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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
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74 女の子の前ではみんな少しおかしくなる

 古い旅館だった小百合(さゆり)寮は階段が壁のような傾斜になっている。藤城皐月(ふじしろさつき)入屋千智(いりやちさと)を男たちの視線から守るため、一番最後に階段を上らせた。

 階段を上り切った正面には御手洗いがあり、右手にある扉が皐月の部屋の出入り口になっている。左手にはこの建物が旅館だった建物のため、窓際に廊下が巡らされている。

「皐月君の家にはよく遊びに来るけど、こっちを通るのは初めてだ」

 御手洗いの横の洗面台の大きな鏡の前で、みんなの姿を見ながら今泉俊介(いまいずみしゅんすけ)は嬉しそうにしている。

「でっけえ鏡。イェ〜イ」

 俊介が鏡に向かってダンスをし始めた。皐月はよく俊介とネットで流行っているショート動画のダンスを踊っている。俊介はセンスがあるのか、ダンスの覚えが早い。今日の踊りは皐月の知らないものだったが、妙にサマになっていた。月花博紀(げっかひろき)と弟の直紀(なおき)は鏡越しに俊介を見ながら感心していた。

「レトロで素敵。昭和にタイムスリップしたみたい」

 千智はさっき二階から下へ降りる時に見たこの洗面所が気になっていたらしい。古めかしい大きな鏡だけでなく、二つあるタイル張りの洗面台や、蛇口を受ける陶器、及川祐希(おいかわゆうき)のトイレタリーを珍しそうに見ている。

「うちの洗面台は千智ん家のとは全然違うんだろうね。でも物を置く棚とかないから、使い勝手は良くないよ」


「これって祐希さんの?」

 博紀が洗面台に置きっぱなしにされているコスメ用品を見て興味を示した。

「そうだよ。まあ頼子(よりこ)さんのも一緒に置いてあるみたいだけどね」

「なんか俺ん家にないものが色々あるな」

「祐希は女子高生だから、お洒落さんなんだよ。俺も最初は物珍しさに驚いた。千智もこういうの使ってるの?」

「特に何も使ってないよ。今度、祐希さんに貸してもらおうかな」

「五年生にそんなの必要ないじゃん」

 学校では見せない千智の表情を見て直紀が絡んでくる。

「直紀って最近の小学生のファッション誌、見たことある? 小学生なのにメイクとかしてて、マジでビビるぞ。みんなスゲ〜かわいいから」

「そんなの知らんよ。てか皐月君、女のファッション誌なんて見るの?」

「こいつさ〜、男のくせにクラスの女子とよくファッションの話とかしてるんだぜ。チャラいよな」

 千智の前でバカにされたような気がして、皐月は博紀に少しイラついた。

「お前がファンの子たちの面倒を見てやらないから、俺がお前の代わりに声かけてやってんじゃん」

「お前は女好きだから女子にちょっかいかけてるだけだろ。俺のためにとか言うなよ」

 さすがにこの理屈はなかったかな、と皐月は苦笑いをした。こんなところで博紀と言い合っても千智の前でボロを出しそうなので、早くこの場を離れることにした。


 (ふすま)の開け放たれた頼子の部屋に皐月が入り、みんなを部屋の真ん中にある炬燵に座ってもらった。風が多少通るとはいえ、まだ暑いのでエアコンをつけた。俊介はミニコンポの近くの席を陣取っている。

「ちょっと部屋から麻雀牌(まーじゃんぱい)とマットを取ってくるわ。部屋の中の物、勝手にいじるなよ」

 皐月が部屋を出ると、俊介が早速ミニコンポを触りだした。

「俊介、皐月君が勝手に触れるなって言ってたじゃん」

「大丈夫だって。俺ん()にもステレオセットがあるから、使い方は知ってる。これ、ケーブルがあればスマホ繋げられるな。あとで皐月君に聞いてみよ」

 俊介は直紀の忠告を無視して、頼子が持っているレコードやカセットテープを物色し始めた。

「入屋さん、今日は祐希さんに会いに来たの?」

 博紀が珍しく自分から女子に話しかけた。

「はい。月花さんもそうなんですか?」

 千智は咄嗟に嘘をついた。意図的に嘘をついたというわけではなく、博紀の思い込みを利用したら、結果的に嘘になった。博紀の皐月に対する態度を見て、千智は博紀に警戒を強めている。

「直紀に祐希さんの写真を見せたら、一度会ってみたいって言うから、皐月ん家に連れて来てやったんだ」

(ちげ)ぇよ。兄ちゃんが祐希さんに会いたそうにしてたから、俺が気ぃ使って、会ってみたいって言ってやったんじゃん」

 博紀が小さく舌打ちをした。

「お前ってさ、祐希さんに会えるよりも、入屋さんに会えたことの方が嬉しいんじゃねえの? 言ってたよな、入屋さんに全然口きいてもらえなくなったって」

「デタラメ言うなよ、クソ兄貴!」

 直紀がキレて博紀の肩を突くと、博紀も仕返しに後頭部を叩いた。

「やめなよ、博紀君もブキミも」

「入屋の前でブキミって言うな!」

 直紀は勢いで俊介も突いた。

「痛ぇな、馬鹿野郎!」

 普段は温厚な俊介も直紀に突き返した。二人が睨みあい、喧嘩が始まりそうになった。


 二人が動いた瞬間、千智がテーブルをドンと叩いた。

「いい加減にしてよ!」

 千智が正座していた状態から立ち上がり、二人だけでなく、博紀にも責めるような眼で睨みつけた。三人は千智を見上げ、茫然としている。部屋が静寂に包まれた。

「お待たせ〜って、何やってんだ? お前ら」

 皐月が能天気な顔をして薄汚れた木箱に入った麻雀牌とマットを持ってきた。振り向いた千智が微妙な顔をしていた。

「俺たち今、入屋さんに叱られてたんだよ」

 博紀が申し訳なさそうに言う。

「叱られたって、千智に? 俺、千智の怒った顔って見たことないや。見たかったな〜」

「先輩、変なこと言わないでよ。恥ずかしいな……」

 千智から怒気が消えた。

「お前ら、千智を怒らせるようなことするなよな……で、何したんだ?」

「ちょっと三人で喧嘩になっちゃってさ。まあ、俺が一番悪かったんだけど……。ごめんな」

 博紀が誰に言うともなく謝った。

「なんだ、喧嘩か。それより麻雀しようぜ」

 千智に座ってもらい、千智と博紀の間に皐月が割って入り、テーブルの上に麻雀マットを敷いた。

「千智ごめんな。俺たちってこういう事、よくあるんだ。全然大した事ないから気にしなくてもいいよ」

「そうなの? あまりこういうの慣れてないからちょっと驚いちゃって」

「悪い子を叱ってくれたんだね。ありがとう」


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