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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
41/104

41 豊川稲荷で何があったの?

 栗林真理(くりばやしまり)荼枳尼天(だきにてん)の研究を読み終え、書き写す作業に入った。模造紙に大きく書けば体育館に展示される時に広いスペースを使って掲示されるので、とても目立つ。真理はそういう先生やPTAに受けそうなことは嫌っているので、目立たないようにレポート用紙に書くことにした。

 藤城皐月(ふじしろさつき)は真理へ渡すポスターの仕上げにかかった。最後にワンポイント、女の子の横に自転車を書き足すことにした。

 真理からタブレットを借りて、真理の自転車の写真を撮って模写した。最初はタブレットの光で画用紙を透かしてトレースしようと考えたが、やってみると写真がぼんやりとしか見えなかったので、結局自分の目で見て描いた。

 30分くらいで絵を完成させた。やることがなくなったので真理のことを眺めていると話しかけてきた。


「そういえば豊川稲荷でちょっと不思議なことがあったって言ってたけど、何があったの?」

「ああ……。別にたいしたことじゃないから」

「何をもったいぶってんのよ」

 皐月は話す相手を間違えた。現実的な真理に不思議なことを話してもバカにされるだけだ。

「奥の院に通じる参道に千本幟(せんぼんのぼり)ってあるじゃん。そこの雰囲気がなんか急にヤバくなってさ。妖気が漂うっていうか、ちょっと不気味な感じになってきて」

「皐月って昔からそういう変なことを言うよね。私はいつもわからないんだけど。それで?」

博紀(ひろき)たちと四人で狐塚(きつねづか)に行こうって話になった。祐希が豊川稲荷に行ったことがないっていうから、一番ディープなところに連れて行ってやろうってことになったんだ」

 皐月は嘘をついた。本当は入屋千智(いりやちさと)に誘われたからだ。二人で手をつないで狐塚に行ったことは口が裂けても言えない。


「で、狐塚で何かあったの?」

「狐塚に行ったら急に暗くなって、夜みたいになっちゃってさ。まだ5時だぜ。この時期だったらまだ明るいじゃん。それなのに明かりがつくくらい暗くなって」

「そんなの、たまたま雲で陰ったんじゃないの?」

「俺もそう思った。でもその日は快晴だったんだ。狐塚に行った後、境内に戻った時はまだ明るかったし、空は雲一つなかったよ」

「ふ〜ん。それで?」

「それだけ」

「はあ? 何それ。オチないじゃん!」

 こうなることは予想がついていた。話がつまらないと真理はいつも怒る。だが皐月は面白い話だと思っていたので、話し方が悪かったのかと反省した。

「いや、あれはちょっとヤバかったんだって。怖くて狐塚の中に入れなかったんだもん。この微妙な感覚、わかってもらえないかな?」

「微妙な感覚って言うけど、それって皐月が単に怖がりなだけでしょ?」

「博紀にもビビってんじゃねえよってバカにされた。あいつは鈍いから、そういうのわかんないんだよな……。そういや真理も霊に鈍感だったっけ」

「私は霊とか、全然わからないよ。皐月だって言うほど霊に敏感なわけじゃないでしょ。幽霊なんて見たことないくせに」

「ああ……この繊細な俺の感覚、わかってくれそうなのは秀真(ほつま)筒井(つつい)だけかもな……」


 秀真と筒井は皐月や真理のクラスメートだ。神谷秀真(かみやしゅうま)はオカルト好きの少年で、クラスの中では皐月と特に仲がいい。

 筒井美耶(つついみや)は一学期の間、ずっと皐月の隣の席だった少女だ。美耶は五年生まで熊野の山奥に住んでいたせいか、野性の勘が妙に鋭い。

「美耶ちゃんなら皐月の言うことだったら何でもウンウンって聞いてくれるよね〜」

 美耶は皐月のことを好きだとクラスメイトに公言している。そのせいで皐月はいつもみんなにからかわれる。皐月は美耶のことは嫌いじゃないのに、つい冷たくあしらってしまう。

 真理は社交的なタイプではないが、クラスの誰とでもそつなく話しているので、美耶とも仲が悪いわけではない。でも今の言い方には少し棘があった。


「俺、眠くなっちゃったよ。ソファーで寝かせてもらうわ」

「そんなところで寝たら邪魔だから私の部屋のベッドで寝てよ」

「いいのか? 真理のベッドを使っても」

「別にいいよ。鰻が届いたら起こしてあげるから、眠っててよ。昨日は遅くまで自由研究をやってくれたから、疲れちゃったよね」

 眠りに逃げようとズルいことを考えていたのに、思わぬ優しい言葉をかけられて、気持ちが揺れた。翻弄されてるな、と皐月は思った。

「じゃあありがたくベッドを使わせてもらうわ」

「部屋の中の物、勝手に触ったら殺すよ」

「触らねーし!」

 皐月はキッチンを借りて絵具を洗い、道具を片付けた。リビングに戻り、宿題をしている真理を見下ろすと、自由研究を終わらせるのにはまだ時間がかかりそうだ。

 先が見えた安心感から、皐月は本当に眠くなってきた。真理のベッドには入ったことがないのでドキドキしていたが、蒲団に入れば変に興奮しないで寝てしまいそうだ。

「じゃあ真理のベッド、借りるからな」

「うん」

 皐月はリビングを出て、真理の部屋へ向かった。真理の部屋に入るのは久しぶりだ。


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