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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
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69 男子小学生の特性

「手遅れだったってどういうこと?」

「逃げ遅れた……」

 ある日の授業の合間の休憩時間のことだった。入屋千智(いりやちさと)が御手洗いから出ようとしたところ、同じクラスの女子たちに出くわした。

 そのグループは日頃から千智にあからさまな敵意のこもった視線を送っていた。千智は彼女らの反感をかわすため、月花直紀(げっかなおき)たち男子に話しかけられる前にトイレに逃げていた。


 ある日のこと、千智が御手洗いから教室に戻ろうとした時、彼女たちに御手洗いの中に押し戻された。五人の女子にまわりを取り囲まれた。教室で男子とばかり話していることについて詰め寄られた。

「お前、男子にチヤホヤされていい気になってんじゃねえよ」

「チヤホヤなんかされてない。それに、いい気にもなってない」

「いつも月花にデレデレしてんじゃねーか」

「デレデレなんてしていない」

「お前は男子とばかり喋ってるよな。男好きかよ」

「私から話しかけたことなんか、ない」

 千智が事情を説明してもまともに聞いてもらえず、何かを話そうとすると喧嘩腰に言葉をかぶせて罵倒してくる。彼女たちはだんだんヒートアップし、詰問が一方的な罵詈雑言に変わってきた。

「このくそビッチが! そんなに男が好きなら、クラスの皆の前で男子のちんこをしゃぶらせてやるっ!」

 鈴木彩羽(すずきあやは)という背の高い女子が感極まり、大きな目に涙を浮かべながら暴力的な威嚇をし始めた。


 彩羽がだらしなく口元を歪めながら拳を振り上げた瞬間、このグループと関係のない一人の少女が殴ろうとした腕を掴んだ。

 彩羽が振り向くと、千智や他の少女たち全員も彩羽の視線の先を見た。そこには怜悧な顔をした少女が冷ややかな目をして立っていた。

 彼女の威厳にヒートアップしていた少女たちが沈黙した。腕をつかまれた彩羽は怯えているようにさえ見えた。

 その少女の名は月映冴子(つくばえさえこ)という、千智がクラスの中で最初に名前を覚えた女の子だった。冴子は教室の中で一人だけまとう空気が違っていたので印象的だった。

「もうそのくらいでいいでしょ」

 冴子が冷たく言い放つと、彩羽はつかんでいた千智の腕を離した。

「ごめんなさい……もうしません」

 彩羽たちが慌てて御手洗いから逃げ出すと、取り巻きたちも後を追って出て行った。


 突然の出来事で呆然としていた千智はしばらくその場を動けなかった。気がつくと、すでに授業の始まるチャイムは鳴り終わっていた。冴子もいつの間にか姿を消していたので、千智は授業が行われている教室に遅れて戻った。

 千智は先生に遅刻の理由を問われた。気が動転していて頭が回らなかったせいで、うっかりトイレにいたことを話してしまった。

 すると、クラスの女子の誰かが「うんこ?」と聞こえよがしに言い、教室が大爆笑に包まれた。

 今まで千智に好意を示していた男子や、初めて千智に声をかけてくれた直紀までも笑っていた。この瞬間、千智はこのクラスでの楽しい学校生活を諦めた。

「……辛かったな」

「……うん」

「直紀の奴、何てことしやがったんだ」

「月花君に笑われたのはショックだったよ。私が避けるようになったのが悪かったのかな……」

「千智が悪いわけないじゃん。全面的に直紀が悪いよ。直紀の幼馴染として、直紀の先輩として代わりに俺が謝るよ。ごめんっ!」

「いいよ、先輩が謝らなくたって。それに月花君のことなんかもうどうでもいいから」

 本当にどうでもいいのか、千智の顔が妙に清々しい。なんか呼ばわりされる直紀が可哀想になってきた。


「直紀を弁護するつもりじゃないんだけど、千智に男子の特性を知っておいてもらいたいんだ」

「男子の特性?」

「そう。男子の、特に子供の特性だ。これはもしかしたら自己弁護になっちゃうかもしれないから、俺まで千智に嫌われちゃうかもしれないけど、聞いてもらえる?」

「う〜ん、先輩のこと嫌いになっちゃうなんて言われると、あまり聞きたくないな……。でも、聞いておいた方がいいんだったら聞くよ」

「ありがとう。じゃあ話すね」

「うん」

 皐月と千智の間に緊張が走る。

「男子ってね」

「男子って?」

「男子って……『うんこ』って言葉を聞くと反射的に笑っちゃうんだ」

「はぁっ?」

「俺も含めて男子ってバカだからさ、シリアスな場面で『うんこ』なんて言われるとつい笑っちゃうんだよね」

 千智はビックリした顔で固まっていた。皐月はしばらく千智の沈黙に付き合った。


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