47 がんばった朝食
読んだ本を閉じ、及川祐希に遅れて藤城皐月も一階へ降りた。居間に行く前に台所を覗くと、祐希の母の頼子が朝食の準備をしていた。
「おはよう、頼子さん」
「おはよう。祐希に合わせて早起きさせちゃってごめんね。眠くない?」
「大丈夫。夜更かしは苦手だけど、早起きは得意だから」
「皐月ちゃんは健康的だね。もうすぐ朝食の用意ができるから待っててね」
「何か手伝うことある?」
「じゃあ用意ができたものから持ってってもらおうかしら。祐希にも手伝わせなきゃね」
お盆にいろいろな小鉢が3セットずつ置かれていた。今日は皐月の母の小百合抜きの三人での朝食だ。
皐月はまず、このお盆を居間へ持って行った。皐月を見た祐希もキッチンへ行き、残ったお盆を取りに行った。皐月はとりあえずテーブルの上に適当に並べ、また居間へ戻った。あとは急須と湯呑のお盆と、まだよそっていない御飯と味噌汁のお盆が残っている。皐月はお茶の方を持っていき、残りは頼子に任せた。
居間に戻ってテーブルの上に適当に置いた食器を祐希と二人で並べ直した。皐月はどうやって並べるのかわからなかったので祐希に任せようと思っていたが、どうやら祐希もよくわかっていないようだ。
「祐希、並べ方わからないの?」
「え〜っ、そんなのわからないよ。こんな立派な朝食、家で食べたことなかったし。適当でいいんじゃない、見た目さえ良ければ」
「いい加減だな〜」
「大らかなのよ」
祐希と皐月は食卓におかずを自分の好きなように置いた。焼鮭と大葉の上に大根おろしの乗せた皿、ほうれん草のお浸しに鰹節のかかった小鉢、ポテトサラダとプチトマトの小鉢、白菜と胡瓜と茄子の漬物三種盛り、温泉卵の小鉢、味付け海苔の小皿。この後に味噌汁と御飯が来る。
「すげ〜な〜。たくさんおかずがあるよ。こんなに食べられるかな……」
「あれ? 小食なの? 大丈夫だよ、一つ一つはそんなに量ないし」
「頼子さん、張り切ってるんだね」
「なんか、食事作るの楽しみにしていたみたいだよ。今までは忙しくてあまりちゃんとした食事を作れなかったって言ってたから」
祐希と皐月がああだこうだ言いながらおかずを並べ直していると、頼子が御飯と味噌汁を持って来た。
「あら、ちゃんと用意してくれてたのね」
「お母さん、こんな感じでいいの?」
「あなたたちの食べやすいようにしてくれたらいいのよ。正式な配膳の作法もあるけれど、あんなのちっとも合理的じゃないから。地域によっても違うし、利き手でも食べやすさが変わってくるしね。だったらどうでもいいよね、おうちで食べるだけだったら」
頼子は楽しそうな顔をしていた。
「こんなにたくさんのおかず、用意するの大変だったじゃない?」
「市販品もあるから、見た目ほど大変でもないのよ。むしろ手抜きで恥ずかしいわ。皐月ちゃん、こんな朝食で良かった?」
「いいに決まってるじゃん。ありがとう! でも無理してない?」
「全然だよ〜。心配してくれてありがとう」
味噌汁は八丁味噌で、具は豆腐とわかめ。お茶はほうじ茶。皐月の大好きなものばかりだ。こんな朝食は芸妓組合で熱海に旅行に行った時以来だ。
「さあ、御飯にしましょう。今日から学校が始まるんだからね。しっかり食べて、元気に学校に行こうね」
時間は6時20分。頼子と祐希と皐月の三人の朝食となった。皐月は余所の家の朝食におよばれしているような居心地の悪さを感じていた。
「ママはまだ寝てるんだね。昨日は帰りが遅かったんだ」
「11時過ぎだったかな、帰ってきたのは。そんなに遅くなかったよ」
「じゃあ頼子さんはママが帰ってくるまで起きてたの?」
「そうよ。小百合が帰宅してから、ちょっとおしゃべりして寝たわ」
「あんまり寝てないじゃん」
「私は5時間も寝ればいい人だから、大丈夫よ。それに昼寝する時間だってあるし。旅館で働いていた時はいつもこんな生活だったから、慣れているの」
朝食は普通に美味しいと皐月は思った。市販品が多いのは短時間で品数を増やすためには仕方がないから特に何も思わなかったが、ご飯の炊き加減や味噌汁の味付けは皐月の好みに合っていた。漬物は普段食べていなかったので少し抵抗があったが、食べてみると悪くはなかった。
「ねえ頼子さん、朝ごはんの時っていつも何かテレビとか見てるの?」
「そうね、家では時計代わりに情報番組をつけてたかな。メ〜テレの『ドデスカ!』っていう地元の話題中心の番組なんだけど。皐月ちゃんは経済ニュースを見てるんだよね」
「今録画してるけど、『モーサテ』を再生しながら、ごはん食べたり宿題したりしてたよ」
「じゃあモーサテ見る?」
「いいよ、祐希が学校に行った後で。いつも7時過ぎくらいに録画で見てたから。それより『ドデスカ!』つけようか。いつも見てる番組見ると落ち着くでしょ? 生活のリズムっていうか」
「じゃあそうさせてもらおうかな。ありがとうね、皐月ちゃん」
テレビをつけ、いつもよりも少しボリュームを落とした。皐月にしてみれば、まだ慣れないこのメンバーでの朝食には何か番組をかけ流していた方が間が保てて助かる。
頼子は二人に気を使いながら時々話しかけてくれるが、意外なことに祐希は黙々と食べるタイプだった。食べ終わった後、ようやく自分から話し始めた。
祐希は喋るだけ喋り、6時45分になると自分の部屋に戻って学校に行く準備を始めた。その頃になると頼子も皐月も食べ終わり、頼子は後片付けを始た。皐月は居間に一人残った。