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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
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89 自分の代わりに怒ってくれる友達

「おはよう……嘘! 藤城君?」

「おはよ」

 挨拶を返しても筒井美耶(つついみや)は黙って藤城皐月(ふじしろさつき)のことを見つめていた。松井晴香(まついはるか)が皐月のことを見つめていた時の目よりも、美耶の方がずっと瞳をキラキラと輝かせていた。皐月は美耶にもっと大騒ぎをされるかと思っていた。

「筒井が髪の毛切ったからさ、俺も切りたくなったんだ。筒井って髪切ってかわいくなったじゃん。俺も髪切ったら格好よくなれるかなって」

 調子のいいことを言ってみたが、皐月の言葉に嘘はなかった。美耶が髪を切ってマッシュショートにしたのは本当に良かったと思っていて、自分も美耶のように変わってみたいと思ったのは確かだ。

「どう? 格好よくなった?」

「うん。カッコいい! 髪の毛を紫にしたのには驚いたけど。藤城君ってアイドルみたい!」

 皐月は好きなアイドルを意識したカラーにしたので、美耶の指摘が的を射ていて嬉しかった。

「アイドルっていうよりホストだよ、美耶」

 晴香はすぐに皐月のことを下げる。以前はカチンとくることもあったが、最近ではもう慣れた。皐月は晴香のことを、美耶がのぼせ上らないよう止めていると思うようになった。


「なんだ、松井。お前、藤城のことディスってんのか?」

 晴香がいつもの口調で皐月をイジると、聡が怒った。聡は皐月の母親が芸妓(げいこ)なのを知っているので、晴香が水商売を貶すような言い方をしたのが我慢ならなかったようだ。いつもヘラヘラしている聡がこのクラスのカースト最上位の晴香をお前呼ばわりするのは初めてだ。

「いいよ、花岡。俺は気にしていないから」

「でもさ、こいつの言い方、ムカつくんだよな」

「いいって。こんな奴らほっといて行こうぜ」

 美耶には悪いと思ったが、皐月はわざと奴らと言った。晴香はイケメンの月花博紀(げっかひろき)にはデレデレと甘いが、皐月にはきつく当たってくる。それは博紀が時々見せる皐月への態度を真似しているかのようだ。晴香は調子に乗っているのだ。

 皐月はこれまでの小さな鬱積を晴らしてやろうと思った。自分をイジり過ぎることが親友の美耶を傷つけることに繋がるということを教えてやりたかった。

 これは舐めた態度を牽制する狙いだ。ただ美耶にとっては八つ当たりをされたことになってしまうので、後でフォローしなければならない。

 晴香も美耶も皐月の母が芸妓(げいこ)なのを知らない。だから晴香が皐月にホストみたいと言ったことにそれほど悪気があったとは思えない。だが聡が自分の名誉のために怒ってくれたことが嬉しくて、皐月は聡の肩を持つような言い方になった。


 ランドセルを背負ったままだった皐月は席に戻った。始業までまだ時間があるので、聡も皐月の席までついてきた。

 神谷秀真(かみやしゅうま)岩原比呂志(いわはらひろし)はまだ席にいなかったが、栗林真理(くりばやしまり)二橋絵梨花(にはしえりか)吉口千由紀(よしぐちちゆき)はもう席に座っていた。真理と絵梨花は勉強をしていて、千由紀は文庫本の小説を読んでいた。

「おはよう」

 女子たちは皐月が髪を切ったことと、紫にカラーしたことに驚いていた。皐月は勉強の邪魔をしたくないと思い、ランドセルの中身を机にしまったらすぐにその場を離れるつもりでいた。

「さっき花岡君と松井さんが揉めてたみたいだけど、何かあったの?」

「見てたのか、真理。お前、全然勉強に集中してなかったんだな」

「説教するな」

「俺がさっき筒井に髪型変えたの自慢してたらさ、松井にからかわれたんだ。それで俺より先に花岡がキレた」

 いきなり話を振られた聡は戸惑っていた。


「あいつが藤城のことホストみたいって言ったんだよ。だから腹が立ってさ……」

 聡が真理に話しかけるのは珍しい。少なくとも聡と真理が一対一で話しているところを皐月は見たことがない。

「ホストって言われて、どうしてからかわれたってことになるの?」

 本を読んでいた千由紀が話に入ってきた。

「俺はホストって言われたことは気にしてなかったんだけど、松井の口のきき方が人をバカにしているような感じでムカついたんだ。それに松井なんてどうせホストのことなんか何も知らないだろうし」

 皐月は聡のキレた理由とは違うことを言った。聡のように怒ってはいなかったので、誰もが納得するような理由をでっち上げた。皐月は晴香の言ったことなど何とも思っていなかった。

「皐月の髪型、全然ホストっぽくないじゃん。むしろ地味だよね」

「地味?」

 真理の言葉に絵梨花が驚いた。絵梨花はいつも清楚な出で立ちをしているので、華やかになった皐月を地味だと言う真理の感覚が信じられなかった。

 真理の母親の凛子(りんこ)は華やかな芸妓で、伝統的な黒髪ではなく積極的にカラーを入れている。だから真理は皐月のこの程度のカラーでは何とも思わないほど感覚が麻痺している。

「俺、ひそかにホストに憧れてたからさ、余計に腹が立ったんだよね」

 聡がホストに憧れていたことを皐月は知らなかった。ただの女好きだと思っていたが、これからは見方を変えなければならない。

「人がどう思おうがどうでもいいんだ。俺は自分が楽しむために髪を染めたんだから」

 皐月が女の子みたいに髪を伸ばしていた時、陰でいろいろ言われていたことを知っている。皐月の家が母子家庭で、母親の小百合が芸妓だということで、同じ町内の幼馴染の親の中には母のことを悪く言っている人がいることも知っている。

 皐月はずっと人から好奇の目で見られていたので、人の言うことなんていちいち気にしても仕方がない。と思うようになっていた。


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