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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
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43 恋心のようなもの

 藤城皐月(ふじしろさつき)は幼馴染の栗林真理(くりばやしまり)のベッドの中で、年下の入屋千智(いりやちさと)にメッセージの返信を打っていた。

 ――藤城先輩、元気? 夏休み終わっちゃうね。学校やだな〜

 ――そう? 俺、学校楽しみだよ。久しぶりに友達と会えるし、千智にだって会えるかもしれないじゃん

 ――先輩と同じクラスだったらいいのにな

 ――学校で見かけたら手を振るよ

 ――本当? じゃあ私も手を振る


 千智とはまだ、学校で顔を合わせたことがない。クラスメイトと一緒にいる時に、美少女の千智に手を振られたことを想像するといい気分になる。


 ――夏休みの宿題終わった? 俺、さっきやっと終わったよ

 ――遅くない? 私は7月中に終わらせたよ

 ――夏休み前に終わらせたつもりだったけど、一つ忘れてたのがあったのに気がついた

 ――気がついて良かったね。先輩、夏休み前に宿題終わらせちゃおうとしてたんだ。何の宿題を忘れてたの?

 ――ポスター。絵の具の白が切れてて、後で買ってから描こうと思ってた忘れた(笑)


 皐月は嘘をつくしかなかった。ポスターを描いたのは本当だが、それが真理のためだとは書けなかった。


 ――ところで祐希(ゆうき)さんって今家にいるの?

 ――なんか友達と会うとか言って遊びに行っちゃった

 ――そうなんだ〜。帰ってきたらよろしく伝えといてほしいな

 ――昨日みたいに自分でメッセージ送ればいいじゃん

 ――祐希さん年上だし、仲良くなれたけど、まだ遠慮しちゃって

 ――そっか……いいよ、祐希に伝えておくね。でも遠慮しなくてもいいと思うよ。千智と友達になれたこと喜んでいたから

 ――そんな風に言ってもらえて嬉しい。あとで祐希さんにメッセージ送ってみる

 ――うん。祐希も喜ぶと思うよ

 ――今日はありがとう。ちょっと学校行くのが楽しみになった。じゃあ、また明日

 ――学校で会えるといいな。バイバイ


 皐月はフリック入力が苦手なので、思ったよりも時間がかかってしまった。

 チャットが終わり、仰向けになって天井の橙色に光る常夜灯を見上げた。真理の勉強机の明かりもあり、カーテンを通して部屋に入る外の光もある。この部屋は昨日の狐塚と同じくらいの暗さだ。

 千智からのメッセージを見た時は心がときめいたが、すぐそばに真理がいるので、後ろめたい感じもあった。

 本当は千智の声が聞きたかった。チャットから通話に切り替えたかったが、真理の蒲団の中にいたので、それは無理だ。


 昨日から始まった女子への慣れない感情のせいで、妙に心が落ち着かない。これが恋愛かと思ったりもするが、真理や千智、祐希たちへの思いはまだ恋愛感情ではないような気がする。

 皐月にはまだ恋愛の経験がないので、恋愛感情がどういうものなのかがよくわからない。女の子のことを好きになるのはよくあることだが、だからといって、キスしたいとか思ったことはない。

 芸妓(げいこ)明日美(あすみ)といる時のような幸せを真理や千智、祐希にはまだ感じていない。ただ明日美に対する気持ちが恋愛なのかというと、これもまた違うような気がする。


 ベッドに寝転がっていても落ち着かないので起き上がると、真理が勉強の手を止めた。

「さっきのメッセージ、千智ちゃん?」

「そうだけど……よく名前覚えてたね」

美耶(みや)ちゃんとチャットするのは嫌がるのに、千智ちゃんとはチャットするんだ」

「筒井はやり始めるとキリがないんだよ。それにあいつ、未読だったり既読スルーすると怒るし」

「かわいいじゃない。私、美耶ちゃん好きよ」

「ウザいだけじゃん。それより知ってた? 筒井って真理のことライバル視してるみたいだぜ。恋のライバル」

「知ってる。直接言われたことあるもん。バカだよね〜、あの子。私と皐月なんてただの幼馴染なのにね〜。恋のライバルのわけないじゃんね」

「あ、そ」

「でもこれからは千智ちゃんが美耶ちゃんの恋のライバルになっちゃうか。千智ちゃんは強敵だよね〜。写真、かわいかったから。私、美耶ちゃんの応援しよっと」

「お前まで俺と筒井をくっつけようとするのかよ。真理だけはそういうこと言わない奴だと思ってたのに」


 昨日の夜、皐月は真理に対して恋心のようなものが芽生えた。だが、からかわれたことで、真理への気持ちを否定されたような気がした。皐月は不貞腐れて、そっぽを向いた。

「だって美耶ちゃん、いい子じゃん。ウチのクラスの子だったら誰だって応援したくなるよ。でも皐月には美耶ちゃんは勿体ないかな……」

「あ〜、ハイハイ。俺に筒井はもったいないわ」

「皐月にはかわいくない私でちょうどいいんだよ」

 驚いて思わず真理の方を見ると、試すような顔つきで笑っていた。小さかった頃の無邪気な真理でも、受験勉強に打ち込んでいるちょっとクールな真理でもない、皐月のまだ知らない真理がそこにいた。


「真理みたいなかわいい子は俺にはもったいないよ。俺には明日美がちょうどいい」

「明日美姐さんって芸妓じゃない。しかもババアじゃん! 子供のあんたに釣り合うわけないでしょ。バカなの?」

「そんな怒るなよ、冗談なのに。それにババアはねーよ……明日美まだ22だし、若いじゃん」

「あんたの冗談はいつもつまんないのよ!」

 真理は皐月に背を向け、受験勉強の続きを始めた。皐月は真理の背中をぼんやりと見ていたが、突き離されたみたいで寂しくなった。

「でもさ、真理みたいなかわいい子ってのは冗談で言ったわけじゃないからな。真理は本当にかわいくなった」

「もういいよ、そんな見え透いた嘘なんか言わなくても」

 玄関の呼び鈴が鳴った。鰻の出前だった。もう6時半になろうとしているのでちょうどお腹が空いている。お腹が空いたから怒りっぽいのかな、と思いながら、皐月は真理を追ってリビングに移動した。


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