第三話 要素
第一章 オオウ森編
第三話 要素
一際大きな、大木のほとりに立つ看板には、確かにこう書かれていた。
「オオウ森」
【8巻24話 初登場 「オオウ森」】
冒険者界隈では「鯉の生簀」と呼ばれており、かつて、名の知れた一流の冒険者5人が、オオウ森に探索をしに立ち入り、誰一人として帰って来なかったことから、生簀の鯉のように、「森に支配され、森の栄養分となり死ぬ」という意味で、「鯉の生簀」という異名が付けられた。
しかし、その名に反して、実はこの森はかなり浅く、迷わず森の外を目指せば2時間程度で抜けられる。
更に、この森はドーナツ状に広がっており、森の中心には小さな平原があり、そこで十分な休息を取ることもできるのだ。
では、方向感覚の調整や長距離の移動方法を誰よりも心得ている、冒険者の中でも一流の彼らが、なぜ森に迷い、そのまま消息を絶ってしまったのか。
その理由として、主に2つの要因が挙げられる。
オオウ森全体は、世界樹の影響で木の根が地に露出しており、かなり足元が危ぶまれる。
そのうえ、森を進むにつれて赤くて濃い霧がかかり、視界は遮られ、中級冒険者くらいならいとも簡単に足元をすくわれてしまう。
更に、この赤く濃い霧、「赤色濃霧」のかかる最奥部には、とある植物型の魔物が生息しており、その魔物には特に注意した方がいい。
通称「ヒトトリグサ」と呼ばれるその魔物は、ラフレシアのような見た目をしており、外敵を検知したら、おしべや、葉、茎となる部分を触手化し、植物とは思えない速度で根ごと移動し、襲いかかってくる。
捕まった対象は、もれなくヒトトリグサの養分となり、溶解液で溶かされながらじっくりと食われる。
生きて帰ることは愚か、骨髄すら遺さずにこの世を去ることになる。
「ヒトトリグサ」と呼ばれている所以として、ヒトトリグサによる捕食被害を最も被っているのが人間であり、年間数百人が命を落としている。
これは、捕食者個体数に対する被捕食者数としてはトップクラスで、人間の最大の天敵と言っても過言では無い。
あまつさえ、ヒトトリグサの持つ、五感の役割を果たす「触覚」は、主に嗅覚だけに長けており、半径300m圏内であれば人間の匂いを嗅ぎつけることが可能で、正確な位置まで特定することができてしまうというのだから、人間にとって、それがどれだけ脅威であるかは一目瞭然だ。
ヒトトリグサと一度も遭遇せずに森を出るというのは極めて困難なのだ。
そのため、森を超えるにはヒトトリグサとの戦闘はほぼ必須で、その場合倒すのが合理的で、動きの極端に早いヒトトリグサからは、到底逃げ切れたものではない。
かといって、人間を前にして、涎を垂らし、目と目が合う暇もなく(ヒトトリグサに視覚は存在しないが…)、本能のままにこちらに襲いかかってくるような奴だ。
普通ならば、ヒトトリグサの存在に気づくことすらできずに、お陀仏。
一瞬の隙をみせれば、待つのは死のみだ。
もちろん、なんの芸もない、なんの能もない今の私じゃ到底太刀打ちできないことくらいは、わかっている。
そのためにも、
まずは、能を確かめる。
「ちょっくらやってみようかな…」
自分の実力を計り、能を見つける。
「攻撃力、殲滅力、技術、延命力、対応力。」
これらの、主な5つの戦闘技能は、戦闘スタイルや戦闘力において、大きな軸となってくる要素だ。
その5つの戦闘技能を指し示すのが、
【ステータス適正】
ーP 「フィジカル」(身体能力)
ーA 「アビリティ」(技能)
ーI 「インテリジェンス」(知能)
3つの戦闘的要素「PAI」。
それぞれに「適正」というものが存在し、ほとんどの場合、いずれか1つ、もしくは2つが長けている。
Sが最高適性であり、A+、A、B、C、Dと降りていき、Fが最低適正。
5段階評定で、その分野の適正度が示される
さて、細かな説明なしに早速だが、試してみるとしよう。
「旅人日記」には、「神託」というものがあり、“神話教”に基づく簡易的な経典詠唱をすることで、様々な恩恵を受けることができる。
恩恵といっても、PAI(戦闘的要素)指数の開示や、“ステータスポイント”の確認など、基礎的なものに限られるが。
その辺のシステムは、どちらかというと、現代でいう「ゲーム」とやらに酷似していて、私にとってあまりイメージの湧かない要素の一つだ。
PAIを開示する詠唱文言は「斎開」。
両手を合わせて合掌の形を作り、天に向かって、こう唱えることで、PAIを開示することができる。
ちなみに、この詠唱が必要なのは初回のみで、次回からは無詠唱で開示することが可能だ。
他の神託も同様で、これら「神託」は、初心中の初心、
要は、「神託」とは、チュートリア的な要素だと思ってもらっていい。
…ところでだが、私がPAIにおいて最も適性が欲しい分野は「インテリジェンス」であり、これは、ヒトトリグサを対処するにおいて、最も重要な要素である。
なぜ、素早く、俊敏な動きが厄介なヒトトリグサを対処するのに、知能が必要なのか。
インテリジェンスは、単純な知能指数(戦闘IQ)だけを表したものではなく、正確には、一秒単位における、「分析・行動指示・反射」、要は、短い時間で、早く、多くの情報を分析し、脳が身体に信号を送り、敵の直前の行動に適宜対応することができるかという、具体的な三要素を表したものであり、
素早く、不規則な攻撃を仕掛けてきて、一度捕まったら即涅槃行きであるヒトトリグサに対して、冷静な判断ができ、知的に、柔軟に対応することのできるインテリジェンスは、この場合最も重要な要素なのである。
数値的に見ても、フィジカルが、攻撃力と防御力、アビリティが素早さと魔法の威力のもととなる魔力を底上げするならば、インテリジェンスは、「知能」でそれらの能力を駆使する為、実質的に、全ての要素を平均的に兼ね備えた、PAIの中の「器用貧乏」であり、最も便利な要素ともいえるのだ。
ヒトトリグサからは逃れられない…とは言ったが、実は、インテリジェンスの適正度が「B」さえあれば、なんの能力もない私でも、戦わずして、ヒトトリグサから逃げることが可能だ。
その術は追々説明するとして、とりあえず、測ってみないことには始まらない。
…ここで確認だが、インテリジェンスがC以下の時点で、必然的に、ヒトトリグサと戦わなければならない。
戦う術もない事はないが、、それもまた追々考えるとしよう。
とりあえずは、頼むから、B以上であって欲しい。
目の前の敵を回避するためにも、初心の道を往くであろう、これからのためにも。
そう思いを巡らせながら、私は合掌し、青く澄んだ空を見上げる。
呼吸を整え、目を閉じ、肩の力を抜く。
準備が整ったら、口をそっと開け、呟くように唱える。
「斎開。」
そう文言を唱えた途端、真っ暗な視界に、突如として白い光が差し込み、視界全体を照らす。
そうして、真っ白な景色に、青く澄んだ空と、無数に点在する白い雲が彩られ、やがて、元の青い空の映る景色へと戻る。
気づいたら、目を開けていた。
そして天から目を逸らし、正面を向くと、ホログラムのような、青緑色の板が、目の前に突如として現れた。半透明で、見てわかる通り、実体はない。
少しぼやける目を擦り、その半透明の板をよく見ると、こう文字が書かれていた。
・P-フィジカル B
・A-アビリティ A+
・I-インテリジェンス E
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「PAI」は、神話時代に開発された一般魔法であり、おおまかな戦闘力を指し示す、最も簡易的な参考表記であるが、実は、PAI=強さ には直結しない。
あくまで、身体能力と知能指数においての能力値を簡易的に数値化したものであって、戦闘において最も枢要な要項といったら、主に「経験値、スキル(技・魔法)、知識」などが挙げられる。