表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
9/104

9 ネットで繋がった

 藤城皐月(ふじしろさつき)入屋千智(いりやちさと)は夏休みの体育館にいた。皐月は千智にワン・オン・ワンをやろうと誘われた。これは絶対にボコられるなと思ったが、やはり皐月は千智の相手にならなかった。

 千智はハンドリングが上手過ぎるし、動きが速過ぎてついていけない。右に行くかと思えば、股下でボールを切り返して左へ行く。皐月はその度にひっくり返っていた。

「ひゃ〜。参った参った。もうやめようよ。疲れた」

「え〜、もうやめちゃうの? 体力ないなぁ」

「体力もないけど、根性がないんだな……。それに負けてばっかで泣いちゃうよ」

「もう、しょうがないなあ。じゃあこれくらいで勘弁してあげます」

 千智はまるで疲れを見せずにニコニコしている。これが泳げなかったあの千智か、と見る目が180度変わった。

 皐月は遊び以外で運動らしい運動を特にしていない。自分のことをひ弱だと思ったことはなかったが、実は結構ヤバいかもしれないと思い始めた。スポーツをやっている千智は皐月よりもずっと体力がある。


「バスケやってるの?」

「特にやってるわけじゃないけど、お父さんが昔バスケやってて、いろいろ仕込まれたんです」

「バスケの選手とか目指すの?」

「目指さないですよ。だって私、身長がないから無理です。でも中学に入ったら部活はやろうかなって思ってます」

「そっか。バスケ部か。俺、中学になったら部活どうしよう。ドッジボール部なんてないし、野球部は坊主にしなきゃならないから嫌だし……」

 6年生にとって中学でどの部活に入るかは重大な問題だ。好きなスポーツの部活に入っても、必ずしも楽しいわけではないらしい。

「バスケやったらいいじゃないですか。結構上手かったですよ」

「え? ホント?」

「はい。フォームも綺麗だし、ドリブルも上手いですよ」

「千智やマンガの真似をしただけなんだけどね」

「きっと飲み込みが早いんですよ。スポーツなら何でも向いてそう」

「体力ないからなぁ……」

「体力なんて運動していれば勝手につくからどうにでもなりまよ」

 皐月はどちらかといえばインドア派なので、千智のようなスポーツ少女とは合わないと思っていた。だが千智は素直でいい子だ。

 皐月は特別スポーツが苦手というわけでもないし、嫌いでもない。器用な分だけむしろ得意な方で、ドッジボールと野球は自信がある。ただ、走るとすぐに息が上がって胸が痛くなるので、わざわざスポーツをやろうとは思わない。

 皐月は体力さえつけば千智と一緒にスポーツを楽しめるようになるかもしれないと思った。千智ともっと仲良くなりたい。

「帰ろっか。今日は楽しかった。せっかくプールに入ったのに汗かいちゃったね」


 ボールを片付けて靴下を履き、体育館を出た。少し涼風がそよいでいて、中にいるよりも気持ちがよくなっていた。校門から出たら、家の方角次第ではここでお別れだ。

「藤城先輩って家どこですか?」

「栄町だよ。豊川の駅前っていうか、お稲荷さんの門前というか」

「私は古宿です。姫街道の向こう。方向が違いますね」

 皐月はバスケが下手過ぎて相手にされないと思っていたので、この展開を意外に思った。千智が自分の住んでいるところに関心を示したことが嬉しかった。

「千智ってお稲荷さんに行ったことある?」

「初詣に行ったことがあるくらいかな」

「一番混んでいる時期だね。普段はガラガラで広々としてるよ。早朝なんて誰もいないから、気持ちがいいんだ。今度一緒に豊川稲荷に行こうよ」

「今度じゃなくて、今からでもいいですよ」

 キャップの奥の瞳がキラキラしていた。皐月はこの目を知っている。買い物に行った時に女性の店員から向けられる目だ。


「ごめん。今日はこの後、家の用事があるんだ。引っ越しがあってね」

「えっ? 藤城先輩引っ越しちゃうんですか!?」

 この反応で皐月は確信した。千智は自分に好意を持っていると。

「いや、引っ越すんじゃなくて、うちに引っ越してくる人がいるんだ」

「ん? どういうことですか?」

 皐月の家が置屋(おきや)であること。母が芸妓(げいこ)であるということ。弟子になる人が住み込みのために引っ越してくること。ちょっと普通の家とはいろいろ違うので説明が必要だった。

 千智は置屋どころか芸妓も知らなかったので、できるだけ印象が悪くならないように説明をした。

 母が芸妓ということで悪く言う人もいるので、皐月は千智に話すことをためらった。仮に千智が無反応でも、千智の両親には良く思われないかもしれない。


「芸妓さんなんて、お母さんは綺麗な人なんでしょうね」

「綺麗かなぁ?」

「だって藤城先輩、美少年じゃないですか。だから絶対にお母さん美人ですよ」

「美少年? 俺が?」

 皐月は髪を伸ばしているので女の子のようだとよく言われる。中性的な顔立ちを千智は美少年だと感じているのだろうか。皐月は女の子みたいと言われることが嫌いなので、自分では不細工だと思っていた。

「そうですよ。先輩、モテるでしょ?」

「全然。だいたいうちのクラスにアイドルみたいな奴がいて、そいつが女子の人気を全部かっさらっちゃってるから」

「へぇ、そうなんですか」

 思わぬ高評価に皐月はびっくりした。自分に好意を寄せるような女子は隣の席の筒井美耶(つついみや)だけだと思っていた。


「今スマホ持ってる?」

「家に置いてきちゃいました」

「そっか。今度また誘おうと思ったんだけどな……。どうしようかな」

「連絡先、教えてください。こっちから誘います」

 皐月はメッセージアプリのアカウントを千智に教えた。皐月は普段、母親以外と SNS を使っていない。幼馴染の栗林真理(くりばやしまり)とは一応繋がっているが、塾に通うようになってからはほとんどやりとりをしていない。

 クラスでは隣の席の美耶と繋がったことがある。だが、やたらとメッセージを送ってきたので、辟易して怒ったことがある。女子がみんな真理のように淡白なわけではないということを知り、皐月はネットでの交流に慎重になっていた。

 千智がどんなタイプかわからない。つい勢いで今度また誘うと言ってしまったが、本当は自分から連絡するのはあまり気乗りしない。だが、千智から誘うと言ってくれたので、皐月は正直ホッとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ