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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
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56 称賛されし者の実相

 この休み時間、栗林真理(くりばやしまり)二橋絵梨花(にはしえりか)は受験勉強ができなかった。れれは自分が話しかけたからに違いない。そう思うと藤城皐月(ふじしろさつき)は二人の足を引っ張っているんじゃないかと思えてきた。

「もしかして俺、二人の勉強の邪魔しちゃった?」

 皐月の言葉に真理と絵梨花が顔を見合わせた。

「全然そんなことないよ。邪魔してるとか思わないで、これからも声をかけてくれると嬉しいな」

「そうそう。絵梨花ちゃんも私も、別に好きで勉強しているわけじゃないから」

「えっ、そうだったの? でも真理はまだ学力が足りないって言ってたじゃん。だったら勉強した方がいいんじゃないの?」

 真理の表情が一瞬で険しくなった。

「教育パパみたいなこと言わないでよ。なんで皐月に勉強しろって言われなきゃいけないの?」

「だってお前、受験落ちるって……」

「あ〜っ、もうウザいな〜。バカ!」

 皐月は人前で真理がキレるのを初めて見た。二人でいる時はよく怒るけど、真理がこのクラスで怒っているところを見たことがない。真理のことをよくわかっていない神谷秀真(かみやしゅうま)岩原比呂志(いわはらひろし)がドン引きしていた。


「あのね、藤城さん。私たちね、家で十分勉強しているから、学校にいる時くらいは息を抜きたいねって話したことがあるの」

「二人で話してるとこなんて見たことないな」

 真理も絵梨花も教室内ではあまり人と話さない。絵梨花は学級委員なので、少しは人と話す機会があるが、真理は自分から誰かに話しかけたりはしない。真理と雑談するのは、このクラスでは皐月だけだ。

「この夏休み、塾の帰り道で絵梨花ちゃんと一緒になったことがあって、話すようになったのっ!」

「そうなの。で、今まではまわりのクラスメートと会話ができない巡り合わせだったから仕方なく勉強してたんだけど、この席では休み時間にリラックスできるなって思ってるのよ。少なくとも私は」

 絵梨花が試すような眼で真理を見た。

「私も絵梨花ちゃんと同じこと思ってた。学校で勉強したって、どうせあまり頭に入らないし。……だって環境悪いじゃん、学校って」

「でもね、栗林さんと近くの席になれたから、これからは学校で勉強するのも悪くないかなって思ったの。もっとも栗林さんが私の勉強に付き合ってくれたらなんだけど」

「もう……真理でいいって言ってるのに。……そうね、お互いわからないところとか聞けたらいいかもね。でも私じゃ絵梨花ちゃんの質問には答えられそうにないかな」

「もっと気楽にやろうよ。一問一答の出しっことかさ。私だって栗林さんのわからない問題なんて答えられないと思うから」

「二人ともバカクラスだもんね。塾は違うけど」


 真理と絵梨花が楽しそうに笑っている。秀真や比呂志、吉口千由紀(よしぐちちゆき)がポカ〜ンとしている。このクラスでは飛び抜けて成績のいい二人がバカとか信じられないようだ。

「栗林さんと二橋さんって頭いいのに、どうしてバカクラスなの?」

 真面目な秀真が怪訝な顔をして真理に聞いた。

「別に頭なんか良くないよ。ただ勉強してるから勉強ができるだけだし。私より頭のいい子たちが私よりも勉強しているから、私みたいな中途半端なのは、バカクラスになるのは当然なんだよね。絵梨花ちゃんは私とは違うけど」

 今度は真理が絵梨花を試すような眼で見ている。

「私は趣味の音楽を続けているから、あまり勉強時間を取れないの。だから、上上のクラスはさすがに無理かな。でも行きたい学校はそんなにレベルが高くないし、まあいいかって。一応、今のまま頑張れば合格できそうだし」

「二橋さん、もう余裕で合格できるんだ。スゲェ〜」

 皐月にはすぐ軽薄に人を持ち上げる悪い癖がある。真理が顔をしかめていた。

「全然余裕じゃないよ。そろそろ音楽休んで勉強に専念しようと思ってるし」

 秀真や比呂志、千由紀はクラスのみんなから頭がいいと思われている絵梨花と真理が、こんな風に勉強のことで弱気になっているのを初めて知った。

 真理と絵梨花は小テストのたびに前島先生から称賛されている。そのせいか、二人はどことなくクラス中では近寄りがたい存在に祭り上げられていた。

 近くの席になった子たちは誰も気軽に話しかけてこないので、二人は休み時間に勉強をするようになった。勉強している時の真剣な顔つきがよけいに近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。


 吉口千由紀はクラスの雰囲気の変化に気づいていた。

 自分たちの方を気にしている子たちが多いような気がした。それはきっと二橋絵梨花と栗林真理が楽しそうに話しているからだろう。この二人のこんな姿は誰も見たことがなかったからだ。そしてそこに自分も加わっているから……。

 千由紀は五年生の時は忌むべき者を見るような眼で見られていたので、憧れの混ざった好奇の視線がこそばゆかった。

 千由紀がこのクラスになって、男子とこんなに話したのは初めてだった。まだ絵梨花と真理とは直接話をしていないけれど、千由紀はこの席になったことで、藤城皐月という男子を通して絵梨花や真理とも話ができそうな気がした。

 女子とよく喋る皐月にも興味を抱いていた。皐月なら自分とでも他の女子と別け隔てなく話してもらえるかもしれない。そんな皐月とやっと話をすることができた。千由紀はこの班の一員になれたことが嬉しかった。


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