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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
96/104

96 六年生って面白い

 夕食時になると多くの店が閉まる栄町(さかえまち)商店街の中で、夜でもなお薄明るい光を放つ純喫茶パピヨンは夜景を彩る存在感を放っている。

 藤城皐月(ふじしろさつき)は先に立ち、及川祐希(おいかわゆうき)をエスコートしてパピヨンに入った。

「いらっしゃい」

 マスターはこちらをチラっと見たが、髪を切ってカラーをした皐月を皐月と気づいていない。

「マスター、久しぶり」

「あれ? 皐月君だったの? 見違えちゃったね。てっきり若いカップルかと思ったよ」

「ははっ、俺たちカップルに見えるんだってさ」

 祐希の方を見ると恥ずかしそうな顔をしていた。

「そちらの彼女は頼子(よりこ)さんのお嬢さん?」

「はじめまして。及川祐希と申します」

「頼子さんに似て美人さんだね。お母さん、いつも百合(ゆり)ちゃんと楽しそうにお喋りしているよ。今日はゆっくりしていってね」

「はい。ありがとうございます」


 店内には皐月たちの他に仕事帰りらしいサラリーマンが一人いるだけだった。皐月は幼馴染の栗林真理(くりばやし)がよく座っている奥のボックス席につくことにした。

 真理が好むだけあってこの席は落ち着くので、皐月も気に入っている。店内にはマスターの趣味の80年代の洋楽が流れている。この時間帯では昭和歌謡を流さないようにと、マスターの奥さんから言われているらしい。

「さて、何頼もうか」

「皐月のお勧めは?」

「そうだね……餃子かな。ここは餃子の美味しい喫茶店だから」

「えっ、餃子? なんかカフェにそぐわないね、餃子って。食べた後、人に会えなくない?」

「ここの餃子は大蒜(にんにく)抜きだから大丈夫だよ。マスターが大蒜嫌いだから、全品大蒜抜きなんだ。おれはサンドイッチと餃子にしようかな。でもやっぱ汁気が欲しいから水餃子にしよっ」

「私は……ステーキピラフを食べてみたい。あまり高くないし、いいよね?」

「予算内だから、遠慮しなくてもいいよ」

「だってステーキなんて贅沢かなって思って」

「大丈夫。ここのステーキはしょぼいから」

「そんな言い方しちゃダメでしょ!」


 皐月が祐希にくどくど説教されていると、マスターがお冷とおしぼりを持ってやって来た。

「ねえマスター。祐希のステーキピラフ、お肉をいっぱい乗せてあげて」

「了解。もうしょぼいなんて言わないでくれよな」

「あっ、聞こえてた?」

「すみません。皐月君が失礼なこと言って。あの、普通の量でいいですから」

「いいよ。今日は初めてこの店に来てくれたんだから、サービスするよ。絶対おいしいから楽しみにしててね」

 マスターが席を離れるまで祐希はずっと恐縮をしていた。マスターがカウンターの向こうに行くのを待って祐希が話し始めた。

「友だちの美紅(みく)がね、皐月のファンなんだって」

「ふ〜ん」

「でね、新しいヘアスタイルの皐月の写真を見せたら、すごく興奮しちゃって大ファンになったんだって」

「あっ、そ。……てか勝手に写真見せんなよ。肖像権の侵害じゃん」

「いいじゃない、別に。みんな私の新生活のこと気にしてくれてるんだから。それよりその素っ気ない態度、何? 感じ悪いなぁ。ファンができて嬉しくないの?」

「嬉しいも何も、俺、その美紅って子のこと知らんし」

「知らない子でもファンになってくれたら嬉しくない?」

「全然」

「ああ……。皐月ってなんか余裕だよね。やっぱ千智ちゃんがいるから他の子にモテても何とも思わないんだ」

 祐希の中では皐月と千智は付き合ってる設定になっているようだ。祐希と千智は二人でメッセージのやり取りをしている。その中で祐希が皐月と千智が付き合っていると解釈するようになったのなら、悪い気はしない。

「美紅の写真、見せてあげる。はいっ」

 祐希からスマホを手渡された。祐希と一緒に写っている黒田美紅(くろだみく)は軽くメイクをしていて、祐希よりも大人っぽく見えた。見慣れている明日美などの芸妓衆と比べたら全然色気はないけれど、小学生とおばさんしかいない皐月の身近にはいないタイプだ。美紅のことを魅力的だな、と思った。

「美紅が皐月に一度会ってみたいんだって。一応無理かもって言っておいたけどさ……」

「いろいろ気を使わせちゃったみたいだね」

「でも皐月の写真を見せた件とは関係なしに、一度豊川(とよかわ)に遊びに来たいって言っていたから、よかったらその時に家に来てもらってもいい?」

「そんなのいいに決まってるじゃん。祐希の家なんだから友だちなら誰を連れて来たって構わないよ」

 美紅の写真を見るまでは何とも思わなかったのに、今では皐月もこの美紅という人に会ってみたいと思い始めた。だが、自分がすぐに女の人に会いたくなるような女好きだとは思ってもみなかった。女の人に対する感覚が最近少しおかしくなっている。

「ありがとう。でね、もしよかったらその時、少しでいいから美紅と会ってもらってもらいたいんだけど、いい?」

「そりゃいいけど……祐希の友だちだし」

 仕方なく会うという演出のため、できるだけ仏頂面を装っている。ここでニヤけたら格好悪い。

「でも女子高生が小学生と会って面白いのかな。俺、子どもだよ?」

「皐月は皐月が思ってるほど子どもじゃないよ。うちの学校の男子生徒よりも大人びている時もあるし。でもやっぱり子どもっぽいところもあるし……6年生って面白いね」


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