表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
67/104

67 クソガキになっちゃえ

 藤城小百合(ふじしろさゆり)及川頼子(おいかわよりこ)はケーキを食べ終わると、さっさと台所に姿を消した。これは藤城皐月(ふじしろさつき)には意外だった。皐月は自分と入屋千智(いりやちさと)のことを根掘り葉掘り聞かれるかと警戒していたが、取り越し苦労で済んでホッとした。

 小百合たちは小学五年生の千智のことを一人の女性として扱っていた。それは皐月の幼馴染の栗林真理(くりばやしまり)に対する態度とは明らかに異なっていた。

 小百合は真理に対しては皐月と同じように、いつまでたっても子供扱いをしている。同じ町内の友達には、さすがに皐月たちのようには接しないが、大人と子供の関係は保っている。だから千智は特別扱いをされていた。

 小百合は千智に対して決して踏み込んだ質問をしなかった。その代わりに芸妓(げいこ)の仕事のことを注意深く話していた。千智と話しながら、どのような話題に興味を示しているかを探りつつ、花柳界(かりゅうかい)の話もしていた。

 頼子は自分のことはほとんど話さず、娘の祐希(ゆうき)の幼少時代のことや、現在の高校生活のことを話していた。それには千智に向けてだけでなく、皐月にも知ってもらおうという配慮がうかがわれた。


 二人の大人の話術は皐月の想像以上に洗練されていた。一方的に話すのではなく、千智や皐月にも話をさせ、話しをさせながら心を開かせた。小百合や頼子との対話の中で、皐月でさえ知らない母の仕事に関しての知識が整理され、祐希の人となりも(つまび)らかになった。

 小百合たちが台所に戻る前に、皐月と千智はこの後どうするのか聞かれた。特に予定はないと言うと、喫茶パピヨンなら代金はツケにして自由に飲食してもいいと許可をくれた。マスターにからかわれそうで気が進まなかったが、千智のカフェ巡りをしてみたいという望みを一つ叶えられるので、連れて行ってあげてもいいかな、と考えた。

「さて、これからどうしようか……」

「ちょっと冷えちゃった。上着来てもいい?」

「どうぞどうぞ。俺もちょっと冷えた。冷房きかせすぎだよな〜。気を利かせてくれたのは嬉しいけど、やりすぎる傾向があるんだよね、ママは」

 千智がバッグから限りなく白に近い水色のカーデガンを取り出した。黒一色のクールな印象が一気に柔らかくなった。

「先輩の部屋、見せてもらってもいい?」

「いいけど、なんか恥ずかしいな。ちょっと狭いし、散らかってるし」

「そんなこと気にするんだ。変なの」

「ははっ、変か……。二階にあるんだ。行こうか」

「へへっ、楽しみ〜」


 居間と台所の間に階段がある。昔の建物だから信じられないくらい勾配が急だ。台所にいる小百合たちに声をかけ、冷房の設定温度を上げてから二階に上がった。

「すごく急な階段だね。お城みたい」

「上るのはまだいいんだけど、下るのがちょっと怖いんだ」

 皐月の部屋の扉は開け放たれていた。窓も、祐希の部屋との仕切りの(ふすま)も、通りに面した回廊の窓も開いていた。風がよく通っている。さっきまで冷房の効いた部屋にいたので、暑さが逆に気持ちよかった。

「隣の祐希の部屋は元々俺の部屋だったんだ。二部屋あったから広々と使っていたんだけど、一部屋になっちゃったからちょっと狭いね」

 千智は皐月の部屋だけでなく、祐希の部屋も興味深く見回していた。物でゴチャゴチャになった自分の部屋を見られるのは恥ずかしい。祐希の部屋と皐月の部屋が隣り合っているのを見て、千智は何を思うのだろうか。

「腰掛けるところがないからその椅子を使ってよ」

 千智に勉強机の椅子に座るように促し、皐月はベッドに腰を下ろした。千智から見下ろされるような位置関係が心地よかった。


「そういえばさっきさ、今日は黒い気分だったから黒装束で学校に行っちゃったって言ってたけど、それってどんな気分だったの?」

「ん〜、心を武装したかったって言えばいいのかな? ちょっと違ってるかもしれないけど」

「あんま穏やかじゃないね、それ。クラスでなんかあったの?」

「ちょっとね……私、転校デビュー失敗しちゃったみたいで、クラスの女子から嫌われちゃって……」

 重い話なのに千智の様子に卑屈な感じはみられない。どちらかといえば清々しいくらいだ。

「千智っていい子なのに、嫌われてんだ……ちょっとおかしいよな。こういうのって大抵、千智が男子にモテてたことに女子が嫉妬したっていうパターンだと思うんだけど、やっぱそう?」

「まあ、そんなとこ」

「やっぱりな……。千智のことをいじめるドブスなんか『Shit!』だ!」

「先輩、口悪っ! それにそのポーズは『Fuck!』だよ」

「そうだったっけ? うゎっ、(はず)っ! でも千智の口から『Fuck!』って聞けたのはよかった。ご馳走様でした」

 皐月は千智に向かって(うやうや)しく合掌した。

「も〜っ、ご馳走様って何よ。先輩ってもしかしてクソガキ?」

「お嬢ちゃん、クソガキは嫌いかい?」

「程度によるよっ!」

 千智が本気で怒っていないのがわかるから皐月は安心してへらへらできる。でも嫌いって言ってもらえなかったのはちょっと物足りない。

「千智も俺みたいに、クソガキになっちゃえばいいじゃん」

「今朝はね、私もそんな心境だったよ。学校に行く時は」

「クソガキになっちゃおって?」

「ううん。『ドブスなんか Shit!』の方」

「いいね!」

 千智が弱い子じゃないことがわかり、皐月はホッとした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ