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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
55/104

55 速さの計算

 算数の小テストが終わった。前島先生が答えを読み上げ、生徒たちはマル付けを終えた。

 採点された答案用紙を元に戻すと、先生は問1から問10までを手短に解説した。問11と12は解説をせず、各自のタブレットに解説文が送信される。意欲的な児童はそれを見て勉強するという仕組みになっている。

 答案用紙は回収され、スキャナーにかけられ、再び児童に戻される。この時、120点を取った生徒が讃えられる。今回も120点は二橋絵梨花(にはしえりか)栗林真理(くりばやしまり)の二人だった。

 藤城皐月(ふじしろさつき)は110点だった。小テストが返ってきたところで授業の終わりを告げるチャイムがなった。席替えで授業の時間の大半がつぶれていた。


「あ〜っ、小テストダメだった……。二橋さん、すごいね。120点」

 休み時間になると早速、皐月は絵梨花に話しかけた。

「ありがとう。藤城さんもあとちょっとだったね。公約数の問題、ほとんど正解だったよ」

「絵梨花ちゃんダメだよ、皐月のこと甘やかしちゃ。こういうところで合否を分けるんだから」

 皐月は真理と絵梨花の仲が良いことを知らなかった。中学受験をする者同士でシンパシーを感じたのか、二人はいつの間にか仲良くなっていた。真理はともかく、絵梨花は性格が穏やかそうなので、話すきっかけさえあれば二人が仲良くなっても不思議ではない。

皐月(こーげつ)は贅沢だ。110点も取れりゃいいじゃん」

秀真(ほつま)は何点だった?」

「100点」

 神谷秀真(かみやしゅうま)はオカルト好きなだけあって知的好奇心が強く、勉強もできる。

「岩原氏は?」

 鉄道オタクの岩原比呂志(いわはらひろし)は鉄道雑誌や時刻表を読みこんでいるので知的レベルが高い。

「僕も100点だったけど、藤城氏は自慢がしたいのか?」

 皐月はうっかり秀真と比呂志にテストの点数を聞いたことを後悔した。勉強関係の話題は真理以外とはしないように気を付けていたのに、真理が目の前にいて隣に絵梨花がいるので感覚がおかしくなっていた。

 皐月は絵梨花の方を向いて座っているので、右隣に後ろの席の吉口千由紀(よしぐちちゆき)がいる。この流れで千由紀に点数を聞かないと仲間外れにしているみたいになってしまう。


 千由紀に点数を聞くのは気が進まないが、思い切って聞いてみた。

「吉口さんはどうだった?」

「……90点」

 返しに困る点数だ。相手が席替え前の隣の席だった筒井美耶(つついみや)だったら「バ〜カ」と笑えるが、千由紀とはまだ仲良くなっていないから、こんなこと言えない。

「どこを間違えたの?」

「速さの問題。速さの出し方の公式、忘れちゃった」

 皐月の得意な分野でホッとした。趣味で鉄道の時刻表やダイヤグラムを読むので、表定速度の計算には慣れている。鉄オタの比呂志も速さは得意なはずだ。

「そっか……じゃあ速さの公式の覚え方教えてあげる。教えるっていうよりも、たぶん本当は吉口さんも知っているはずなんだけど」

「まさか『はじき』とか言わないよね? ダメだよ、そんな覚え方」

 真理が怒ったような言い方をした。『はじき』とは速さの計算の仕方を図解したものだが、本質的ではないので、意識の高い児童から嫌われている。

「何だよ、その『はじき』っての。俺、そんなの知らねーよ。そんなんじゃなくてさ、吉口さんって車のスピードメーターって見たことある? タクシーでもいいけど」

「あるけど……」

「そのメーターに『km/h』って書かれているの覚えてない?」

 皐月は千由紀のテスト用紙を借りて『km/h』と書いた。

「知ってると思うけど、この単位は時速を表してるんだ」

 皐月は『km/h』の横に時速と書き足して、『時速=km/h』とした。

「km は距離でさ、h は英語の hour だから、1時間って意味。それでこの斜めの棒『/』は分数の棒のことでね、分数を横一行で書こうとするとこういう書き方になるんだ」

 千由紀も秀真も比呂志も、皐月より勉強のできる真理や絵梨花も話を聞いてくれている。

「分数って割り算だってこと習ったよね。だからこの『km/h』ってのは『時速=走った道のり(km)÷1時間』ってことになるんだ。分数の棒『/』を『÷』に替えると……」

 ここで言葉を区切って、皐月はテスト用紙にシャーペンを走らせる。


速さ(km/h)=距離(km)÷時間(hour)


「スピードメーターには時速の求め方の公式が書いてあるってことになるね。これなら忘れないでしょ。メーター思い出せば公式も思い出せるし」

「ああ……なるほど。これなら私にも覚えられそう。あの斜めの棒が分数だってこと知らなかったな……。藤城君ありがとう。少し賢くなったかも」

「皐月、そんな風に覚えていたんだ。私、普通に丸暗記してたよ」

「私も」

 真理と絵梨花の言葉が皐月には心地良かった。自分より勉強のできる子たちに認めてもらえるのは嬉しいものだ。

 それにも増して嬉しかったのは千由紀の笑顔が見られたことだ。なんとなく近寄りがたかった千由紀も、こうしてこちらからアプローチしてみると普通の女の子だ。ちょっと怖そうに見える眼鏡の奥の大きな一重瞼の眼も、柔らかな表情になると今流行りのアイドルと違った妖しい魅力がある。


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