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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
75/104

75 カセットテープ

 麻雀マットの上に麻雀牌を出していると、藤城皐月(ふじしろさつき)今泉俊介(いまいずみしゅんすけ)がミニコンポの電源を入れたことに気が付いた。俊介はダブルデッキに入っているカセットテープを取り出して、まじまじと見ていた。

「俊介、勝手に部屋の物触るなって言っただろ」

「皐月君、このテープ超かっこいい! とても過去の遺物とは思えないクールなデザイン!」

「おいっ!」

「カセットのケースがいっぱいあるんだけどさ、タイトルがレタリングされてるよ。丁寧に手書きで書かれているのもある。レトロポップだよね。すっごく宝物っぽくて、いいよね!」

「いいよね、とかじゃなくてさ……」

「これ、再生してもいいかな?」

 俊介の興奮が皐月にも乗り移ってきた。

「ちょっと頼子さんに聞いてみるわ」

 皐月も好奇心が抑えられなくなった。及川祐希(おいかわゆうき)の母の頼子(よりこ)にメッセージを送ると、すぐに返信がきた。

「いいってさ。俊介、そのテープってどんな曲が入ってるの?」

「『MY BEST 沢田研二』だって。古っ! でも俺、ジュリー好きだよ」

「そういえばマスターも沢田研二のこと絶賛してたよな」

 純喫茶パピヨンのマスターはよく皐月に昭和歌謡の良さを語っていた。俊介も親の影響を受け、皐月にあれこれ勧めてくる。皐月も俊介のおすすめの動画をネットで見て、昭和歌謡にハマった時期があった。

 俊介がデッキにカセットを入れ直し、再生ボタンを押した。しばらくすると曲が流れ始めた。

「『勝手にしやがれ』だ! この曲ってさ〜、女に振られた男の歌なんだけど、ジュリーが歌うと超カッコいいんだよね」

「クソ兄貴も振られればいいんだ」

「うるせえよ、バカ」

 月花博紀(げっかひろき)と弟の直紀(なおき)がまた喧嘩を始めそうになったので、入屋千智(いりやちさと)が咳払いをした。二人の動きがピタッと止まったのがおかしくて、皐月と俊介は笑ってしまった。


 ミニコンポから流れるカセットテープに録音された音楽はなかなかいい音を出していた。このテープのプレイリストが知りたいと、俊介が歌いながらカセットケースを探し始めた。その間に千智たちが麻雀牌をマットの上に広げていた。

「私、麻雀牌って初めて触った。大きさと重さがちょうどいい。触り心地もいいね」

 初めて牌を触った千智が積み木で遊ぶように牌で遊んでいた。牌と牌が触れると「チチッ」と軽い音がする。

「いい音」

「この牌は骨と竹でできているから、音が優しいんだ。プラスチックだともう少し音が甲高くてうるさいかな」

「骨って何の骨?」

「象牙かな? 牛かもしれない。よくわかんないや。とにかく古いものみたいだよ」

「年代物って感じだね」

「ビンテージって言いたいところだけど、ちょっと黄ばんでいたり、所々黒い斑点みたいのがあったりで、そんなにいい物じゃないのかもね」

「でも私、これ好きだな」

 千智は楽しそうに麻雀牌を(もてあそ)んでいた。博紀は盲牌(もうぱい)で指の感触を確かめ、直紀は小手返しの練習を始めた。月花兄弟は栄町で一番の麻雀好きだ。

 皐月はこの古い牌のことは嫌いではないが、新品の牌が欲しいと思っていた。しかし千智が喜んで遊んでいる姿を見て、この牌をこれからも使い続けようと思った。


 部屋の襖が開き、頼子が飲み物を持ってきた。エアコンが効き始めていたので、廊下から蒸し暑い空気が部屋に流れ込んでくる。

「飲み物、どこに置こうかしら」

 テーブルに麻雀マットを敷いて牌を広げているので飲み物の置き場がない。

「お盆、そこに置いておいてくれればいいよ。あとはウチらで適当に飲むから。みんな、こぼさないように気を付けてくれよな」

 卓上にはコップを置けないので畳の上に直接置くしかない。ドリンクはコースターに乗せられているので結露で畳が濡れる心配はない。

「あの〜、沢田研二好きなんですか?」

 俊介が頼子に話しかけた。

「ええ、そうなのよ。リアルタイムで全盛期のジュリーのファンだったわけじゃないんだけどね」

「じゃあ頼子さんは誰のファンだったの?」

 皐月もカセットテープのラインナップが気になっていたので、頼子に聞いてみた。

「私は昔からジャニーズが好きだったの。昔のジャニーズならそこにLPがあるから好きに聞いてくれてもいいわよ……って今時の男の子がそんなの聴きたがるわけないか。娘の祐希も私の趣味に興味を示してくれないし」

 頼子の口調が早口になってきた。本当は語りたくてしかないがないって感じだ。皐月は教室で隣の席だった、ドルオタの筒井美耶(つついみや)のことを思い出した。

「俺のクラスにドルオタの子がいてね、そいつは男のアイドルならいつの時代の誰でもいいみたいなんだ」

「筒井のことだろ、それ」

「ああ。あいつ、俺にまで私の好きな曲を聴けって推してくるんだぜ。俺、男なのにさ」

「俺の母さんからもいろいろ勧められてたよね、皐月君」

「そうそう。俊介のママンもドルオタだもんな。頼子さん、パピヨンのママと気が合うんじゃないかな」

「ぜひうちの店に通ってください。頼子さんのこと、母さんに話しておきます」

「これからはモーニングに寄らせてもらうから、お母さんによろしくね、俊介君」

 頼子が嬉しそうに部屋を出て行った。沢田研二のテープはそのまま流しっぱなしにしている。曲は『コバルトの季節の中で』に変わっていた。

「そろそろやろうぜ、麻雀」

 頼子が淹れてくれたスパイスの香るアイスミルクチャイを一口飲み、みんなで美味しいねと気分が盛り上がった。

 千智がいることで、男子はみんないつもよりハイテンションだ。千智の前でカッコ悪い姿を見せたくない……皐月だけでなく、他の三人もそう思っているかのようだった。


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