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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
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46 狸寝入り

 枕元のスマホのアラームが朝の6時ちょうどに鳴り、及川祐希(おいかわゆうき)は眼を覚ました。柔らかい朝の光が手漉き(てすき)(こうぞ)障子紙(しょうじがみ)を通して部屋に差し込んでいる。

 腰付障子を開けると、廊下の硝子戸が母の頼子(よりこ)によってすでに開けられていた。九月になると、朝の空気で少しずつ秋に近づいていることがわかる。微かに流れる風が涼しくて気持ちがいい。

 祐希は窓枠に腰をおろし、欄干(らんかん)に手をかけて外の景色を見た。駅前大通りの裏の狭い道にある小百合(さゆり)寮からは商店街の店の勝手口が見えるだけだ。決して眺めが良いわけではないが、それでも祐希はこの景色を好きになり始めている。藤城家でもある小百合寮に来てまだ二度目の朝なので、駅前商店街の裏通りの景色さえ新鮮に映った。


 祐希は隣の部屋の藤城皐月(ふじしろさつき)を起こさないように、皐月の部屋を通り抜けないで、渡り廊下をまわって洗面所に行った。

 隣の頼子の部屋はもう蒲団が片付けられ、襖が開け放たれていた。旅館だった小百合寮は襖を間仕切りにしている。壁で仕切られていないので、隣の部屋の音がよく聞こえる。古い建物なので、プライバシーへの配慮が希薄で、時代錯誤も甚だしい。

 洗面所には木枠にはまった大きな鏡がある。濃紺のタイル張りの洗面台にシンクが埋め込まれていて、レトロな味わいがある。普通の家の洗面所よりも広く作られているのは、この建物が元は旅館だったからなのだろう。複数の客が使えるよう、洗面台が二つ並んでいる。

 祐希の朝の儀式はまず口をすすぐことから始まる。そして顔を洗う前に、櫛付きカチューシャで前髪を上げる。

 顔を洗う時は牛乳石鹸の赤箱が中学の頃からのお気に入りだ。泡がクリーミーで香りがほのかなローズ系なのがいい。洗顔後はシーブリーズを手にとって顔を軽くたたき、乳液をつけて保湿する。

 洗顔の後は髪の手入れをする。まず寝癖直しで乱れた髪を直すが、前髪だけは水で濡らして乾かさないと上手く決まらない。ドライヤーの音で皐月が起きないかなと気にしながらも、起こしちゃったら「おはよう」って言えばいいかと開き直る。もう朝食の時間だし、どのみち髪のセットが終わったら皐月を起こすつもりだった。


 祐希は皐月の部屋の扉をそっと開き、中を覗き込んで皐月に声をかけた。

「起きてる?」

 まだ遠慮がちだな、と思った。昨日と同じ台詞しか言えなかったことがもどかしい。皐月はまだ寝ているので、ちょっと声を作って明るく振舞ってみようと思った。

「お〜い、朝だよ〜。起きなさ〜いっ!」

 皐月は一度寝返りを打った後、すぐに上半身を起こして祐希を見た。

「なんか今、知らない女の人の声が聞こえたんだけど」

「それ私。おはよう」

「……おはよう」

 友達のノリでふざけて喋ってみたけど恥ずかしくなってきた。

「もうすぐ御飯ができるから、先に下に行ってるね」


 祐希がそそくさと階下へ向かうのを見ていた皐月は、実は祐希が起こしに来る前にもう目が覚めていた。

 皐月は祐希のスマホのアラームですでに起きていた。襖一枚しか隔てていない部屋とはいえ、聞こえてくる音は微かなものだ。しかし、皐月は耳の良さには自信がある。

 自分が起きていることを悟られないよう、皐月は蒲団の中で栗林真理(くりばやしまり)から借りた本の続きを読むことにした。

 普段なら朝起きた後は動画ばかり見ているが、こうして本を読むのもなかなか楽しい。今までは読書感想文のために課題図書を読まされていただけだったので、本に対して嫌悪感があった。でもこうして真理の好きな本を読むというのは、自分の知らない真理の心に触れるような気がして少しドキドキする。

 洗面所での祐希の朝のルーティーンが一段落したような気がしたので、狸寝入りをして祐希に声をかけられるのを待った。もしかしたらそのまま階段を下りて行ってしまうかもしれないけれど、そうなったらすぐに窓を開けたい。今日から九月とはいえ、部屋はまだ熱気がこもりがちで、暑い。

「起きてる?」

 祐希が来た。声をかけられたら最初はスルーしようと決めていた。祐希に構ってもらいたかった。

「お〜い、朝だよ〜。起きなさ〜いっ!」

 なんかアニメっぽい声を出してる。ちょっと笑いそうになったが、寝返りを打っている間に眠そうな顔を作り直した。「おはよう」と言った時の祐希の振舞いがちょっときょどっていておかしかったけれど、顔の手入れが完璧だった祐希は綺麗なお姉さんだった。


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