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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
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44 揺れる感情

 栗林真理(くりばやしまり)藤城皐月(ふじしろさつき)は出前の鰻重を食べた後、ネットで好きな動画を見ながら小一時間ほどまったりと過ごした。

 二人は学校ゆっくりと話をすることがない。人目もあるし、時間の制約もある。だから皐月は動画なんか見ていないで、真理ともっといろいろな話をしたかった。

 皐月と真理は成長し、お互いの微妙な家庭の事情を想像できるようになっていた。皐月は真理の受験のことを気にしているし、真理は皐月の家に知らない親子が住み込むようになったことを気にしている。だが成長したがゆえに、二人はこの場ではデリケートな話題を避けていた。

 それぞれの家を行き来していた子供の頃、二人は何のためらいもなくお互いを尖った言葉で傷つけ合っていた。でも、今では相手の気持ちを汲み取れるようになった。この距離感は幼馴染にして初めて味わうことのできる幸せだ。

「じゃあ、また」

「おやすみ」

 皐月が真理の家を出る時、交わした言葉はこれだけだった。また会う約束をしなくても、明日になれば教室で会える。真理は休み時間や昼休みも受験勉強をしているので話しかけにくいが、二学期からは今まで以上に声をかけてみようと思った。


 豊川(とよかわ)駅の東口から東西連絡通路を上がっていくと、ちょうど豊橋行きの乗客が改札口から出てくるところだった。夜になると、新城(しんしろ)方面から来る下り列車にはあまり人が乗っていない。

 もしかしたら及川祐希(おいかわゆうき)がいるかもしれないと思い、皐月は足を止めて遠くから改札口を眺めていた。

 そんなに人が出てこなかったので、遠目でもすぐに祐希がいるのがわかった。一緒に家に帰ろうと思って駆け寄ろうとした時、祐希が隣の男と話をし始めた。

 皐月は慌てて足を止めた。祐希からは見えにくい券売機の端まで移動して、祐希と男の様子をうかがった。男は改札から出ずにしばらく祐希と話をしていたが、二人揃って新城方面の下りホームに引き返して行った。

 祐希が改札を出ないでホームへ戻るとは思わなかった。皐月は自分の存在に気付かれたのかと思ったが、祐希の視線は一度もこちらに向かなかったので、それはないと思い直した。

 あの男はきっと祐希と同じ高校の人だろう。しかし月花博紀(げっかひろき)ほどイケメンではないように見えた。自分だってあんな男には負けてない……皐月に苛烈な対抗意識が起こった。こんなにも不愉快になるくらいなら、一緒にいた男の顔をもっと良く見ておけばよかったと、今さらながら後悔した。


 二人の気配だけでは彼が祐希の恋人なのかどうか、よくわからない雰囲気だった。どちらかの片想いなのかもしれないが、皐月はそれが祐希ではなく、あの男の片想いだったらいいのにと願った。二人が恋人同士であることを否定しようとする自分自身の意識が気持ち悪かった。

 次の下り列車が来るまでまだ15分はある。きっと祐希と男は人目のない夜のプラットホームでイチャイチャしているのだろう。祐希たちの行動は皐月にも察しがついた。

 祐希は家を出る時に友達に会いに行くと言っていたが、それは男に会いに行くことだった。そして祐希はそのことを自分に知られたくなかった。

 祐希が家を出る前に、頼子が祐希にきつく当たっていた。これだって頼子が祐希が男に会いに行くことを非難していたのかもしれない。昨日の夕食の時に話題に出た、祐希が東京に出たがっていることだって、あの男を追って東京で一緒に暮らしたいと思っているんじゃないか……。

 皐月は誰もいなくなった改札口をぼんやり眺めながら、次から次へと心に引っかかっていたことに自分なりの解答を出していった。

 面白くなかった。祐希が知らない男と一緒にいたのを見たことで、さっきまで真理と一緒にいた余韻が消えてしまったからだ。それに昨日会ったばかりの祐希に、自分は激しく嫉妬している。皐月はこの訳のわからない自分の感情を持て余していた。


 皐月は祐希が改札から出てくるのを待たずに家に帰ることにした。いつも通る駅前商店街のアーケードを通らずに、西本町(にしほんまち)の飲食店から左に曲がる狭く暗い路地を歩きたかった。店やアーケードの明かりでさえ、今の皐月には眩しすぎた。

 小百合寮の行燈(あんどん)が見えた。闇に浮かぶ小さな光が皐月のざわつく心を落ち着かせる。玄関の格子戸には鍵がかかっていたので解錠して中に入った。

「ただいま……」

 頼子(よりこ)の作る食事を食べられなかったことが後ろめたい。

「おかえり。遅かったね」

「晩ご飯を食べた後、真理とちょっとカラオケしちゃった」

「街の子ってそんな風に遊ぶのね」

 街の子という言われ方に少し抵抗を感じた。カラオケは咄嗟についた嘘だ。

「頼子さん、ごめんね。今日一緒にご飯食べられなくて」

「そんなこと気にしなくてもいいのよ。それに凛子(りんこ)さんから事情は伺っているし」

「でも……」

 いつもの皐月なら母の小百合に対して上辺だけの言葉で謝ったりするが、今の頼子には言葉以上に申し訳ないと思った。


「皐月ちゃんは優しい子ね。私にそんな気遣いしなくてもいいのよ。祐希なんか全然そんなこと気にしないで、自分勝手なことばかりするんだから。今日だってまだ家に帰っていないし」

「え? まだ帰ってないの?」

 知っていた。祐希はもうそろそろ豊川駅を出る頃だ。ここは祐希のためにも知らないふりをしなければならないし、頼子のためにも共感しているところを見せておきたい。

「明日から学校なのに何してんのかね。そうそう、皐月ちゃん。必ずとは言わないけれど、忘れなかったらこういう時、これから連絡してもらえるかな。家でただ待つだけの生活って、私ちょっとつらいの」

「うん、わかった」

 皐月には頼子の気持ちがよくわかるが、母を待っていた自分よりも離婚した頼子の方がつらいのだろう。一緒に暮らす人に心配をかけるわけにはいかない。皐月は新しい生活のことを少し重く感じはじめた。

 お風呂が沸いていると言われたので、皐月はすぐに入ることにした。今日は生活リズムが狂っているので早く落ち着いて寝てしまいたい。それに祐希が家に帰ってきた時に顔を合わせたくなかった。


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