホィッスルを取り出した。

「万一何かが起きたら、これを吹くんだよ」

 

 竹香がさっそく試してみようと笛を口に当てると、

「特別な笛だからね、緊急時だけ」

 離山があわてて笛の手を抑えた。竹香は手が重なって、うれしかったから、しめしめ、しばらくそのままでいることにしよう。


「チーチー、なににやにやしているの」

「にやにやなんか、していません」

「しているよ」

「もともとこういう顔です。きらいですか」

「そうは言ってないだろ」

 と離山が手に力をいれた。

「いたい。キャプテン、そんなに強く握ったら、痛いじゃないですか」

「おお、生きていたか。それを確認したんだ」

 ほんと、キャプテンは子供なんだから、と竹香は呆れてしまう。


 宮廷の門のところで、夜の町から戻ってきた遠音皇子の車が、誰かの馬車とすれ違った。

 こんな時刻に誰だろうと首を伸ばして伺ってみると、御者席の横に道見たことのある杖が挟んであった。

 離山だ。

 また離山か。

 こんな時刻まで、働いていたのか。仕事熱心な男だ。最近は国王が特に目をかけていると聞くが、その理由はこんなところにあるのか。



 

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