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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 二学期と思春期の始まり
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81 キモくてバカ

 これから入屋千智(いりやちさと)とあまり会えなくなるというのに、藤城皐月(ふじしろさつき)はホッとしていた。理由が中学受験なら仕方がない。自分が敬遠されていないのなら、どんな理由でも受け入れられる。

「何だよ、皐月君たち。二人しかわからない話なんかしちゃって。僕たちにも教えてよ」

 今泉俊介(いまいずみしゅんすけ)が今の話を詳しく聞きたがっている。皐月も千智の塾のことをもっと知りたかったので、塾のことを訊いてみたかった。ただ、塾のことが人前で話せることなのかどうかがわからない。千智の表情を読んでみると、訊いても大丈夫そうな気がした。

「千智は塾があるから、これからはあまり気安く遊びに誘えないって話だよ。千智の行く塾って名古屋?」

「ううん、岡崎。家も塾も駅から近いから、そんなに遠くないよ」

「そっか岡崎か。それって東岡崎駅だよね。うちのクラスにもその塾に通ってる子いるわ」

「ああ、栗林(くりばやし)さんのことか」

 皐月と同じクラスの月花博紀(げっかひろき)は自分より賢い女子が好きだと、弟の直紀(なおき)が言っていた。

「違う。真理は名古屋の塾。東岡崎は二橋(にはし)さん」

「えっ? 二橋さんって中学受験するの?」

「なんだお前、知らなかったのか? 一緒に学級委員やってんのに?」

「知らねえよ。それより、なんでお前がそんなこと知ってんだよ」

「真理に話を聞いてたからな。真理も二橋さんも博紀のファンクラブの会員じゃないから、おめーには情報入ってこねーんだよ」

 皐月はファンクラブができるほどモテる博紀を羨ましいと思い、博紀はファンクラブに入っていない頭のいい二人が皐月と仲がいいことを羨んでいる。

「だから二橋さんって頭いいのか……。あの二人は異次元だもんな」

「入屋だってすげ〜頭いいんだよ、クラスで。でも入屋って一学期は塾に行ってなかったんだよな。なんで勉強できるの?」

「えっ……それは東京にいた時に中学受験塾に行ってたから。でも私、勉強そんなにできないよ」

「そういや真理もそんなこと言ってたな。あいつ、夏休みに成績悪かったってすっげー落ち込んでた」

「マジか、あの栗林さんが……。一体どんな世界だよ」


 スピーカーからプリンスの代表曲の一つ『When Doves Cry』が流れ始めた。ギターソロのイントロから複雑なパターンだが、シンプルな音のリズムが繰り返される。プリンスの変な唸り声のような声が発せられてイントロが終わる。

「そんな話よりも先輩、早く歌ってよ。私ずっと楽しみにしてたんだから」

「この歌、もうちょっと聴きたかったんだけどな……でもまあ、負けたから歌うわ」

 俊介が気を利かせて一番が終わるまで音楽を止めるのを待っていてくれた。それが皐月の興味のためなのか、千智の好きな曲を長くかけたかったのかはわからない。

 お喋りをしていたおかげで、千智の好きな曲をたくさん聴けてよかった。千智の好きなプリンスの曲は、皐月だけでなく、俊介も気に入ったようだ。

 俊介が一時停止していたユーチューブの動画を再生すると、イルミネーションの輝く夜の往来の中、一人の女性がたたずんでいるシーンから『ゼンキンセン』のビデオが始まった。


 ――♪ 「ねぇ」君が本当の気持ちに気付いてくれるその時まで、僕は何も出来ないんだよ

 サビから始まるこの曲を皐月が澄んだ高音で歌い上げると千智が驚いていた。時々音を外したりして技術的には未熟だが、伸びのある声質が皐月の自慢だ。俊介が指笛を鳴らして盛り上げる。

「あ〜っ、ぼくも皐月君と一緒に歌いたかったな〜。でもこの歌知らんし」

 間奏で俊介が嘆いている。皐月も俊介が一緒に歌える曲だったら気が楽だとは思ったが、自分がこの歌を歌いたかった。

 ――♪ 今、君と出会えていればよかったのかな

 サビに入る手前のこのフレーズの後、26時のマスカレイドの大門果琳(だいもんかりん)がビシッと決めるポーズを皐月が真似すると、千智が大いに喜んだ。気分が良くなってここから始まるサビは振り付きで歌ったら、俊介がメロディーを覚えたのか、歌詞を見ながら一緒に続きを歌ってくれ、ワンテンポ遅れて見よう見まねで一緒に踊ってくれた。

「はい、終わり〜」

 一番が終わり、皐月は速攻で動画を止めた。


「なんだよ! 今ノってきたとこなのに!」

 俊介がマジでキレている。本当は皐月もいい感じで気持ちが良くなってきていたが、うっかり博紀を見たら、急に気持ちが萎えてしまった。

「一番で終わりって、博紀が決めたじゃん。怒るなら博紀に怒れよ」

「俺に振るなよ! お前、踊りながら歌ってキメえよな」

「はあっ? お前の下手糞な歌の方がよっぽどキメえわ」

「なんだと、この野郎!」

「喧嘩吹っ掛けてきたのはお前だろうが!」

 皐月は自分から八つ当たりをしたのはわかっていたが、博紀に予想外の方向から攻められ、つい熱くなった。

「もうっ、ケンカやめて。バカっ!」

 感情を抑えながら言った千智だが、「バカ」のところだけは抑えきれなかったような勢いがあった。

「この歌の後半のサビでさ、来栖(くるす)りんが『バカっ!』って言うんだ。それが超可愛くてさ」

 皐月は千智に叱られたことを無視して、俊介が食いつきそうなネタをふった。

「なんだよ、それ見たかったな。やっぱ最後まで歌いたかったよ」

「まあ、また動画でも見てよ。でも千智の『バカっ!』の方が可愛かったけどな」

「先輩……本当にバカかも」

「皐月君、ちょっとキモいよ」

「そうか、キモいか……直紀に言われちゃ、怒る気にもなれないな」

 確かにキモいわな、と思うと力なく笑うしかなかった。ただ、直紀も一緒に軽く笑ってくれたので、今までカリカリしていたのがアホらしくなってきた。博紀も機嫌が直ってなんとか場が収まった。


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