ガチャ失敗
――がはははは!
――見事なまでのハズレ! ハズレ!
――ほんとクソ
――ガチャ失敗ー!
――はははははは!
「あ、俺はそろそろ……」とワイワイガヤガヤと未だ収まらぬ喧騒から一人離れた祐樹は、ため息を吐いた。
汗ばむ季節。夜風は涼を運んでは来ない。繁華街をしばらく歩くと、先程祐樹がいた集団とはまた別の集団が歩いているのが見え、祐樹はさっと道の端に寄った。
塾帰りのグループだ。そのうちの一人がこちらを向いた気がして、祐樹は小走りでその場から離れた。
塾に行かず、遊び歩くようになってからどれくらい経っただろうか。親には未だ、塾に通っている振りをしているが連絡は行っていないのだろうか。
……いや、親は知っていたとしても何も言ってはこないだろう。中学二年生になり、ぐんと背が伸び、筋肉もついた。視点が変わると見え方も変わる。これまで偉大な存在に見えた父親は、その辺を背中を丸めて歩くサラリーマンと大して変わりない。
前に一度、祐樹は電車帰りの父親と偶然、同じ車両に乗り合わせたことがあった。まだまじめに塾に通っていた頃だ。その日は友達と遊んだ帰りだった。
父親は項垂れるように、つり革につかまり欠伸をしていた。
そして自宅最寄駅の一個手前の駅で目の前に座っていた男が立ち上がり、電車から降りると父親は目の前にもかかわらず慌てた様子で席に座り、よし! という顔をした。次で降りるというのにだ。そのことがなんだか滑稽で恥ずかしく思えた。
反抗期。年頃というせいもあるだろうが、一度抱いた感情はそうやすやすと覆りはしなかった。
叱られれば言い返すことも増えた。壁を殴れば怯えた顔で黙った。それがどこか哀れで、惨めで、そして苛立った。
「ほーんと親ガチャハズレだよー! ははははは!」
塾帰りのグループの誰かがそう叫んだ。周りは同意したような笑いをし、魚群がそうするような一塊の生き物に見え、祐樹は小走りで帰路についた。
「ほんとハズレたな……」
「祐樹様ですね」
「うおっ! な、なんすか」
自宅を見上げ、呟いた祐樹の背後からした突然の声。振り向くと男がニコッと笑った。
「おめでとうございます! 当選です!」
「と、当選?」
「はい、SNSのキャンペーンにご応募しましたよね? 祐樹さまは見事、当選されたのです!」
「えっと……暇なときに色々と応募してたから、どれがどれか、ってか、え、わざわざ自宅まで来る?」
「はい、それはもう祐樹様にとってビッグチャンス到来でございますから! さあ、これをどうぞ!」
「え、なんすかこれ、ガチャ?」
そう言い、男が電柱の陰から出したのはそう、ガチャガチャであった。
「正確にはカプセル自動販売機ですね。あ! でも、もちろんお金は必要ありません! さあさあ、どうぞこのレバーを回してください。一回限りの大チャンスですよ!」
「いや、当選したのにまたクジ引くわけ?」
「はい、ふふふ。でもきっとご満足いただけますよ。どれもこれも当たりばかりのガチャですので」
「へぇー、バイクとかゲーム機とか? いいじゃん」
「いえ、親ガチャですよ」
「は?」
「ええ、ささ。とにかくどうぞどうぞ」
促されるまま祐樹はレバーを回す。
すると、出たのは金のカプセル。男が目を見開き、信じられないという顔をした。
「あ、あ、あお、大当たりでございます!」
「いや、夜だしいいかげん、うるさいから……ああ、開ければいいのね。はいはい。
っと、これ誰? 写真? 夫婦っぽいけど。あ、家と車も。豪邸、さぞかしああ、年収も書いて、うわすっげ。え、これ、あ、親ガチャってまさか」
「はい、ではさっそく明日の朝、お迎えに上がりますので、ではでは」
男と別れ、家の中に入った祐樹はリビングに向かい、ソファーに腰を下ろすとテレビを点けた。
すでに両親は寝ているようだった。ため息をつき、テレビの電源を消す。遠慮したわけではない。音量も下げはしなかった。
部屋を見渡し、天井を見上げる。
狭い。祐樹はふとそう思った。未練はない。家にも親にも。この家は自分の可能性をも狭めているようなそんな気さえした。
親が変われば自分も変われる。無論、生まれは大いに関係がある。子供の能力。顔や頭の出来は両親の出来に左右されるだろう。しかし、赤ん坊の時に取り違えられた二人がそれぞれ本来とは別の環境で成長した結果、見事その環境に染まったという話がある。
貧乏一家の子供は高卒で低賃金の職に。金持ちの子は大卒で高収入の職に。
無論、例外はあるだろうが大半は環境に左右されるのだ。そして、自分はその大半だ。魚の群れの一匹。イルカでも鯨でもない。
祐樹の心は決まった。
翌朝。祐樹を迎えたリムジンが走ること数時間。始めは緊張した様子だった祐樹もシートに寝っ転がり、ウトウトしていた。
と、ブレーキ。
「着きましたよ」
ガバッと起き上がると目の前には写真で見たとおりの豪邸、そして
「ようこそ祐樹くん!」
声を揃えてそう言った夫婦はリムジンから降りた祐樹をそっと抱きしめた。
祐樹も遠慮がちに手を回す。素直な子であるとアピールする算段だ。そしてその後も祐樹は前の家での振る舞いはどこへやら。笑顔笑顔。良い子良い子。されるがまま豪華な食事を楽しみ、広い浴槽で足を伸ばし、成長期の祐樹の体でも有り余るサイズのベッドで眠りについた。
祐樹の部屋はテレビ、ゲーム、パソコン、服に日用雑貨あらゆるものが揃えられており、机の上には封筒、中身は五万円。これで他に必要なものがあれば好きなものを買っていいとのこと。
「いや、これだよこれ! これが親ガチャ当たりだよ!」
そう、祐樹は声を出し笑った。
その後しばらくは気ままな生活が続いた。今は夏休み。学校はまだない。転校は面倒だがその手続きもしてくれているだろう。あとはその学校に馴染めるかどうか。いや、問題ない。あるはずがない。
一つ挙げるとすれば、ここが田舎だということ。遊び場がない。だが、新しい父親に頼めば快く、車を出してくれた。
免許取ったらこの車を運転させてよと祐樹が言うと、父親は笑って新車をプレゼントするよと言い、祐樹も笑った。
幸福。恵まれている。いや、自分はようやく恵まれたんだ。祐樹はそう思った。
だが……。
「ねえ、ゆうちゃん」
「ん、はいはい。なに? ん? 誰、その人」
ある日のこと。新しい母親が祐樹の部屋をノックした。出迎えた祐樹の目の前には母親と見知らぬ男。
「この方はね、家庭教師なの。ほら、学校が始まるまでにお勉強、追いつかないといけないじゃない?」
こんな田舎の学校のレベルなんて、とも思ったが祐樹は文句を言わず承諾した。
田舎とは言え、この金持ちが通わす学校だ。そう、田舎だからこそ豪華な学校かもしれない。そういうところは外聞を気にし、勉強のレベルも高いだろう。あるいは、二駅、三駅ほど離れたところにあるかもしれない。
一応真面目に塾に通っていた時期もあったため、祐樹はそれなりに自信はあった。が……。
「違う、やり直し」
「復習するよう言ったはずだがなにしてた?」
「はぁ……」
入れ替わり立ち替わりやって来る家庭教師はどれも厳しく、勉強のレベルも祐樹にとっては高かった。
それでも祐樹は必死に食らいついた。この生活のためならば、と。
だが……。
「はぁ……」
夜。リビングでため息をつく両親。祐樹は部屋のドアの傍でそっと様子を覗った。
声をかけなかったのは、その光景に見覚えがあったからだ。かつての両親、その姿に。二人は自分のことで悩み、苦しみそれでも様子を見ようとそう話し合っていた。
祐樹の中に「俺、頑張るから」とそう口に出したい衝動が込み上げてきた。この両親の期待は裏切りたくない、と。
「……あの子は駄目だな」
「無能ね」
――えっ
「やっぱりはずれだな。あーあ」
「ええ、子ガチャハズレね、ふぅー……」
そう言い、母親がピンと弾いたのはテーブルの上にある見覚えのあるカプセル。その色は祐樹が引いた金色と違い、ドブのような色をしていた。
「引き直しだな」
そう言い、祐樹を見つめた二人に対し、祐樹はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
「と、ご覧いただきましたのが――」
「いや、なんだねこれは」
「今から説明いたしますので、大臣。ええ、お手元の資料を合わせてご覧ください。
ええ、これが我が社から今回提案させていただく新しい取り組みでございます。
先程見ていただいたドラマのように、親の手に余る問題児を里親のもとに送り、そして、あのようにお前はハズレだと冷酷に告げる。
そうすることで元の両親がいかに自分の身勝手な振る舞いに耐えてきたか、ああ、なんて良い両親だったと、そう離れてみて初めて気づくわけですね。
費用は政府からの補助金と依頼者、元の両親ですね、それで運営し、夏休み等、長期休み中に問題児を更生させるわけです。
ああ、勿論もっと厳しい環境に置くのもいいですね。元の両親のありがたみを知れればいいので。
ええ、この少子化の時代。子供をリセットすることはできないので、この社会全体で有効活用していこうじゃありませんか」