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28. 春の訪れ

 その日の夜、竹香が遠音皇子の宮殿に行くと、皇子がお手配をしてくれたという音楽部のふたり、柳風リュウフウ柳光リュウコウという若い演奏者が迎えてくれた。

 遠音皇子は芸術に造詣が深い方のようである。


 柳風は柳琴という楽器を、もうひとりは柳笛の演奏者で、竹香はその楽器を見たこともなかったのだけれど、風が竹林を走るかぼそい音の中に、美しい音色が聴こえて、これは春だわと心臓が鳴った。

 あの仙界の村の森に、春が来た日のことを踊ってみたい。

 

 竹香は皇子の前で踊るにあたっては、派手ではなく、清楚に、でも力強く踊ろうと決めていた。前に義母から色っぽいと言われたことがあり、それがとてもいやだったので、そういう踊り方は絶対にしたくないと思った。

  

 春が近いのでその喜びを踊りたいと思うと伝えると、柳風と柳光も張り切って、竹香のハミングを聞いて、即興で「春の訪れ」という曲を作ってくれて、踊り手の意見を聞いて、直してくれたりした。竹香は才能ある音楽家の仕事ぶりに感動した。


 3人とも音楽も踊りも好きなので、なんだかとても楽しくなって、「これはどうかしら」、など何度も練習を繰り返していくうちに、最初の構想が小さく思えるほど物語が大きくふくらんでいった。竹香はもう何にも縛られず、自由に踊るんだ、と思った。

 

 ふたりは「竹香さんはまるで桃の花の妖精のようだ」と称えてくれた。

 そのあと衣装係がやって来たり、食事が出たりしたので、踊りのお披露目は、10時過ぎになった。竹香はさっと踊って、さっと帰ると思っていたけれど、皇子の前で踊るとなると、そういうふうにはいかないようだ。

 

 竹香は春らしい薄いピンクの衣装を着せられて、髪を整え、唇に紅をつけてもらったら、気分がますます乗ってきた。柳風のアイデアで、太鼓の人が3人加わった。これは中柿おじさんのところの町内のお祭り以上に大掛かりなものになってしまった。それと知っていたら、もっと日にちをもらい、練習しておけばよかった。でも、踊るのは大好き。やるぞ、という晴れ晴れしい気持ちになっていた。


 春が来て木々の花が芽吹き、つぼみがいっせいに花開き、笛が響き、太鼓がなった。

 竹香は天女に化身した。

 春の天女が明朗に舞うと、世界が希望に満ち溢れた。

 

 遠音皇子は踊りを気にいった。楽しい気持ちが沸き上がり、もうこれでおしまいなのかと残念に思いつつ、長いこと拍手を続けた。

 皇子はこういう踊りを見て暮らせたら、どれだけ幸せな気持ちになり、明るい日々が送れることだろうと心から思った。

 

「竹香よ、春の踊りはすばらしかった」

「ありがとうございます。音楽部の方々が助けてくださったからです」

「そうだ、あなたが舞踊部にはいり、王宮の舞姫になるというのはいかがですか」

 音楽部の人々が頷いた。

「ありがとうございます。でも、それはできません。わたしには庭の仕事が向いています」


 遠音皇子は、ここで音楽部の連中を退かさせた。

「竹香、それでは、官女になって、私の世話をしてください」

「光栄ですが、わたしは庭の仕事を続けたいです」


「そうですか。いやですか。では、私の側妃になるのはいかがですか」

「いいえ。それは困ります」


「それでも足りないというのなら、正妃にしてあげると言ったら、どうしますか」

「正妃って、まさか」


 その時、側近の「緊急報告です」という声が聞こえたかと思うと、誰かが威勢よく、風を切るようにはいってきた。誰も近寄るなというような殺気を出している。

 その人は、杖をついている。

 

 キャプテン、どうして?


「離山ではないか。こんな時刻に、どうしたのだ。驚かせるではないか」

「あの舟事件の犯人が見つかりましたので、ご報告に参りました」

「そんなことかこんな時刻に、ここまで来ることはないのに」

「そうでしたか。殿下からは早急に調査をするように命令をいただいておりましたので、結果は一刻も早くお知らせしたほうがよいと判断しました」

「そうか」

 離山は報告書を皇子に手渡した。皇子はちらりと目を通したが、少々迷惑そうに、それを横に置いた。

「わかった。後で見ておく」


「犯人は宮中の者でございます」

「そうか」

「犯人のうち、ふたりはすでに捕えましたが、まだほかに潜んでいるかもしれません」

「そうか。わかった」

 皇子は早く離山に帰ってほしい様子である。


「この方との用件はおすみでしょうか。宮廷はただ今危険なので、私が部屋までお連れいたしましょうか」

 遠音皇子が口を開く前に、

「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」 

 と竹香が立ち上がった。

 皇子は不満なのだが、ことの流れには抗えない。

「よろしく頼むとしよう」

 


 離山が竹香を遠音皇子の宮殿から、職員の部屋がある棟まで、送ることになった。

 離山が杖をつきながら、先を速足で歩いていく。雰囲気が何か変である。

 手荷物をもっている竹香を振り返ったので、竹香がびくりとして止まった。

「それ、持とうか」

「大丈夫」

 竹香が断ると、目が睨んでいるようなのである。足が悪いからではなくて、これくらい持てますという意味なのだけれど、と竹香は気まずい。


「キャプテン、何か怒っている?」

「別に。怒る理由がないだろ」

「そうだけど」

「……遅い」

 彼がつぶやくように言った。


「伴奏と合わせたりして、始まるのが遅かったから」

「もう夜中ではないか」

 キャプテンに叱られる謂れはないけれど、昨日は7時始まりと言ってあったので、心配していてくれたのかと思うと、いとおしい気持ちがしてきた。

「心配してくれて、ありがとう。わたしは大丈夫」


 離山の歩く速度がゆっくりになった。

「踊りはうまくいったのかい」

「すごく。音楽部の人たちが加わって、盛り上がったの。わたし、舞踊部にはいらないかと言われたわ」

「はいるのか」

「まさか」

「そうか」

「でも断ったら、女官にならないかって」

「なるのか」

「なるわけがないです。庭の仕事が好きだもの」

「そうか」

「でも、そしたら、妃になる気はないかって」

「妃って、なんだ。ちゃんと断ったのか」

「断ろうとしたら、キャプテンが飛び込んできたから」

「そういうことは、ちゃんと返事をしないとだめじゃないか」

「だってキャプテンが」

「人のせいにするな」

 また睨んでいる。いつものキャプテンとは違って、やんちゃな子供のような態度である。


「キャプテンは機嫌が悪いね。こんな機嫌の悪いキャプテンを見たことがない」

「いつもこうだ」


 竹香の部屋がある職員用の棟に着いた。

「中にはいっていかない。とてもおいしいお菓子が出たから、もらってきちゃった」

 竹香が懐から紙に包んだものを取り出した。


「いらない」

「高級な味がするのよ」

「そういうのは嫌いなんだ」

「せっかくキャプテンと一緒に食べようと思ってもらってきたのに」

 今日のキャプテンはやりにくいと竹香は思った。こういう日もある。こういう時は、「君子、危うきに近寄らず」だわ。


 彼は無表情のまま帰ろうとしたが、きびすを返して止まった。

「食べるか」

「何を」

「そのお菓子だ」

「嫌いなんでしょ」

「嫌いだけど、空腹なんだ。忙しくて、朝から何も食べていない」

「じゃ、わたしの部屋に寄って。何か食べるものを用意するから」


 竹香は離山を部屋に案内すると、

「ちょっと待っていて」

 と言って、走って配膳室へ行った。


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