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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
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7 潜水

 普段あまり使わない「僕」なんて言い、藤城皐月(ふじしろさつき)は恥ずかしくなった。気持ちをごまかすために早速、泳ぎの練習を始めた。

 まずは入屋千智(いりやちさと)がどれだけ長く息を止められるか知りたかったので、二人で一緒に水に潜ることにした。今立っている場所で向かい合い、膝を曲げて沈んでみた。水中で向かい合うのはお互いに恥ずかしかったが、そのせいか千智も皐月と同じくらい長く潜っていられた。

「それだけ潜れたら25メートルいけるよ」

「ほんと?」

「うん。いけるいける」

 次に身体の動かし方の練習をした。手を前に伸ばして体を真っ直ぐにし、足を揃えて体全体を上下にうねらせる。千智はバタ足は苦手なので、とりあえずやらないことにした。

 潜水なら体をうねらせるだけで前に進むが、いきなり大きく体をうねらせようとすると上半身と下半身がちぐはぐになってしまう。最初は小さく動かすように教え、まず皐月が手本を見せ、その後で千智に真似をさせた。

「いい感じになってきたね」

「でも浮いてきちゃうんです」

「じゃあ、ちょっと下向きに潜るつもりで泳いでみて。そうすれば浮かぼうとする力と相殺されて真っ直ぐ進むから。耳の後ろに腕がくるように気をつけてね」


 千智の横に並んで、彼女を見守りながら一緒に泳いでいると、千智の体のラインの美しさに見とれてしまった。水着の女性なら写真や映像でたくさん見てきたけれど、本物の女の子の水着姿をこんな近くでまじまじと見たのは皐月には初めてだった。

「次はスタートの練習をしてみようか。蹴伸びって言うんだけど、うまく壁を蹴ると10メートルくらい距離を稼げるよ。そうすると残りが15メートルだから25メートルなんてすぐに泳げちゃうから」

「そんなこと私にできますか?」

「俺がやって見せるから見てて。全然難しくないから」

「僕」が「俺」に戻り、皐月はだんだんリラックスしてきた。千智にはスタート台に背を向けて立つ自分から少し離れたところへ行ってもらい、水に潜って自分のことを見るように言った。

 皐月は大きく息を吸い、屈んでプールの底まで潜り、身体を水底と平行になるように傾けて壁を蹴った。勢いよく前に進んだ勢いでバタ足をして身体を推進させた。

 皐月はバタ足を教えていないことに気付いたので、泳ぐのを途中でやめた。

「ごめん。バタ足しちゃった。今度は体をうねらすから、もう一度見て」

「はい」

 千智の笑顔がかわいくて、皐月は思わずデレそうになった。照れを隠すために水に潜った。


 今度は体を上下にうねらせる泳ぎ方に変えて泳いだ。プールの真ん中くらいのところで立って引き返し、皐月は千智のところまでゆっくりと潜水で戻って来た。

「どうだった?」

「かっこよかったです」

「ははは、ありがとう。でもそうじゃなくて、できそうかどうかってことなんだけど……」

「想像していたよりも簡単そうに見えました」

「簡単だからすぐにできるようになるよ。じゃあやってみようか。入屋さんさえよかったら25メートル泳げるようになるまで付き合うよ」

「そんな……できなかったらどうしよう」

「大丈夫。余裕で今日中に泳げるようになるから」


 皐月にとって同級生が誰もいないことはラッキーだった。水着女子と二人でいるところを誰かに見られたら、絶対にからかわれていただろう。千智はそういうのを心配しないのかと聞いてみたが、この日は五年生の子もプールに来ていないから大丈夫らしい。

 しばらく練習をしていると、千智も25メートルを潜水で泳げるようになった。その時は皐月も少し離れた隣に並んで一緒に泳いでいた。

 最後まで泳ぎ切った時、水から上がって息を弾ませた勢いで、皐月と千智は互いに手を取り合って喜んだ。

 体を近づけてくる千智を思わず抱き寄せてしまいたくなったが、皐月の方がこの状況に恥ずかしくなってしまい、皐月は先に手を放してしまった。その時、一瞬だけ千智は不満気な表情を顔に浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻した。

「今日はありがとうございました。藤城先輩」

 皐月が下級生から先輩と呼ばれたのはこの時が初めてだった。先輩と呼ばれることがこんなにも嬉しいとは思わなかった。千智は水泳帽をかぶっているくせに、水に濡れていても、濡れてこそ美しかった。

「入屋さんもよくがんばったよ」

「私は後輩だから、さん付けじゃなくて呼び捨てで呼んじゃってください」

「じゃあ、入屋」

「千智がいいです!」


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