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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
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98 淡い光の中

 栗林真理(くりばやしまり)が黙々と勉強をしている間、藤城皐月(ふじしろさつき)はぼんやりと真理を見ながら考え事をしていた。

 昔は自分の方が真理よりも圧倒的に勉強ができた。今でも自分は中学受験組を除けば勉強では一番だという自負がある。それでも今では真理に勝てなくなった。そんな真理でも絶対に勝てない子たちが皐月の知らないところにはたくさんいる。

 上には上がいる。その違いは何だろう。やっている勉強の質と量、あとは上を目指す気持ちや背負うものか。

 勉強の先には学歴があり、学歴の先には地位や金がある。言い換えれば、勉強をすることで人の上に立とうとしている人間が競争しているのがこの世界だ。

 もしかしたら自分はとんでもなく甘い人間なんじゃないかと、怖くなってきた。お金なんか困らない程度あればいいし、人の上に立つことの何が面白いのかさっぱりわからない。自分はただ、寂しくなければいい……。


「俺、帰るわ。勉強の邪魔して悪かったな」

「帰っちゃうの? もうちょっと付き合ってよ」

 皐月はこの席に来て初めてまともに真理の顔を見た。白熱灯の温かく柔らかな光に照らされた真理は儚げで、今にも消え入りそうに見えた。

「この席の照明だと暗いんじゃない? いつもの席の方が明るいぞ」

「いいの。問題を覚えちゃえば、あとは頭の中で考えるだけだから」

「だって今、問題に見入っていたじゃん」

 真理は頬杖をつきながら、気だるげに理科の問題を見ていた。こんな様子でいつも勉強しているのかと思うと、皐月は自分が受験勉強をしていないことに引け目を感じていた。

「見ているように見えるかもしれないけど、何も見ていないよ。集中しているから」

「ああ……」

 皐月は勉強の邪魔をしないよう、窓際にもたれかかり外を見る格好をして、ガラスに映る真理のことを眺めることにした。真理は見つめられていることに気付くかもしれない。でも窓に写り込んだ姿ならきっと許してくれるだろう。

「ねえ、この後、(うち)に寄ってってよ」

 皐月はいつの間にかぼんやりとしていて、話しかけられたことに気付くのに間があったみたいだ。真理を見ると、もうカレーセットを食べ終わっていた。

「えっ? 今から?」

「今日うちのお母さん、百合姐さんと同じお座敷でしょ。頼子さんも一緒なんだよね。じゃあちょっとくらい遅くなってもいいでしょ」

 店内の時計を見るともう8時になろうとしている。夕食終わりにしては遅い時間だ。さっきまでとは別人のように真理はこっちを見ている。

「わかった」

 祐希に真理の家に寄ってから帰るとメッセージを送ると「夜遊びはほどほどに」とだけ書かれた返信が来た。


「真理、俺と遊んでいて勉強大丈夫か?」

「皐月はそんな心配しなくていいの。行こっ」

 パピヨンの外に出ると商店街の店はほとんど閉まっていた。パピヨンの電飾看板も回転灯も電気が消えていた。

 パピヨンの窓から漏れる淡い光の中で見る真理はいつもよりも美しかった。それなら、暗がりの中なら自分も少しは格好よく見えているのかもしれない。今は勉強ができるようになることよりも格好良くありたい。

「皐月、コンビニ寄って行こっか」

「まだ食うのか。太るぞ」

「この前食べたピーチパフェ、まだ売ってるかな?」

「コンビニは商品がころころ変わるからな」

「売ってたらいいな」

「そうだな。売ってたらいいな」

 真理と顔を見合わせると、真理はいつまでもこっちをじっと見つめている。皐月はこの間に耐えられなくなり、目をそらそうとしたら真理に微笑みかけられた。

「なんだよ」

「皐月、髪型変えて格好よくなったね」

「なんだよ、前は地味だって言ったくせに」

「地味で格好いい」

「真理、適当なこと言ってるだろ?」

「バレたか」

 笑いながら真理は皐月を置いて早歩きで先に行ってしまった。走るのは遅いくせに歩くのだけは速い。皐月は小走りで真理を追いかけた。


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