77 作戦会議
今泉俊介がスマホを取り出して考え込んだ。俊介のスマホにはイヤホンジャックがある。
「皐月君、スマホをミニコンポに繋げたいんだけど、オーディオケーブルって持ってる?」
「あるよ。スマホを繋げるのもいいけど、どうせならPC繋げようか。この部屋のテレビなら、PC繋げば映像も出力できるから」
「そうしてもらえると助かる。バッテリーなくなっちゃうもん」
俊介は言い出しっぺだからなのか、この部屋のBGM用に自分のスマホを提供しようと考えていたようだ。藤城皐月は俊介の提案に乗ろうと思った。
「じゃあ今朝言ってた、皐月君が最近ハマってるアイドルのミュージックビデオでも流そうよ」
「いや、それはちょっとマニアック過ぎて、みんなに悪い。とりあえず、最初は音楽配信で今流行ってる曲でも流しておこうよ」
「俺は別の沢田研二のままでもいいんだけどな〜」
皐月は俊介の影響で昭和歌謡が好きになったが、俊介の熱量は皐月の比ではない。俊介は他にも母親世代の及川頼子の持っているレコードをかけたがっている。
「じゃあ麻雀で勝った奴が次のゲームの間、好きな音楽を流せる権利をゲットできるってのはどう?」
俊介は次から次へと提案をしてくる。こういう頭の回転の速さを皐月はいつも好ましく思っている。
「俺、そんなに音楽とかこだわりないなぁ」
月花直紀はあまり音楽に興味がない。大人びた俊介に比べて直紀は幼い。
「直紀ってアニメ好きじゃん。アニソンとか流せばいいよ」
皐月もアニメが好きなので、直紀をフォローする側に回る。
「俊介も兄貴もアニメに興味ないだろ。いいのか、そんなの流しても」
「いいって。だってそれが勝った奴の特権なんだから」
直紀の兄の博紀は憂鬱な顔で皐月たちのやり取りを見ていた。
皐月はもう一度自分の部屋に戻り、PCとケーブル、麻雀の精算に使うコインを持ってきた。俊介はPCであらかじめ配信サイトにアクセスしておいた。
「五人いると点棒が足りなくなるからチップを使おうぜ。いつものプラスチックのチップじゃなくて、今日はこれを使おう」
皐月が持ってきたのは仮想通貨のビットコインとイーサリアムのコインだった。
「これ何だよ?」
「仮想通貨のビットコインとイーサリアムのコインだ。博紀、仮想通貨って知ってる?」
「なんとなくなら……。それって本物?」
「まさか。暗号資産だから仮想通貨にコインの現物はないよ。これは玩具。面白いだろ」
「まあ、チップよりは雰囲気出るな」
「千点棒の代わりにビットコイン、百点棒の代わりにイーサリアムにしようぜ」
「いいね。面白いよ、なんか悪い遊びしているみたいで」
直紀は博紀ほど優等生ではない。ちょっと悪いことを喜ぶところが一緒に遊んでいて刺激的だと皐月は好ましく思っている。
「で、ビットコインとかイーサリアムって今いくらなの?」
「さあ……どうだったかな。値動きが激しいからよくわかんないや。俊介、PCをミニコンポとテレビに繋げておいて。できる?」
「ミニコンポには繋げられるけど、テレビにはどうやって繋げればいいのかな?」
「HDMIケーブルがあるから、それを使ってくれればいいよ」
「設定とかは?」
「繋げるだけでいいよ。あとはテレビ側の入力切替でHDMIを選択するだけ」
「テレビに繋げるんだったら、別にミニコンポに繋げなくたって音出るじゃん」
「コンポのスピーカーの方が音質がいいだろ」
「そりゃまあそうだね。じゃあ後は任せといて」
俊介が作業を始めると直紀が覗き込んできた。直紀につられて博紀も物珍しそうに見ていた。
「私、持ってるよ」
入屋千智が皐月の耳元で小声で囁いた。ビットコインの玩具を小さく指さしている。
「実は俺も。さっきレートを聞かれた時、困った」
皐月と千智はアイコンタクトだけで言いたいことが伝わった。友だち同士でお金の話をしたくなかったが、千智とこんな秘密を共有することになるとは思わなかった。
「ただ麻雀するだけかと思ったら、変な流れになっちゃった……。こんなんでよかった?」
「いいよ。結構楽しんでるから。月花君も学校と違うし、俊介君も面白いし。カラオケじゃないのに人前で歌うのはちょっと恥ずかしいけど」
「大丈夫。千智が最下位にならないように俺が守るから」
「そんなことできるの?」
俊介はともかく、麻雀好きの月花兄弟を敵に回すとしのぐのは難しい。だが、それが面白い。
「そうだな……例えば千智が最下位になりそうになったら、俺が他の奴を狙い撃つとか。最悪、俺が身代わりになって誰かに差し込んで自爆するとか」
「おい、お前ら何か企んでるな。作戦会議かよ」
皐月は博紀に聞かれるのを承知で千智に策を聞かせていた。
「ああ。お前を狙い撃ちにして歌わせてやんよ」
「面白れえじゃねえか。そっちがその気ならこっちもそのつもりでいくぜ」
「そうでなくちゃ面白くない。かかってこいや」
博紀の目的は祐希に会うことで、麻雀をしに来たわけじゃない。そんな博紀を本気にさせるためにはちょっと煽らないといけない。博紀が本気で遊んでくれないと自分が面白くない。
俊介がテレビの電源を入れ、HDMI入力に切り替えると皐月のPCの画面が映った。
「とりあえず最新のヒットチャートのトップ50でも流しておくね。さあ、やろうか」
みんなの知ってる曲が流れたようで、場が軽く盛り上がっている。ミニコンポのスピーカーから流れる音もなかなかいい。
ただ、皐月はアイドル以外の最近の流行りの曲をあまりよく知らない。軽い疎外感を感じながら、俺がトップを取ってみんなの知らない地下アイドルの曲を聴かせてやろう、といった変な闘志が湧き上がってきた。