83 小学生男子の恋バナ
藤城皐月と及川祐希が下へ降りると、祐希の母の頼子の部屋には入屋千智と月花博紀、博紀の弟の直紀、今泉俊介だけになった。
千智は豊川に来て以来、直紀以外の男子とはほとんど話したことがない。クラスでは直紀ともぎくしゃくしていたので、部屋は気まずい空気になっていた。千智がお茶を淹れている間、男たちは無言で千智の手元を見ていた。
「入屋さんってどこで皐月君と仲良くなったの?」
沈黙に耐えかねた俊介が、事もあろうにド直球の質問を千智にぶつけた。
「夏休みに学校のプールで知り合った。潜水を教えてもらったのがきっかけで仲良くなった」
警戒感丸出しで、そっけなく答えた。
「皐月君ってさ、最近アイドルにハマってるみたいなんだけど、入屋さんのことメジャーデビューできるアイドルのレベルだって言ってたよ」
「えっ……本当?」
「うん。ドヤ顔で自慢してた」
頬を赤く染めている千智を、直紀が複雑な表情で見ている。
「入屋さんは皐月と付き合ってるの?」
博紀は俊介以上にストレートな質問をぶつけた。そんな博紀を直紀は不思議そうな顔をして見ていた。博紀も直紀の顔をチラっと見て、千智からの返事を待った。
「付き合うも何も、まだ知り合ったばかりだから」
千智はキレ気味に応答した。
「皐月のこと好きなのか?」
「はぁ? なんでそんなこと言わなきゃいけないの? 意味わかんないんだけど」
「兄ちゃん、やめなよ!」
千智は席を立って、部屋を出て行った。
「博紀君、どうしたの? らしくないよ」
「……ああ、そうだな。でもこういうことははっきりさせておいた方がいいんだ」
「は〜ん、そういうことね。よくやるよ、そんな役回り」
「何言ってんの? 俊介」
俊介には博紀の行動の意味がわかったが、直紀には俊介の言葉を聞いてもわかっていない。
「直紀はさ、明日学校で入屋さんに謝っとけよ。博紀君の代わりに」
「謝るのはいいけどさ……。ところで兄ちゃん、なんで入屋にあんなこと聞いたの?」
博紀は深いため息をついた。
「ちょっと皐月のことが羨ましかったんだよ。あいつばっかりモテやがってさ」
「何言ってんの。兄ちゃんの方がモテるじゃん」
「もういいじゃねえか、この話は」
「俺、今から入屋に謝ってくるよ。兄ちゃんも直接本人に謝れよ」
直紀は部屋を出て、一階まで千智に謝りに行った。
「博紀君、なんであんな嘘ついたの?」
「まあ、直紀にもプライドがあるだろうからな」
「でも直紀ってさ、博紀君が思ってるほど入屋さんのこと好きって感じじゃなさそうだったね」
「そうみたいだな。なんか俺、一人で悪者になってバカみたいだ」
俊介は博紀の性格が温厚なのを知っている。ビジュアルがいいだけでなく運動や勉強もできるので、憧れすら抱いている。
「入屋さんはたぶん、皐月君のこと好きなんだろうね」
「そんな感じだな。まあそのことがわかっただけでも言ったかいがあったかな」
「そうだよ。直紀はともかく、僕は入屋さんに聞きにくいことを聞いてくれた博紀君に感謝してるよ。僕もふっきれそうだわ」
「俊介、お前まさか……」
「隣のクラスだから、今までは遠くから見ていただけだったけど、一緒に遊んでたら好きになりそうだった。いや……もう好きかも。ヤバ……」
表情を変えないまま大粒の涙が零れた。博紀は急いでティッシュを3回抜いて俊介に渡した。
「博紀君はいいよね。本命は祐希さんでしょ」
「いや……俊介じゃないけど、俺も入屋さんといろいろ話しているうちにいいなって思い始めてさ……」
「博紀君ってさ、モテるくせに結構気が多いよね。ファンクラブの子には冷たいくせに」
「俺さ、自分より頭のいい子が好きなんだよね。それでそういう子って、どういうわけか皐月と仲がいいんだよな。なんかムカついちゃってさ」
「入屋さん、頭良さそうだもんね。皐月君も頭いいし」
「漸近線とか俺の知らんこと、もう知ってんだもんな。まだ五年生だぜ、あの子」
直紀が部屋に戻ってきた。
「ちゃんと謝っておいたからね」
「悪ぃな、直紀」
「後で兄ちゃんに謝らせるって言ったら、別にいいって言ってた。でもちゃんと自分でも謝れよな」
「皐月は?」
「ケーキ買いに行ったって。別にそこまでしてくれなくても良かったのにね」
博紀は皐月のそういう律義なところが好きだ。
「入屋さんはもう麻雀やらないのかな?」
「入屋は祐希さんと遊びに行くって言ってたよ。どうする? 兄ちゃん。もうお目当ての祐希さんいなくなっちゃうよ?」
「そうだな……もう麻雀って気分じゃないしな……」
女子が抜けて男子だけになると、華やいだ雰囲気が消えてしまった。
「せっかく皐月君がケーキ買いに行ってくれてるんだから、後のことはケーキでも食べながら考えようよ」
「僕は皐月君に好きなアイドルのこともっと聞きたいって思ってたから、麻雀やらなくてもここにいるよ。ところで直紀って好きな子いるの?」
「なんだよ、いきなり。そういうことを人に聞くんだったら、俊介から先に言えよ」
「僕はアイドルが好きだから、小学生女子には興味ないんだけど」
「そういや俊介はそういう奴だったな」
俊介は博紀に小さな声で「ずるいな」と言われて小突かれた。
「僕は直紀の好きな子って入屋さんだと思ってたんだけど、違うの?」
「ん〜、入屋も悪くはないんだけど違うな」
「違うのか!」
思わず博紀が叫んだ。さっきの行為は徒労に終わった。ただ祐希を傷つけて博紀が嫌われただけだった。
「じゃあ誰だなんだよ……」
博紀ががっくりしているのを見て、決して言うまいと思っていた直紀も話す気になった。
「兄ちゃんは知らないと思うけど、月映冴子って奴」
「お前、好きな子のこと奴って言うなよ」
「月映さんか……納得」
俊介は四年生の時に冴子と同じクラスだった。冴子は千智のような美少女というわけではない。
俊介は冴子の喜怒哀楽を表に出さず、影があるところに魅かれていた。ただ、俊介の趣味ではなかったので好きにはならなかったが、朗らかな直紀が冴子のことを好きになるとは思わなかった。
「でも、好きって言うほどじゃないんだけどね。暫定一位って感じ。まだ俺には恋愛とかよくわかんないや。こうやって俊介と遊んでる方が楽しいし」
「そうだよな!」
「兄貴は最近色気づいてきてるみたいだけどな」
「うるせえよ!」
なんとなく手持無沙汰で卓上の麻雀牌をかき混ぜると、直紀も俊介も博紀の後に続いた。皐月が帰ってくるまで三人麻雀をやって待つことにした。