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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
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70 巧妙な告白

 入屋千智(いりやちさと)藤城皐月(ふじしろさつき)の部屋の勉強机の椅子に座っていた。皐月はベッドに座り、向かい合っていた。千智の方が少しだけ目線が高く、皐月からは逆光の位置にいた。

「そんな……。私、そんなくだらないことで傷ついていたの?」

「たぶん。直紀(なおき)たちも千智のことを馬鹿にして笑っていたわけじゃないと思うんだ。直紀はバカだから、『うんこ』に秒で反応しちゃっただけだって、俺は信じたいな」

 千智は黙りこくっていた。皐月はその場に自分がいたら笑わずにいられるかどうか、自信がない。そこを千智に見透かされると嫌われてしまうかもしれない。でも、これ以上言葉を重ねると本当に自己弁護になりかねない。

「ん〜。そう言われても、なんか納得できないんだけど……。でも、そんなのって女子にはない発想だし、先輩がそんなに一所懸命になって月花(げっか)君のこと庇おうとするんだったら、信じてみようかな」

「ありがとう。これで直紀も成仏できるよ」

「いや、まだ生きてるよ」

 皐月の滑り気味の冗談で千智は少し落ち着いたようだ。このエピソードを聞き、千智が本当にいい子だということが改めてわかった。


「ただ問題なのは『うんこ』って言った女だ。その一言が計算されたもので、男子を巻き込むために意図的に発せられた言葉だったら、そいつ相当頭が切れるね。誰が言ったかわかってた? もしかしてさっき話した冴子って子じゃなかった?」

「いや、月映さんじゃないのは確か。だって声が全然違っていたから。それに月映さんからは、私に対する敵意を感じたことはないよ。たぶんだけど、彼女は私の味方の側だと思う。月映さんとは仲がいいって程じゃないんだけど、普通に話せるから」

「そっか……。じゃあ、彩羽って奴?」

「たぶん違うと思う。あの子はそんなに悪賢くないから、取り巻きの誰かかな? でも今となっては、誰が言ったとかどうでもよくなっちゃった。もうだいぶ時間がたったし、あれから絡んでこなくなったから」

 千智は穏やかな学校生活を取り戻せたようだ。それでもまだ、千智の学校生活には影がある。男子とは喋らないし、いつも帽子を深くかぶって顔を隠している。


「じゃあ、千智は彩羽たちの行為や、うんこって言った奴のことはもう許したの?」

「まさか……許すわけないじゃない。鈴木さんたちは謝って来なかったし、誰がうんこって言ったのかはわからないし。でも先輩の話を聞いたから、私を笑った男子たちのことはもう許してもいいかなって思ったよ」

「千智は心が広い!」

 皐月は自分なら絶対に許さないと思った。自分なら相手をただでは済まさない。

「それより、先輩もうんこって言われたら笑っちゃう側の人?」

 皐月の恐れていた質問が来た。千智の抜け目なくこういうことを聞けるところが賢い。皐月はごまかしても無駄だと観念した。

「状況によっては、かなり高確率で笑っちゃうかも」

「じゃあ、好きな子がうんこ呼ばわりされたらどう?」

「そんなの怒るに決まってるじゃん」

「先輩が月花君の代わりに私のクラスにいたら笑った?」

「そんなの笑うわけないじゃん! 絶対に言った奴のこと怒るよっ」

 本当はその場にいたら、自分もバカなので笑っていたかもしれない。でも今の自分なら千智のことが好きなので、きっと怒ることができるだろう。

「ありがとう。私も先輩がうんこって言われたら絶対に怒るよ」

「千智はうんこじゃ笑わない側の子なんだね」


 千智は弾けるような笑顔になっていた。どうしてそんなに喜んでいるのだろうと考えると、皐月は巧妙に誘導されていたことに気がついた。これでは千智への思いを告白させられたようなものだ。

 だが、好きな子がうんこ呼ばわりされたら怒るということは、千智も自分のことが好きだと告白したことになる。この話の流れが偶然なら、千智がここまで喜ぶこともないから、おそらく意図して質問してきたのだろう。

 そう考えると、千智も同じ質問を返されることをわかっていて、自分も告白するつもりでいたことになる。遠回しの告白だが、皐月の気持ちを確認してから告白するところが慎重だ。

 皐月は千智の気持ちと賢さに嬉しくなった。このまわりくどい告白の真意を聞いてみたかったが、野暮なことはやめた。自分が本当に気持ちを伝えたい時は、真っ直ぐな言葉で伝えたい。

「ねえ、先輩。さっきからずっと疑問に思ってたんだけど、うんこの何がそんなに面白いの?」


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