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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
53/104

53 新しい班

 藤城皐月(ふじしろさつき)筒井美耶(つついみや)が今の席で最後の会話をしている間に、クラスのみんながゴソゴソと動き始めた。いつまでもここでおしゃべりをしていると、次にこの席になる子たちの迷惑になる。

 学級委員の二橋絵梨花(にはしえりか)はともかく、月花博紀(げっかひろき)をイライラさせるとクラスの女子の大半を敵に回すことになるので、皐月と美耶は慌てて移動を始めた。美耶はすっかり機嫌が良くなっていた。

 美耶には言えないが、皐月は新しい席が楽しみでワクワクしていた。栗林真理(くりばやしまり)や二橋絵梨花の近くになったのは刺激的だ。特に絵梨花が興味深く、真理並みに勉強のできるこの優等生はどんな子なのだろう、と思うと胸が躍る。

 後ろの席になった吉口千由紀(よしぐちちゆき)も気になる存在だ。千由紀は男子どころか女子ともほとんど話をしないで、休憩時間は本ばかり読んでいる。皐月ですらまだ口を利いたことがない。皐月にはこの三人が博紀のファンクラブに入っていないことが好ましかった。

 斜め前には7月に引き続き神谷秀真(かみやしゅうま)がいる。また秀真とオカルト話ができるのが嬉しい。斜め後ろには鉄道オタクの岩原比呂志(いわはらひろし)が来た。比呂志は皐月にとって唯一の鉄道友達だ。今度の席は皐月にとっては最高の席順となった。


 皐月は真理の背中をつついて自分の方を向かせた。

「真理と席が近くになるなんて初めてだな」

「そういえばそうだね」

「これからは話しかけるのに、わざわざ真理の所まで行かなくても済むな。面倒じゃなくなってよかった」

「何それ、面倒って。別にいいよ、無理に話しかけてくれなくたって」

 口ほどに真理は怒っていない。それでも皐月以外の人から見ると、真理は怒っているように見えるらしい。それが災いしてか、クラスの女子は真理とあまり話をしたがらない。でも真理はその方が勉強がはかどっていいと言う。

「さっきの話だけどさ、皐月(こーげつ)が筒井さんのことからかうから、大峰(おおみね)の話、全然聞けなかったじゃんか」

 秀真が機嫌悪そうに皐月に話しかけてきた。

秀真(ほつま)、悪ぃ。ちょっと話がエロくなりそうだったから、逃げちゃった」

 皐月は秀真のことをホツマと呼んでいる。これは秀真からのリクエストで、古史古伝の『秀真伝(ホツマツタヱ)』が由来だ。

 ホツマは皐月のことを音読みでコーゲツと呼ぶ。これは『カタカムナ』という記号のような文字で書かれた巻物を、謎の宮司から託された物理学者・楢崎皐月(ならさきこうげつ)にちなんだものだと言う。

 二人のあだ名はどちらも日本の正統の歴史から異端視されている古文書からきている。秀真が興奮して皐月に話しかけてきたのがきっかけで二人は仲良くなった。

 皐月は交流が始まった当初、秀真が何の話をしているのかさっぱりわからなかった。だが、いろいろ情報を注入されていくうちに、日本に伝わる異端の歴史が面白くなってきて、今ではオカルトの世界に足を踏み入れるまでになった。


「皐月、美耶ちゃんにいやらしい話しちゃダメでしょ」

 真理の顔がにやけている。真理の笑顔を見て、秀真が頬を赤く染めた。

「いや、栗林さん、それは違う。僕たちは修験道の女人禁制について話をしていたんだ。筒井さんが本に書いてあるのとは違う、地元の人の物の見方をしていたから興味深くてさ。それを皐月(こーげつ)が遮るようなことを言うから……」

秀真(ほつま)、お前はにぶ過ぎなんだよ」

 三人で話をしていると、皐月の隣の絵梨花や後ろの千由紀、斜め後ろの比呂志も皐月たちのやり取りを興味深く聞いていた。

「あっ、二橋さん、吉口さん。俺、全然エロくないからね」

 皐月はこれがチャンスだと思い、絵梨花と千由紀に話しかけた。

「はい、わかってます」

 絵梨花は明るく笑っている。たぶん信じてもらえただろう。

「エロくたっていいじゃない」

 微かに笑いながら千由紀が小さな声で話に加わった。千由紀が自分から人に話しかけるのを、皐月を含めたこの5人は初めて見た。

「藤城氏は花岡氏と一緒にいる時はいつもエロい話をしているのに、僕と話をする時は一切そういうことを言わないよね。どうして?」

「岩原氏、語弊のある言い方はやめてくれよ。それじゃまるで俺がエロいみたいじゃないか」

「え?」「えっ?」

「……えーっ?!」

 皐月、秀真、比呂志の三人が爆笑すると真理、絵梨花、千由紀もつられて笑った。クラスの班分けは席の並びの縦2行横3列の6人で一班となり、今盛り上がっているこの6人が同じ班になる。席替えが終わった後、この班が一番騒がしい。


 気分よく皐月たちが笑っていると博紀がやって来て、絵梨花に声をかけた。

「二橋さん、そろそろ先生が来るから、クラスをまとめておこうか」

「はい」

 博紀はちらっと皐月へ視線を飛ばした。それは一瞬のことだったが、博紀の表情に苛つきを感じた。博紀の微かな表情の変化がわかるのは、皐月の他に博紀のファンクラブ会長の松井晴香(まついはるか)くらいのものだろう。

 博紀と絵梨花が教壇に立った。

「新しい座席表を消しますが、間違いは……なさそうですね」

 絵梨花が教室をざっと見渡して確認した。もう席の配列の全てを覚えているようだ。

「背が伸びて机と椅子が身体に合わなくなった人はいますか? 今すぐにはわからないかもしれないけれど、しばらく使ってみて、自分に合っていないなと思ったら学級委員に言ってください。大きいサイズのものに交換します。他に何か今の席順に不満があったら、遠慮なく僕たちに言ってください。正当な理由があれば先生に取り次ぎます」

 博紀は真面目で優秀な学級委員だ。何も言われなくても気を利かせて先生を助け、クラスをまとめる。1学期の間はまだこの学校に慣れていなかった絵梨花に学級委員の仕事を任せていて、博紀がサポートにまわることで、絵梨花をクラスに馴染ませた。

 そもそもこの学校には学級委員という制度はない。前島先生が独断で学級委員制を復活させた。先生が言うには、このクラスの学級委員はみんなのリーダーというよりも、先生の補助的な仕事を任せたいという話だ。博紀や絵梨花はよくやっていると、先生もクラスのみんなも思っている。

 前島先生が教室に戻ってきた。手には角形2号の封筒を持っていた。もうみんなはこれからテストが行われるということをわかっている。


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