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「旅人日記」  作者: 毎日が惰眠なので、カプチーノでも啜ろうと思います
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第二話 転生

第一章 オオウ森編


第二話 転生




ふと目が覚めた。

私は仰向けに、体を大の字にして雑草の生い茂る青い草原にただ一人、倒れ伏していた。

仄かにあたたかい地面と、体が灼けるほど照った陽光にさらされる。



「これって、転生…?」



…!?



彼女がそう言葉を発すると共に、全身に電撃を喰らったかのような衝撃がはしる。



「私、喋れる!?」



倒れた体を起こし、長座の体形をして喉元を両の手で抑える。



「あー、あー。」



声を発すると、声帯の振動が手に微かに伝わってくる

不思議な感覚だ。



彼女は前世、物心着いた頃から一度も喋ったことがなかった。

声帯の不全や、咽喉まわりの病気などの、身体的な理由で声を出せなかった訳ではない。

至極単純な話、

彼女は、ただ声を発する必要がなかったから喋らなかった。



本を読むのには、目があれば十分。そういって一度も自ら声を出したことがない彼女は、いつしか声の出し方を忘れ、声を出すことに恐怖すらも覚えるようになっていた。



「これが…私の声…」



か細く、高く透き通った声。

自分で言うのもなんだが、かなり可愛らしい声をしている。



声を出すことで、快楽に似た高揚感に襲われる。

喜びとはまた違った、悦楽。

今までにない感覚が身体中を支配し、声を出す前後で呼吸の循環が止まり、その瞬間の為だけに、体がオバーヒートする。



なんで今まで声を出さなかったんだろう。

そんな疑問が浮かんできたが、満を持して、長い間喉の奥に封印していた声を、やっと解き放つ日。呪縛から解放される今日という日を待ち詫びていたからかもしれない。



それほど、「声との出会い」というのは、私にとって衝撃的なものであった。



自分の声との運命の邂逅に、私はすっかり感傷に浸ってしまい、色んな声の出し方を試したりして、声を嗜んだ。

ここがどこなのか、私は転生してしまったのか。そんな疑問は、すっかり忘れてしまっていた。



しばらくして我に返った。



「ここ、どこ…?」



とりあえず私は、草原の周りの景色を一瞥した。

四方森に囲まれている。緑黄色や、濃い褐色で彩られた木々が立ち並んでおり、季節感でいったら秋。さらに注意深く、木々の並ぶ森の奥を見ると、「密林」を彷彿とさせる、濃霧のようなものがかかっている。



そして何より目がいったのは、背中側の方向に位置する森を越え、少し高い崖を登った先に、高くそびえ立つ城。



この場所からでも建造の細部が明瞭に見えるほど、堂々たる存在感を醸し出しており、霧のかかった上層部の様相はまさに摩天楼。



所々に飾られた、金銀のきめ細かな装飾に、白塗りされた近代風の壁、ステンドガラスの窓。

豪華絢爛かつ、桁違いな規模感。こんなに遠く離れているのに、そのスケールがはっきりと分かる。高嶺に咲く花を超えた、天空に蔓延る城のような佇まいに、もはや畏怖さえも感じた。



…そしてなぜだろうか、見たことはない景色のはずなのに、妙な既視感がある。

少なくとも、森を超えた先にある高くそびえ立つ城には確かに見覚えがあった。



無数にならんだ塔に、大きな礼拝堂、そして高い城壁からなる巨大な砦。

それらに囲まれた本塔に目を向ければ、目立った黒ずみひとつない、真っ白な城壁に、一際目立ったレンガ造りの外殻塔。各塔には薄緑色のステンドガラス窓が満遍なく取り付けられており、更に視線を上にやると、青い石造りの大きな瓦屋根が、円錐状に城の各塔の天辺に彩られている。



この造り……間違いない。



この城の造りは、「旅人日記」で描写された、王都付近の小国や大きな街、港町など、世界各地の中枢都市で象徴建造(シンボル)として登場する「ビガーキャッスル」と全く同じ造りをしている。



この珍く斬新な造りは、中世ヨーロッパの古城や、シンデレラ城などの典型的な城の造りを象ったものではなく、完全にオリジナルの、独創的かつ夢想的な造りである。

他にはない、唯一無二。

間違いなく、「旅人日記」で登場する城。



「ってことは…ここってもしかして…」



「旅人日記の世界!?」







きっと、無謀な解釈に終わる。死界に行く直前に、都合のいい夢を見ているだけ。



普通だったら、「転生」という概念の存在すら認めず、夢から覚めようと頬を叩いてみたり、理解が追いつかずに困惑したりするのだろうが、されど興奮せずにはいられないのだ。心の奥底では、どうせ夢だと分かっていても。



やがて、前世で経験したことのない感情が込み上げてくる。

しかし今回は、完全なる正の感情ではない。

心象を現実だと錯覚し、現実逃避するかのように湧き上がってくる希望と、神様の僅かながらの情けに呑まれつつも、冷静を保とうとする疑念。

その2つが拮抗し、複雑な心情が形成される。

反芻する2つの感情が引き起こした「葛藤」は、私の脳内でひしめき合い、アンビバレントな状態に苛まれる。やがて、都合のいいように形成されていく。



想いが強い方が、彼女を洗脳する。

そんな消耗戦を征したのは、希望。

希望が押し勝ったことによって、これまでにない、「不可解な喜び」を体感する。



「いい気分。いい気分なんだけど…、うぅ…クラクラする。さっきから感情に翻弄されすぎてるような…。」



「旅人日記」は、まさに憧れていた世界、理想現実であり、私の人生そのもの。

この世界がもし「旅人日記」の世界だとすれば、私は転生したということになる。



本当はずっとずっと現実から逃げたくて、虚しさを体にぶら下げて生きてきた。そんな現実から逃れられる手段は、最早自ら命を絶つか、可能性はほぼ皆無だが「旅人日記」の世界に完全に入り込むことくらいしか残されていなかった。



私は、この人生…いや、これまでの人生ではじめて胸が躍る感覚がした。

高鳴る鼓動は、記憶ではついさっきの、絶望し焦燥した時のものではなく、この世界への期待と、前世の自己満だけで生きてきたクソみたいな人生が報われたことに対する嬉しさによるものであった。



「あ…そうだ、ここはどこか…。」



こうしてはいられないと、私は旅人日記内で記された、城や森林、平原などの位置関係から簡易的なマップを構想する。



「んー分からない…、円形の草原に、囲むように形作られた森。あの森が第一王都近郊のトキヨの森だとしたら…この草原はサッタマ草原。でもサッタマ草原から王都(ビガーキャッスル)が見える描写なんてなかったし、トキヨの森は世界三大森林とも言われる大森林で、たとえば森全体を海にして例えるなら地平線が……」



「考える人」の格好をし、ボソボソと呟きながら熟考する。

その姿はまさに、前世で言う「オタク」そのものだ。



「…セイオカの森…ブルー・フォレスト…チョウシュ平原…植生からするにチバル王国近郊の茨の大森林ではないはず…。だとしたら、セイオサメ森林…もしくはユグドラシルの跡地って可能性も…」



長考したのち、考えるだけ無駄だと気づき、彼女は一旦考えるのを諦めて草原を少し歩き進むことにした。





特に何も考えず、しばらく歩き続けた。

体感数十分が経ち、気づけば、さっき眺望していた森は、目と鼻の先にあった。

向かって正面の木から、すぐ右隣の一際大きな木の木陰に隠れる、木製の小さな看板。

そこには、こう書かれていた。



ーこの先、オオウ森ー




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




彼女は、声の出し方が分からなかったのではなく、声を出す事に対する強烈な畏怖の感情により、物心着いた頃には、「声の出し方を忘れた」と勝手に錯覚していたらしい。


では、物心つく前の、彼女自身すら記憶のまっさらな、幼少期。

それまでは、声を出すことができていたのかという話だが、

……それは、彼女の両親のみぞ知る。

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