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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
95/104

95 対抗心が好奇心の邪魔をする

 藤城皐月(ふじしろさつき)は算数の勉強を中断し、及川祐希(おいかわゆうき)に借りた数学の教科書を読み始めた。最初こそ好奇心で楽しく読んでいたが、内容がまるでわからないので、すぐにつまらなくなった。

 だがこれを祐希が理解していると思うと、テストで真理や絵梨花に負けた時のような悔しさが湧き起こってきた。

 モヤモヤした気持ちになり、勉強をする気がなくなった。気分転換をしようとベッドで横になり、イヤホンをつけて名鉄名古屋本線を疾走する初代5000系の走行音を聞くことにした。

 皐月は「たまご」の愛称で親しまれていた、この美しい車両を愛している。名鉄名古屋本線の伊奈(いな)駅から名電赤坂(めいでんあかさか)駅までは私鉄最長の直線区間と言われていて、初代5000系はそこをぶっ壊れるんじゃないかという勢いでかっ飛ばしていたという。

 皐月はもう、とっくの昔に廃車になったこの古い車両に乗ることができない。名鉄の初代5000系はネットでも動画が見当たらない古い車両なので、音だけ聞いて想像の世界に浸るしかない。

 頭の中に芽生えた嫌な感情を祓いたい時、皐月はいつも鉄道の走行音を聞く。目を瞑ってモーター音とジョイント音を聴いていると、電車に乗っているような気になって、一時的に現実から逃げることができる。


 ベッドから起き上がり、再び机に向かって数学の教科書に目を落とした。例題を見れば解く手順はわかる。解き方を再現することは簡単だ。

 だが、祐希への対抗心が新しい知識への好奇心の邪魔をする。小学生が高校生の数学の勉強をして何になる? 皐月はもう勉強に集中できなくなっていた。

 急に勉強がつまらなくなった。誰かに負けたくないという気持ちがやる気を起こさせることがあるけれど、淡白な皐月はそれだけでは情熱が続かない。皐月にだって負けん気がないわけではないが、すぐに負けてもいいやと諦めてしまう。

 皐月はまたベッドに身を投げ出して、イヤホンを耳につけた。スマホで動画サイトを開き、鉄道の走行音のチャンネルにアクセスした。

 電車がレールの継ぎ目を通過する時に発生するジョイント音は癒し効果があるというが、高速走行をする初代5000系の走行音はBPM上がりまくりで興奮する。実際に乗っていたらこれに振動が加わるのだろう。非冷房車なので夏は暑いが、開け放たれた窓から入る風を浴びれば冷房がなくても気持ち良さそうだ。

 ジョイント音に身をゆだねていると、取り留めのないことが次から次へと頭の中に浮かんできては、消えていく。女の子のことだけでなく、学校の友達のことや、趣味や遊びのこと。そのひとつひとつに思いを至らせる暇もないくらいの速さで思考が流れていく。

 自分の悪い癖だと思う。一つのことに集中して深く考えることができない。ただ猛スピードで頭が回転するだけだ。

 こういう時はたいてい目を閉じているので、傍から見ると寝ているように見えるらしい。その時しっかりと意識があるのかといえば、自分ではよくわからない。ただ、こういう時に声をかけられてもすぐに反応することができる。眠っているような起きているような、よくわからない状態だ。


「皐月、起きてる?」

 祐希が二人の部屋を仕切る襖を開けていた。

「うん、起きてるよ」

 眠くはないのでパッと目を開けて体を起こした。

「私、おなかがすいちゃった。そろそろ晩ご飯を食べに行きたいな」

「何か食べたいものって、ある?」

「特にないけれど、行ってみたい店ならあるの。お母さんたちがいつもモーニングしているパピヨンなんだけど、いい?」

「そういえば俺も最近行ってなかったな。俊介(しゅんすけ)の奴、俺があまり行かなくなったから、経営危機だって泣いていた」

 祐希はすでに私服に着替えていた。制服姿の祐希と一緒に出かけたかったと一瞬思ったが、さすがに恥ずかしくて口には出せなかった。

 祐希と二人で外食をするのは初めてだ。一緒に暮らしている祐希は皐月にとってお姉さんのような存在なのかもしれない。

 でも今の皐月にとって、祐希はまだ素敵な女子高生だ。祐希には恋人がいるので、二人で喫茶店に行くのは不倫のデートのような気がして背徳感がある。部屋着じゃない祐希は妙に色っぽく、異性として意識をせずにはいられない。

 皐月はパピヨンなら部屋着のままでいいかと思っていたが、デートにふさわしい服に着替えた。それは千智と出かける時に着ようと思っていた、最近買ったTシャツだ。


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