85 髪型を変えたい
藤城皐月は買ってきたケーキを運んで、みんなのいる及川祐希の母の頼子の部屋に戻った。部屋には皐月の好きなアニソンが流れていた。
今泉俊介は皐月が作った再生リストからアニソンを選んだ。俊介は今のアニソンから昔のアニソンまで幅広く聴くが、月花直紀の好きなアニメはスポーツ系なので、皐月と直紀は好みの傾向が違う。直紀の兄の博紀がアニソンに興味があるという話は聞いたことがない。
「ケーキ買って来たんだけど、好きなの選んでくれ」
「なんだ、全部同じの買ってくればよかったのに」
団体競技のサッカーをしている博紀らしい発想だ。
「おれ、三人麻雀でトップだから先に選ぶね。このチョコのやつにしよ」
直紀はガトーショコラを選んだ。勝ったから好きなものを選ぶとわざわざ宣言するところが、勝負にこだわる直紀らしい考えだ。
「俺、モンブランでいいか?」
博紀は偶然にも祐希の好きなケーキと同じモンブランが食べたいという。そのことを教えてやると、博紀は少しはにかんで見せた。皐月たちは博紀の可憐な一面を垣間見た。
「じゃあぼくはこのフルーツいっぱいなのがいいな」
俊介は見た目が華やかなものを選んだ。喫茶店の息子らしい選択で、見映えのするものを好む傾向がある。「これ、店で出したら売れるかな」というのが俊介の口癖だ。
皐月は彼らにケーキを選択させる形を取りつつも、どのケーキを誰に渡すかを想定して選んできたつもりだ。今回はうまく皐月の思惑通りに事が運んだので、皐月も自分の一番好きなケーキにありつけた。
「じゃあ俺は残った苺ショートね。俺は苺ショートが好きだからラッキー。でも女子に一番人気はフルーツケーキなんだって」
「お前って女が好きなものが好きだよな。女みたいに髪を伸ばしているからなんじゃね?」
博紀がムカつくことを言ってくるので、皐月はイラッとした。博紀が教室では決して見せない一面だ。
「髪は長いけど、別に女みたいってことはないだろ。そういや祐希がさ、俺の髪型かわいいって言ってたぞ。羨ましいだろ、博紀」
「マジか?」
(嘘に決まってるだろ。バ〜カ)
「ロン毛の男子が好みなんだって。お前も髪伸ばしたら? サッカー選手ってロン毛の人いるじゃん」
「じゃあ髪の毛伸ばそうかな……。でも中学に上がったらどうせ切らなきゃならないしな……」
「俺は切るけどね」
「えっ? 皐月君、髪切っちゃうの?」
博紀ではなく、直紀が反応した。直紀は中学校の嫌な話をいろいろなところからよく聞いているらしく、皐月たちによく中学に行きたくないって話していた。
「この髪型も子供の頃からだから、飽きちゃったしな」
「じゃあ染めちゃえばいいじゃん。ピンクとか紫とか」
俊介の突飛な提案は電撃的だった。皐月は博紀のような爽やかな感じにしようと思っていたが、地下アイドルのように個性的なヘアースタイルにするのもいいかもしれない。今までそんなことを考えたことがなかった。
「ピンクとか紫はさすがに抵抗があるけど、髪を染めるのはアリかもな……」
「そんなことしたら先生に怒られるよ?」
直紀が皐月の心配をしてくれた。直紀は優等生の博紀を見ているからなのか、常識的でいい子だ。
「小学校だから中学みたいに校則がないから大丈夫だとは思うけど……うちの担任だったら怒ったりしないだろうし」
「確かに前島先生だったら許可してくれるだろうな。俺たちの担任って他の先生と全然違うし、割と自由だよな」
「皐月君、染めちゃいなよ。そんなことできるの小学生までだよ」
俊介は明らかに面白がっている。
「ダメだよ! 今のままでいいよ」
「なんで直紀は今のままでいいって思うの?」
「だって今の髪型、かっこいいじゃん」
「お〜っ! 直紀、ありがとう! お前はいい奴だ」
「いっそ五分刈りにしちゃえよ。似合うぜ」
直紀に褒められていい気になっていた皐月に博紀が冷や水をぶっかける。
「お前こそハゲにすれば? スポーツマンらしくていいじゃん」
「誰がするか!」
「そういや祐希、五分刈りが好きだって言ってたな」
「嘘つけ!」
「兄貴、自分が嫌なことを人にやれって言うなよ」
博紀が皐月をからかい、直紀が博紀を諌めるのがいつもの流れになっている。直紀がいる時はいいけど、これと同じことをクラス内でやられると腹が立つ。
「でもさ、せっかく祐希さんがいいって言ってくれてるんだろ。変に髪型変えなくたっていいじゃないか」
「別に祐希なんてどうだっていいじゃん。俺は自分のやりたいようにしたいだけだし」
皐月はみんなと騒いでいるうちに、髪を少し切って、少し染めてみようという気になっていた。